九話 約束
「水無月さん!今の轟音は!!」
「あぁ…」
しかし燃えた森と轟音が鳴り響いた位置は離れていた。
「仕方ない!!今の轟音がした位置の方へ向かう!隊形を整えろ!!」
「了解!!」
しかしこの時水無月はミスを犯した。
亮は少年の落ちた位置の反対方向にいたのだから。
同時刻
「みんな…ここからは隊を分けよう」
「何でですか?今轟音がした場所にみんなで行った方がいいじゃないですか!!」
この時柊の中には疑問があった。
英霊の出現を感じた位置と轟音がした位置は大きく離れていたのだ。
そしてその距離は人間が短時間で移動するのはほぼ不可能だった。
それは例え馬を使ってもだ。
そして戦闘中にはそこまで最初の戦闘開始地点から大幅に離れる戦い方を亮がする姿を見たことは、2年間戦地を共にしていて一度も見たことがなかったのだ。
「いやここは分けさせてもらう!!五月雨、お前は第三、第四隊を率いて、轟音がした場所へ迎え」
「了解しました」
「他は俺についてこい!!」
「そん…」
一人の隊員が不満を述べようとしたが、柊隊副隊長 神裂によって止められた。
「俺たちの隊長が間違えたことがあったか?」
「それは…」
「なら隊長を信じよう」
「分かりました」
「神裂…ありがとう」
「構いませんよ」
「よし!!行くぞ!!!!!!」
同時刻
「痛かった…それより俺は『吸血鬼』?」
彼は痛みより知ってしまった真実への疑問の方が優先された。
「そうだよ!!お前も俺たちと同じ『吸血鬼』だ!!」
慈飛は叫びながら少年の方へ向かった。
そして少年を自分の方へ引き込んだ。
「たとえお前が『同族喰い』を行っていようと、何度でも殺してやる!!」
「少年!あの時のように混乱している場合じゃないぞ!!」
「あぁ…大丈夫だ!!」
少年は剣を空中に投げ捨てた。
「おい!何をしている!!!!」
陽炎は驚愕のあまり叫んだ。
「陽炎!こいつの能力は『磁力』だ!」
その瞬間に剣は、慈飛に向かっていった。
「ちっ!!」
しかし即座に剣は弾き飛ばされてしまった。
「そう…今のが、退ける力の応用である『反発』。そしてさっきのが、引き合う力の応用である『吸引』だ!!」
「気づきやがったか!!ならこれは!!」
慈飛は銃を取り出した。
そして即座に少年へ撃ち放った。
「少年!!!!!!避けろ!!」
しかし少年は避けることはなかった。
そして銃弾は少年の身体の腹部を貫通した。
しかし銃弾は貫通したまま射線上を流れていくのではなく、慈飛の方へもう一度戻り、少年の身体の中で止まった。
「ごふっ…これが『炎龍』の時と同じ現象か」
そしてその瞬間に数百の剣が少年を襲った。
「でも…これならどうだ!!」
少年は慈飛に向かい走り出した。
「陽炎!!予備の剣を俺に投げろ!!!」
「お前の身体に突き刺さるぞ!!」
「いいよ!どうせ俺は『吸血鬼』なんだから」
「…分かった」
陽炎は予備で使っていた剣を少年へ投げた。
そして剣は少年の身体に突き刺さった。
「ありがとう…」
少年は突き刺さった剣を引き抜いた。
「あっぁぁぁああ!!!!」
そしてそのまま少年は慈飛に剣を突き刺した。
しかし慈飛は冷静だった。
少年の攻撃を受け、あえて深く突き刺させた。
そのため少年は慈飛の返り血を大量に浴びてしまった。
「まずい!!」
少年は慈飛に飛びつこうとした。
しかし間に合わず、「反発」を発動された。
力が弱っていると少年は思っていた。
しかしそれは誤解だった。
慈飛は、少年に突き刺された剣を引き抜き、少年の左腕を切り落とした。
「がぁっぁ!!」
そして少年目がけて剣を突き刺し、慈飛は少年の右腕をつかんだ。
「最大の痛みを味合わせてやるよ!!」
その瞬間、少年の身を今までで最大の「反発」を食らった。
しかし、右腕を掴まれたままの少年は、そのまま弾き飛ばされることはなかった。
そして少年の肩は次第に力に耐えられずに脱臼し、遂には筋組織までも引き裂けていった。
「痛いよな?!痛いだろ!!!」
