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相棒が気色悪いし、ウザいから辞めたい-1

‐神奈川県の東、静岡県の西に位置する県境の町。七市町‐

江戸時代に多くの店が立ち並ぶ七つの市場があったことからこの名をつけられたこの町に、その面影はない。

今では、どこにでもあるようなベッドタウンへと姿を変えてしまったからだ。

朝には横浜や東京に向けて通勤快速に乗って多くの人間が行ってしまうので、昼の七市町は静けさに包まれる。

そんな町なので大した娯楽施設もなく、町に住む子供たちが遊びに行くとなったら大抵が公園か、もしくは〈七市図書館〉と相場が決まっていた。


七市図書館はちょっとした大図書館だ、まるで高層ビルのように立ち並ぶ本棚、閲覧室は明るく広く、快適だ。

三階建て、地下付き。地下には小さな飲食店も存在し、アカデミックな雰囲気を漂わせている。

司書たちもパートの奥様方ではなく、教育の行き届いた美しい女性やモデル雑誌にも出てきそうな線の細い男性。

そんな彼ら彼女らは、目的の本を探す来館者に膨大な数の蔵書から適切な本をすぐに割り出してくれる。

そんな図書館は、町人と誇りともいえる施設だ。


だが、町人のほとんどは知らない。

七市図書館の建てられた意味と、そして図書館の本当の姿を。


雨だった。

これで昨日までなんとか枝に張り付いていた桜のはなびらも全部流れ落ちてしまうだろう。

そんなことを考えながら女性司書は開館前の掃除として、丁寧にエントランスにモップをかける。

どうせ来館者があればすぐに泥水で目も当てられない姿になるのは分かってはいるが、せめて本日の第一来館者には気持ちの良い気分で来館してもらいたい。

モップを絞ると満足そうに口角を上げて、自分の仕事っぷりに頷く。

すると、自動ドアをするりと抜けてレインコートを羽織った人物が入ってきた、フードで顔を完全に隠している、それを見た司書は眉をひそめて慌てる。


「本日の開館時間は10時からになっております。現在本棚の整理を行っていますので、あと一時間ほど地下の喫茶店で時間をつぶしていただければ…」

「館長室に通せ。」


レインコートの人物は司書の言葉を遮って、ぶっきらぼうに言い放つ。

相変わらずレインコートを脱がないので、女性なのか男性なのかもわからない。さらに、コートの裾からぽたぽたとたれる泥水に司書の目は釘づけだった。


「館長室ですか…?どのようなご用件で…。」

「鈍いな、新人か?」

「はい、新人です。床のモップかけに精を出していた、そしてこれからも精を出す新人です。」


司書の非難するような声色でようやくレインコートの人物はようやく気付いてジッパーを降ろしはじめる。

真っ黒なレインコートを脱いだ女性はまとめていたロングの髪をおろすとその下に来ていたレザースーツについた水滴を払い落とす。

さらに顔や前髪についた水滴を嫌そうに払う。輪郭はひきしまっていて、目じりが鋭いものの、美人と呼ぶに差支えない容姿だった。


〈書警〉(ブックウォッチ)の相模桃子だ。〈天涯〉(ホライズン)の緊急招集を受けたので館長に報告を。」

「あ…はい、それじゃあ地下142階です。」


そっけなく司書が図書館の奥に設置されているエレベーターを指し示す。


「…お前は、あしらいにくい奴だな。」

「そうじゃなくちゃやってけませんから。よろしくお願いいたしますね、書警の相模様。」


女性司書は不敵な笑みを浮かべながらお辞儀をする。

彼女にとって、相手がどのような立場と言えど床を泥水で汚す輩は許されないらしい。

一方の相模桃子と名乗った女性もそれについて言及するつもりもなく、無表情でエレベーターへと歩みを勧める。

やがて間の抜けた電子音が鳴り、相模桃子の姿が鉄箱の向こう側へ吸い込まれるように消えると女性司書はため息をついた。

玄関たる自動ドアからエレベーターへと続く泥色の道

憂鬱になりながら司書は再びモップを強く握る。


