黒−1 彩のない世界
黒いぼさぼさの肩まで乱雑に切られた髪をした
一人の表情のない少女が鏡の中にいた。
着ている白だったはずの黄ばんだワンピースは
布を簡単に縫い合わせただけで少女が着るには少し大きく
左肩が少しずり落ちている。
これが自分の色。
薄暗い部屋の中、
鏡越しに触れたけして大きくない黒い瞳だけが不気味に光っていた。
浅黒い肌。桃色を汚く濁したような褐色の悪い唇。
この顔は醜いのか美しいのか
対象が祖母しかいなかった自分にはわからなかった。
「おまえ」
とした呼ばれることのなかった自分は、
「あぁこれで自分の名前は一生わからないんだな。」
祖母が死んだ時にそんなことを考えていた。
自分に対してまるで見るのも嫌だというような態度で接していた祖母
彼女が死んで1週間。
鏡を見せること、というよりも自分の姿の中にあるであろう黒。
それを極度に嫌う彼女は鏡を見せてくれなかった。
1度だけ、祖母の部屋にあるキラキラ光る鏡を見つけ、
近づいていった時、祖母の顔はありえないほどに歪んでいた。
鏡は自分にとって必要ないものだと。
もう、絶対に入らないと約束させられた。
水に映る自分の顔はボンヤリとはわかっていたけれど、
鏡を通して自分の色をみたのは初めてだった。
こんなものか。
正直、自分の姿は心が動くものではなかった。
シンと静まり帰った家の中、
やることは、いつもとかわらない。
朝起きて、顔を洗って、ご飯をつくり、食べて、
与えられていた本を読み、ご飯の材料を調達する。
1週間がたって、やっと気づく。
向けられる言葉はよくないものばかりだったけれど
それでもいないよりはましだということ。
「おまえなんか生まれなきゃ良かったのにねぇ。」
毎日、毎日、向けられる責め苦。
「私の人生はおまえのせいで最悪だよ。」
自分の記憶は、8歳の時からしかない。
気がつくと森で祖母と暮らしていた。
祖母の他、人に会った記憶がない。
ただ、会話ができて、字は分かったし書くこともできた。
8歳よりも前の自分は、
きっと祖母と出会っているはずだが、
考えることを本能で拒否していた。
きっと、思い出さない方が良い。
森での生活は、
特に不自由もなく、
祖母は嫌みをいいながらも、
自分に料理の方法を教え、本を与え、
この森で1人でも暮らせる術を教えてくれた。
「ここに1人でいないとおまえはその本みたいに厄災を広げる存在なんだよ。
わかるかい?ぜったいに森の外に出ようなんて考えるんじゃないよ?」
だけど、1人で生きるなら、
誰も自分は必要とされていないなら、
それは生きてる意味はあるんだろうか?
キラキラ光るものを見つけるまでの1年間。
自分は、その疑問すらわかないくらい。
たんたんと同じ毎日を過ごしていた。