蛇足的な話に挑戦してみました
華苗のシリーズもこれで終わりです。1作のはずが、ここまで続けられたのも読んで下さる皆様のおかげです。リクエストにどこまで応えられたか分かりませんが、蛇足編お付き合いいただければ幸いです。
「御子柴と八島を繋ぎましたから、これで私の役目は終わりですね」
そう言って微笑んだ青年は、呆気に取られる親族に背を向け、婚約者となった少女の肩を抱き部屋を後にする。扉を閉めると同時に後ろから聞こえる声を無視して、立っていたSPに軽く目で合図をすると、そのまま建物の外へと出た。
「何もできないさ。…特に『老害』どもには、ね」
毒を含んだ青年の言葉に少女は小さく微笑む。
「何か根回しなさったんですか?『一也』さん」
先程とは温度の違う笑顔を傍らの婚約者に向けて、彼は手を肩から婚約者の手へと移動し、目を細める。自ら語った――本人曰く『わらしべ長者』――人脈は、少女の想像を遥かに超えるもので、そこから繋がる権力は、八島と御子柴を凌駕する『力』でもあった。
「まぁ、ある意味チートだよね。けど、俺の性格からいくと表舞台よりも裏で暗躍する方が似合っているし」
少しばかり意地の悪い笑みを口元に乗せ、少女を車の助手席へとエスコートする。
彼ほどの家柄なら、地味過ぎると思われる国産のハイブリットカーは、「これで、落ち着いてデートできる」の青年の言葉を裏付けるように、雰囲気のいい隠れ家的なカフェに止まった。
顔見知りらしいオーナーに冷やかされながら案内された席は、植物や仕切りで半分個室の様になっている場所だった。
「イトコはね、大御所的な乙女ゲームの台詞じゃないけれど『続きは貴女の心の中で』を作品に関しては座右の銘にしていたところがあるんだ」
注文したカフェオレを口元まで持っていった少女が居住まいを正すと、楽にして、と青年は微笑む。
「だから、基本的に一作終ると、その続編は書いていない。あの、乙女ゲームもある意味『IF』の世界だしね」
言われて見ると、一作一主人公。その続編が出たことは無かった。
「希望するファンも多かったみたいだけど、決して書くことは無かった。その代わりといってはなんだけど二次製作にも大きな規制を設けることはしなかった」
通信販売で手に入る、俗に言う『薄い本』を向こうの世界の自分も施設の人に頼んで買っていた事を思い出し、少女は苦笑を浮かべた。色々なジャンルがあったなぁ、と遠い目をする。こちらの現実世界では、考えられないシュチュエーションばかりだった。
「未来として考えるのなら、決して楽な舞台設定ではない、とも言っていた。その後は本人たちの努力次第だともね。こちらでいう、黒澤くんと鈴鹿の姫君のようにね、見合った家柄に溺れず、努力を重ねれば、自然と周囲は認める。それは、ここが『現実』だからだ」
他にもちゃんと努力した主人公たちはいるよ、と彼は何人かの名前を挙げた。彼らは少女も知る存在であり、きちんと現実を見据えて動いている者たちでもあった。
「お姫様と王子様は仲良く暮らしました。めでたし、めでたし。の裏には、幾つもの山が隠れている、ということなんですね」
「そういうこと。告白して、応えて貰って、それで終わりの小説やゲームじゃない。それから先の未来がある世界だ。だからこそ、上総は、彼女に受け入れてもらったその後に、やることは山ほどあったはずなんだ。世界は自分たちだけ存在しているんじゃないんだから」
今のお花畑状態じゃ難しいかな?との言葉に、思わず声に出して笑う彼女に、青年は悪戯っぽい笑いを浮かべる。
彼らは、少なくとも八島を背負っていた上総は、御子柴との婚約不履行による『負』の部分に気が付かなくてはいけなかったのだ。自分が離した手によって、一人の少女がどうなるかを…そうすれば、おのずと他の事にも目が言ったはずなのだ、自分に科せられた様々なモノを理解していれば、少なくとも周囲の見方は違っていたはずだ。
「いつか、我に返ったとき、現実に気が付いたとき、彼がどうするのか見てみたい。その為には八島のトップにいるわけにはいかないんだ。返り討ちにして二度と立ち上がれなくしてしまいそうだからね」
例え、その立ち位置にいなくても彼ならばあっさり返り討ちにしてしまいそう…だとは、思っても口に出さない少女であった。
「幸せにする、などと口が裂けても言えない。今の俺が言えるのは『一緒に歩いて欲しい』だ」
「…はい。努力しますから、できるだけ足並みを合わせていただけますか?」
「置いていかれないように頑張るのは俺のほうかもしれないな」
妹の為に二人の姉たちが吟味に吟味を重ね、細かな目で篩いにかけて選んだ男は自分を悲しませることは無いだろう、と少女は思う。飾ることも気を張る必要も、少なくとも彼の前では必要ないのだと、そう素直に信じられる、それは、「転生者」という枠だけではないことに、付き合い始めてから分かったことだった。
…まぁ、「あの姉」たちが、自分を不幸にする相手を紹介するはずもないのだけれど。
「努力して、登ってきてほしい…そう思います。幼い時から共に在った友人として。それなりの教育も、実力も併せ持った方ですから…まぁ、お花畑の状態から冷めてから、の話ですけど」
お互いにどちらとも無く笑い出したその声は、カフェの中に居たほかの客たちも釣られて口元を緩めてしまう。
そんな、気持ちのいい声だった。
幼い頃から共にあった少女の手を離した少年が、彼女や離れていった友人たちとの信頼を再び築きあげていくのは並大抵の努力では追いつかないであろう。
どうか、彼と笑って話す日がきますように。そう祈る少女だった。
現実は、そう甘くはない。
彼女がそれを知るのは、華燭の典を挙げる頃。
何が起こったのかは、皆様の心の中で…。