「黙ってろ…この気狂い野郎!」
「離して欲しいだろ?はなして…」
慈飛が少年に話しかけるのを遮り、陽炎が慈飛に向かって飛びかかった。
「あんたは…邪魔をするな!!!」
慈飛は即座に陽炎に向けて、「反発」を発動した。
「うぉりゃぁああ!!」
しかし陽炎は「反発」に耐えた。
「痛みと集中のせいで力が弱いのか?!!」
そして陽炎は少年を捕らえていた右腕を蹴り飛ばした。
「っぐぅ!!」
慈飛は右腕を蹴られた際に、衝撃に耐えきれずに手を離してしまった。
そのため少年は慈悲からの束縛から逃れることができた。
「ちっ!!!なら隊長が受けてきてくださいね!!」
慈飛は今まで少年に向け、全力で発動していた「反発」を陽炎に向けた。
「…次は無理だな。」
「待ってくれ!」
少年は右腕を陽炎へ伸ばした。
そして陽炎の手を掴んだ。
「ぐぁっああ!」
しかし、慈飛によって傷つけられきった少年の右腕には激痛が起こった。
「少年…早く手を離せ!!」
「嫌だ!そしたらあんた死ぬだろ!!」
「……」
陽炎は少年の問いかけに即座に答えられなかった。
「…確かに俺は死ぬかもしれない。だが!ここで二人でやられるほうが無駄だ!」
「でも…」
「頼む…俺では勝てない。お前が倒すんだ!」
「そんな勝手なことを言わないでく…」
「いい加減にしてくれよ!その庇いあうのさ!目障りなんだよ!!」
慈飛は怒りに身を任せ、少年の腹部を蹴り飛ばした。
「ぐはぁっ!」
少年は腹部の痛みによって遂に掴んでいた陽炎の手を離した。
「あ…俺は…また…」
少年の思考内は、また絶望に包まれていた。
「なら約束する!!俺は死なない」
「え?」
「だからお前も慈飛を倒してくれ!!」
「あぁ…」
そして陽炎は慈飛の「反発」の力で弾き飛ばされた。
「なぁお前…今どんな気分だ?」
「……」
「絶望しているんだろ?自分の無能さに!!」
「……」
「無視しているんじゃねぇよ!!」
「……お前可哀想だな」
「は?」
「二面性の塊か!理想を手に入れられなかったか?」
「何を言ってんだ?俺を理解でもしているのか?」
「…するわけないだろう?冷静になればわかるよ」
「うるさい!!!うるさい!!!」
この時少年は嘘を付いていた。
分かってなどはいず、予想を言っただけだからだ。
しかしその予想は的中していた。
「お前が…お前なんか…誰が…」
慈飛は目のハイライトが消えながら、ブツブツと何かを呟いていた。
「お前が消えれば…お前さえいなければ…あははははしゃっはっは」
「このキチガイが」
「死ね…死ねばいい…こぉロしてやる!そうすれ場合っつには何にもわからなぁぁあい」
慈飛は最初に見せた時の穏やかさが嘘のように、気が狂ってしまっていた。
「みんなみんなななっみあいまいなないあしねえ」
その瞬間少年は、「吸引」を食らった。
「さっきのが限界じゃ…ぐぁぁぁあ」
少年は「吸引」の威力は弱っていると陽炎が耐えきった際に思っていた。
「くそっ!!」
「弱っていると思っていた?さっきのは驚いたよ!耐えるとはな!!まぁそんなことはもう二度とないがな!」
「え?」
「もう隊長は殺したから」
「……嘘だ」
「まぁ完全に死んだかは知らんが…百を超える剣が全方向に隊長を囲ってくる状況で生き残れるかよ!!!」
「嘘だ!約束したんだ!!」
「そうか…」
その瞬間に少年は、慈飛に頭を鷲掴みにされた。
「お前も死ね!!」
慈飛は銃を取り出し、少年の腹部に撃ち放った。
「ぐはぁっ!!」
少年は次の攻撃への対応をしようとしたが、慈飛は何もせずにいた。
「まだ生きているか…」
その言葉とともにヌチャヌチャッと変な音がしていた。
しかし少年にとってその音は気にならなかった。
それより意識を保つことに必死だった。
「まだ生きていられるのか…」
そして慈飛は少年を投げ飛ばした。
「しかも再生までし始めているとはな。流石『同族喰らい』だな」
「っ…うっ…うぉぉぉおおぉおお!!!」
少年は吐血しながらも叫んだ。
約束したんだ!陽炎と!だから俺が倒す!!
