三十三話 限界
「こっちだぁ!!!」
「死ね!!!!」
「がぁあぁあ!」
「ぎゃはっ!」
綾波隊は千人という数を利用し、五千人隊にはできない森の中を進むことで隠密性を保ち、ブイング隊の元に近づいていた。そしてそこにも声は大きく響き渡ってきていた。
「気迫が籠っている…凄い」
この様子ならばもう充分だな…
「水無月隊はもう突入した。今の混乱の状態に乗り込んで行くぞ!」
「それはダメです!!」
綾波の指示に反対の意思を一人の隊員が見せた。
ふざけるなよ…こいつ!!
「何故だ?」
綾波は、実はもう答えを決めていた。それなのに何故かその隊員に理由を迫った。
「それは……」
「答えろ」
「水無月隊がブイング隊と五千人という人数の差でわざわざ戦っている理由が分から……あぁっ!!」
理由を語り始めた隊員の左耳を綾波は、剣を引き抜いて斬った。
「隊長の指示も聞けない耳は要らないな」
そしてそのまま剣で口の付近を斬ろうとした。
「隊長の指示を聞けない口も…」
しかしその剣は止められた。
「止めて下さい」
「何故止めるんだ?」
その剣を止めたのは綾波隊の副長、一花燈だった。
「何故今から戦う私達が仲間割れをしているんですか!敵は一万!私達が加わっても六千。人数にこんなにも差があるというのに……皆の気持ちが違う方を向いていたらこんな不利な状況を乗り超えることなんて不可能な話です!!それどころか今加われば、私達が加わったせいで水無月隊が全滅とへと繋がるかもしれません」
「加わったせい?俺達が無力だって言いたいのか?」
「そうではありません!しかし私達が加わってしまうと今までの水無月隊の連携の邪魔になる確率があるのです!ならば五月雨隊が突入し、混乱を起こしている時に私達が攻め込んだ方が成功率は上がります!そもそも最初に私達に伝えられていた作戦とは…」
「そのままの作戦に従っていたら五月雨隊にブイング隊の戦果を……」
「いつも戦果、戦果と言っていますが、隊員の命よりも戦果は重いのですかっ!」
一花は静かな怒りを心に秘めながら、綾波に聞いた。
「あぁ、重いな。お前らのような換えの効くやつらより戦果の方が重いに決まっているだろ!別に俺達の行動で水無月隊の奴らが死のうと俺には関係ないことだろ?」
その返答は一花が求めたものではなかった。
「そんなことないです!!彼らが今回の戦争の勝利に大きく関わ…」
「まぁ、そうか。廃れた一族のお前には分からないか……」
ギリッ!!
その場に大きな歯ぎしりの音が響き渡り、一花は綾波を睨みつけた。立花家にひれ伏した一族が。
「なんだその目は……」
「私の事は何を言おうと構いません。しかし一族のことは……」
副長のくせに…俺と同格とでも思っているのか?
「俺の隊にお前みたいな無能は要らない。今回は換えが効かないから副長は任せとく。だがこの戦いで終わりだ。今回で死んでくれても構わないぞ」
「分かりました…」
「突入するぞ!!」
もう綾波の命令に背くものはいなかった。
水無月隊はブイング隊をしっかりと止めていた。
五千対一万はかなりキツイ!長くは持たないからな。五月雨!上手く見計らって来てくれよ!
水無月は焦りながらも見事な指揮で、被害を最小限に収めていた。
「隊長!前に出すぎです!!」
「我々が前に!!」
「俺はさっきあいつらに前を変わってもらって助かった!ならば今度は俺がお前らを救う!!」
「隊長の命は俺達のより大事なものなんです!この……」
「そんな訳あるか!!」
水無月は敵隊の内部に突入していると言うのに叫んだ。
「命に大事か大事じゃ無いかなんてある訳ないだろ!俺達に…俺達に差なんてないだろ!!!生き残るんだ、皆で」
この言葉だけで隊員達は歓喜した。
「隊長、こちらに向かってくる隊が」
ブイングの元に隊員が駆け寄ってきた。
「何人だ?」
「千人程度です!」
「千人で無謀なことを…」
「その通りです。恐らくですが、綾波隊だと思われます」
「そうか。そこには俺が向かって対処しよう。お前らで水無月隊は対処しておけ」
「分かりました」
ブイングは綾波隊を迎撃しに行った。
「あいつが隊長だ!!殺せ!!」
水無月を隊長だと確信し、突っ込んできた者が十人程度いた。
「アレは俺が引き受ける!お前らは恐らくブイングの方を狙え!」
「了解!!」
水無月は遂に愛刀「閃」を引き抜いた。
狙うは腕!
しかし水無月の攻撃は実行されなかった。
「突っ込めぇーー!!」
「えっ?」
綾波隊の突入によって寄せられた人の波に飲まれたのだ。
人数が多い…体勢を立て直さないと!
水無月は馬を巧みに操り、体制を整えた
なんで今だ?!五月雨隊が突入後、混戦状態になってから来るんだろ!