「あれェ?ここで待ち合わせしていたのですガ…もう先に行ってシまわれたようですね。失礼デすがお美しいお嬢さん、館長室はどちらですかな?」


仕事がさらに増えた女性司書は追加のため息をつきながら、泥水を滴らせる新しい来客の対応を始める。

彼女にとって、今日は厄日だ。


~~~~~~~~~~~~


ピンポーン


間の抜けた電子音が鉄箱の中で鳴り響き、扉が開く。

通された部屋は四方を本棚で囲まれたあまり大きくない部屋だった。

おそらく接客の為だけに使用されるのだろう

4、5人で囲めば一杯になってしまうような小さめの机、椅子の数は1、2、3…4つ。

相模桃子が確認できたのはそこまで、

唐突に目の前に現れた男性にそれを遮られた。


不思議な話だ、誰もいなかったのに 入室するための扉も他にないのに 気配も感じなかったのに

まるで<魔法>のように出現したのは、白銀のような髪を備えた線の細い眼鏡をかけた男だった。

年齢は…推し量るにも材料が足りなさすぎる

彼も“また”年齢不詳ということだろう。

…年齢どころか名前すら不詳なのだが。

仕方ないので桃子を含め、皆「館長」や「支部長」と呼んでいる。


「やぁ、相模桃子(さがみ ももこ)君。わざわざ七市町までご苦労だったね。今回の事案は少々厄介で…それにこの支部に所属している分科会(リーディングサークル)はもれなく出動中なんだ。招聘(しょうへい)に応じてくれて助かるよ。」


「支部長」は笑みを浮かべて彼女を歓迎するが、相模桃子はひとつ不機嫌そうに鼻を鳴らすと絨毯に泥のシミを残しながらテーブルについた。

そんな反応にも臆することなく、桃子の手にあったレインコートを預かると水を払うように一振りした。

あわや、周囲の本棚に雨水が飛散するかと思いきや。


まるで手品のように、レインコートも、水滴も、姿を消した。

さらに、用意する間もなかったはずなのにいつのまにか上品なティーセットが卓上に用意され、ティーカップは湯気を立てている。


「さて、<大法典(コーデック)>七市町支部からの任務だ。知っての通り、<天涯>の占術により<禁書(ペイン)>による魔法災厄の予知に成功した。禁書の撃退、及び災害の収束をすることだ。知っての通り<魔法使い(メイジ)>と<愚者(フール)>の離隔は学派長、アリストテレス様の意向であり、すなわち大法典の総意だ。この任務もまた、学派長から拝命された任務と認識し、最大限の結果を残してくれ。」


「支部長」は指を組むと、にこりと微笑んでからそう告げた――――その顔に紅茶を引っ掛けられた。




かつて

かのアリストテレスは「学問の分類」を行った。

その偉業は学問を大いに進歩させ、学術史に刻まれる重要な出来事だ。

しかし、その実態を知るものは少ない。


彼の目的は一般学問から<魔法学(マギカ・ロギア)>を分類し、秘匿することだった。


魔法とは学問であった、世界の理を学び、それを操作する。

その力はあまりに膨大で、一般の人間には毒にしかならない、そう判断したのだ。

そのもくろみは見事成功をおさめ、魔法学を学んでいた学者たちは<大法典(コーデック)>と呼ばれる学派を作り、危険な魔道書<禁書>を人々から遠ざけながらひっそりと研究に明け暮れた。

<禁書>や、大法典に所属しない過激派の魔法使い<書籍卿>による魔法災厄はたびたびあったが、それでも比較的穏やかな日々だったと言える。

しかし21世紀に入って間もなく、<大破壊>と呼ばれる事件が発生する。

何者かによって大法典の禁書庫が破壊され、多くの<禁書>が人界へと解き放たれてしまったのだ。

回収しようと躍起になる<大法典>の魔法使い。禁書を手に入れ力をつけることを目論む<書籍卿>。魔法使い、一般人(愚者)を問わず不幸にしたいと願う禁書。

多くの勢力が一斉に戦いの火蓋を切り、大混乱へと陥る。





<魔道書大戦>の幕開けだった。


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