その意志だけが少年を死から遠ざけ、闘う意思を与えていた。
少年は剣を振りかぶった。
しかし怪我を負いながらの攻撃には、威力はなかった。
「まだ闘うのか」
少年の攻撃は軽くあしらわれた。
「ならもう動けなくなるまで絶望させよう」
その言葉を少年が理解するよりも早く、少年は空中に飛ばされていた。
何がしたいんだこいつ…絶望にこだわるのには何かあるのか?
少年は慈飛の行動理由を考えていた。
そんなことより傷を治すか…
彼は完全に自分が「人」だということを諦め、「吸血鬼」だということを理解していた。
同時刻
「水無月さん!!あれ!!」
葉宮隊は空中を移動している慈飛と少年を発見した。
「まさか…」
水無月は最悪のケースを考えた。
隊長は殺され、少年は情報を得るために捕虜にされた、と。
「今すぐあの轟音がした場所まで行くぞ!!」
しかし水無月は少年を助けに行かなかった。
「ですが…あいつは?」
「今隊長の方が優先だ!!!」
「……わかりました」
同時刻
柊隊も葉宮隊と同じ様に二人を発見していた。
そして柊の脳内にも葉宮の死が思い浮かんだ。
「あいつは俺たちと同じ方向に向かっている!!轟音がしたとこは五月雨が行った!!俺たちはあいつを追うぞ」
しかし柊は、少年の救出を優先した。
敵たちに情報を知られることは避けなければ…そうしないともっと人が死ぬ!!
柊は情報を優先したのだ。
それが今までともに戦い抜いた仲間を見捨て、一生後悔したとしても。
もうどれくらい空中に浮かんでいるんだっけ。
しかし少年は慈飛への攻撃は行わなかった。
今は傷を治し、反撃のための力を溜めることを選んだ。
「あれぇ!もうやる気なくしちゃった?まぁいいや…おらよぉ!!」
少年は慈飛に投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
少年にはこの場所に見覚えがあった。
「まさ…か!!!!」
「やっと気付いた?」
「亮!!!!!!今すぐ逃げろ!!!!」
ここは少年たちが最初に慈飛と戦った場所。
そして、亮を置いていった場所だった。
しかし少年にも疑問は残っていた。
亮は、慈飛の返り血を浴びてはいないのだから。
「どうせ返り血は浴びてないから…なんて考えているんじゃないの?」
慈飛は、少年の心を読んだかのように言い放った。
ということはどういうことだ…っ!!!まさか!!!
亮の体内には銃弾がまだ残っている!!!
「まずっい!!!!!」
少年は走り出した。
このままじゃ亮が死ぬ!!
「酷いな...」
慈飛は少年を見ながら呟いた。
少年の塞ぎかかった傷は再度広がり、走ることさえ難しかった。
「……っ!!間に合ぇええええええええ!!!!」
その瞬間、慈飛は笑い始めた。
「あははははっははは!!!必死だな…後ろに気付きな」
「えっ...」
少年は必死になりすぎ、後ろに警戒をしていなかった。
後ろを振り向こうとした瞬間には、彼の心臓は剣に貫かれた。
あはは…俺は無能だな…だがせめて反撃をしてやる!!
そう決意して少年は手を限界まで伸ばした。
その手が慈飛に届くことはなかった。
そして音が少しづつ薄れていった。
「あんた!!!おい、死ぬなんじゃねぇ!約束しただろ」
ごめん…お前とも陽炎とも約束が守れなかったな…でも!!!
「人の心配してる場合か?」
慈飛は少年の身体を切り裂いた時と同じように、さらに自分の近くに亮を引き寄せ、剣を振りかぶった。
ここで死なせる気はない!!!!
その瞬間、慈飛と亮との間に壁のように平たい物体が発生した。
「ちっ!!なんだこれ!」
慈飛は突然のことに動揺した。
そしてその隙を亮は逃さなかった。
剣の軌道を読み、限界まで体を捻った。
そして亮は、慈飛の身体を真っ二つに斬り落とした。
「やったか…?」
よかった…亮、ありがとう
そしてここで少年の意識は途絶えた。
十話目です。
戦闘シーンには、分かりにくい点が多いと思います。
申し訳ありません。
感想お待ちしています。