「綾波!!下がれ!!」
「嫌です!!俺がブイングを殺して戦果に上げてみせます!」
綾波隊が突っ込んで来るのはバレていた。
俺達があえてここであいつらの動きを止めていたのに……お前には無駄に消耗戦をやっていると思っていたのかよ!
「こ、こいつら強い!!」
「怯むな!一人必ず一人は殺せ!!」
「そんな事言われても!こんな状況じゃ!」
「お前らの動きなんて最初から見えているんだよ!!」
そう叫んだ隊員の首と剣を振り上げた右腕を一度に矛で斬り飛ばした綾波はブイングを捕らえていた。
「のこのことやって来たな!!」
なんだこの崩れた隊は?
ブイングは疑問に思っていた。
罠か?いや、罠にしては他の奴らの配置がおかしい……隊長を求心力にしているのか?いやそれにしては隊長を庇う者が少なすぎる…あそこは隊長を潰しても意味は無いな。
「ブイング、お前の命貰うぞ!!」
無鉄砲すぎないか?まぁ、いい。この隊とさっき襲ってきた隊は
「地を這う蛇よ。形を変え、地を離れ我が元へ。来い、『這蛇』」
ブイングは、綾波隊との距離を詰めながら呪言を唱えた。
「アレっ!!綾波隊がもう動いています!!」
異常なまでに上がる土煙の中で隊員の一人が、綾波隊が突入したことを確認した。
「えっ?!!嘘だろ…ふざけるなよ!!」
五月雨隊には動揺が走っていた。
俺が突入次第、あいつらが突入して来るはずだろ……なんでだ!
「お前ら、作戦を繰り上げる!!」
「は、はい!」
「今から突入するぞ!!」
隊員達は焦りながらももう覚悟はできていた。
「行くぞ!!!」
五月雨隊は移動を開始した。
綾波…何がお前にそんなに戦果を求めさせるんだよ…
水無月の位置からは「這蛇」が召還されたことが確認できていた。
上手く横に流して確認できないようにしている…!!綾波は気づけていない!あいつの召喚獣は水関連だ。あれに囚われたらどうなるか予想がつかないぞ。これじゃただ隊を刈り取られるだけだ!!
「綾波ッ!!止まれぇ!!!」
水無月は綾波に止まるように叫んだ。
勿論、目の前の戦果に目が眩んでいる綾波には聞こえていなかったが。
ダメだ……もうあいつは助からない。一人より後の奴らの事を考えるべきか…見捨てるのか、俺は。さっき言った命の価値は…否定していたとしてもやはり有るのかっ…
水無月は悩んだ。しかしそれは一瞬の事で、即座に結論へたどり着いた。
自分の答えを否定してでも救うしかない…
「燈!!綾波をみ…」
水無月はその言葉を言い留まった。可能性に賭けたかったから。
頼む…戻ってくれ!!
「今すぐ隊を引け!策に嵌るぞ!」
今なんて言った?この隊を引かせるだって?この俺に命令して来ないって事は、俺を見捨てるつもりか。
「ふざけんなよっ!!!!そんなにお前も戦果が欲しいか!なら良いよ!俺だけで殺して見せるよ!」
「た、隊長!!」
綾波は馬の速度をさらに加速させた。
「お前ら、左だ!左を攻めるぞ!!」
「え?!」
「水無月隊の救援に向かうぞ!!」
「副長……」
「今このまま行っても確実に俺達は全滅する!」
「絶対にか?」
「絶対にだ。悔しいがブイングは相当な実力がある。自分を囮にして私達を包囲網に捕らえようとしている…ここで命を無謀な突撃によって散らすならば、この戦いの歯車となってから命を散らすべきだ」
「そうか…ならば俺達はお前に従う!」
「一花!お前が隊長になれ!!」
「そうだ!!」
「あんな無能より…」
反対の意思を見せる言葉は一つも出ず、多数の賛成の声が上がった。
「その返答は…お前ら、俺を見捨てるって言うんだな?」
「そういう事になりますね。ただ勘違いだけはしないでくださいね。私は恨みがあって貴方を見捨てるわけじゃ無いですからね…」
「嘘だな!!さっきの言葉を気にして行動しているんだろ!!」
「失礼ながら言わせていただきます。私は貴方のように小者ではありません!!!」
「あ?なに言って…」
「言葉の綾ってことも有りますから言われた事くらい許せますよ。しかし貴方の理不尽な思いと無謀な行動で千人近くの命を散らす訳にはいかない!」
「あぁぁぁ!!!この戦いが終わったらお前は絶対処刑してやる!!俺の手でお前の首を撥ね飛ばしてやるからな!」
「喜んで殺されますよ……生き残れたなら」
そう言い残し、一花を仮の隊長とした元綾波隊は左へ攻め込んで行った。
現状報告
柊隊 死者数 約百十人
クラベス隊 死者数 約二百七十人 投降者 約六百人
読んでいただきありがとうございます!!
今話ではとにかく惨めに綾波が活躍していますね。
そして主人公はまだ活躍しないようですね…
感想、質問、誤字脱字などの指摘をお待ちしています!!
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