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ゆきだるまさんのおはなし

作者: 亜梨

 あいちゃんが僕を作ってくれた。

 家の広い庭で、たったひとりで雪玉を転がし、大きくなったそれを二つ重ねて。

 初めに、耳をつけてくれた。雪だるまに耳なんて、とも思ったけれど、

「学校でよんだ本はね、ゆきだるまにね、うさぎさんみたいな耳がついてたの」

 それで僕はあいちゃんの声が聞こえるようになった。うさぎのような長い耳は難しかったらしく、僕の耳はネコ耳だけれど。

 それから、木炭をお母さんにもらってきて、目をつけてくれた。明るくなった視界に現れたあいちゃんは、声から想像する通りの、とても可愛らしい小さな女の子だ。ほっぺを真っ赤にして、今度は僕の口を作ってくれている。

「できた!」

 満足気な顔で、僕の頭をなでる。それからあっと思いだした顔をして、家の中に戻り、小さなプラスチックのバケツを持って出てきた。それを僕の頭の上にのせてくれる。

「ふふ、ぼうし、おにあいですね」

「それはどうもありがとう」

「どういたしまして」

 ぺこり、とお辞儀をしたあと、目を丸くして飛び上がる。

「しゃべった!」

「しゃべるよ、口があるもの」

「お母さぁーん!!」

 お母さんを呼びに、家の中へ走っていく。やれやれ、元気な子だなぁ。

 でも、あいちゃんがお母さんの手を引いて戻ってきても、僕はだんまりを決め込む。あいちゃんは「なんでしゃべってくれないの!」と地団太を踏み、お母さんは困った顔で笑っている。

 お母さんが家の中に戻って行った後で、僕はあいちゃんに話しかけた。

「僕がしゃべれるのは、内緒だよ」

「ないしょ?」

「うん。僕とあいちゃんだけの秘密だよ」

 あいちゃんは、ぱああっと顔を輝かせる。この年頃の子どもと言うのは、秘密とか内緒が好きなのだ。

 その日から、僕とあいちゃんは友達になった。



 あいちゃんは、学校から帰ってくると、毎日僕に話しかけてくれた。

「ゆきだるまさん、ただいま!」

「おかえり、あいちゃん」

 一旦家の中に入るけれど、ランドセルを玄関の奥に放り、すぐに駆けだしてくる。木の椅子を僕の前に置いて、おしゃべりする。

「今日ね、漢字が上手にかけてほめられたの」

「体育のじかん、ちょっと失敗しちゃった……」

「今日の給食はカレーライスだったよ」

「これからお母さんといっしょに夕ごはん作るんだ! ちゃんとお手伝いもするんだよ」

 あいちゃんは、いろんな話をしてくれた。僕が動けないのを残念がって、僕の出来ないこと、行けないところの話をたくさん聞かせてくれた。

 けれど、気になることがあった。毎日学校に行っているのに、友達の話が全然出てこないこと。

 10日くらい経った頃だろうか、思い切って聞いてみることにした。

「あいちゃん、学校は楽しいかい」

「うん、楽しいよ」

「お友達ともいっぱい遊んでいるかい」

 そう聞くと、あいちゃんは顔を曇らせた。

「あい……あんまりお友達いないの」

「どうして?」

「休みじかんいっつも本よんでるから、つまんないんだって。あとね、あい、スポーツも下手だから、よくみんなに笑われるの」

 そんなことだろうとは思っていた。あいちゃんは利発そうな子だけども、少し人見知りをするところがある。このあいだも、おばさんの家に行くのを不安がって、お母さんを困らせていたじゃないか。

「でも、ゆきだるまさんがお友達だから、楽しいよ!」

 そう言ってくれるのは嬉しいけれど……それでいいのかい、あいちゃん。

 でも、言えなかった。無責任だ、僕には何もできないのだから。僕はただここでこうしてあいちゃんのお話を聞いてあげることしかできない。そのうちに気の合うお友達ができるよ、なんて気休めも、小学1年生には少し難しいだろう。

 せめて僕に手があったなら、あいちゃんの頭を撫でてあげられるのになと、そんなことを思った。



 しばらく雪と曇りが交互に続いていた悪天が終わり、快晴となった日のこと。

 あいちゃんは、今日も学校から帰ってきて、僕にお話を聞かせてくれる。でも、いつものように僕の前に座ると、少し首を傾げた。

「ゆきだるまさん、なんだかぬれてるね」

「今日は晴れていて暖かかったからね。融けちゃったんだ」

「ふうん……だいじょうぶ? 体こわれない?」

「大丈夫だよ」

 本当は、頭と体(というのだろうか)の接着面も、少しぐらついている。目や耳も油断したら取れてしまいそうだ。

 あいちゃんは、雪を拾ってきて、僕の身体にぺたぺたとくっつけて補強してくれる。でも、その雪も数日前までのものに比べると少し水っぽいようだ。

「僕は大丈夫だから、あいちゃんのお話を聞かせてよ」

 促すと、あいちゃんは手の雪を払い、椅子の上に座った。

「……今日はね、けんたくんにいじめられたの」

「けんたくん?」

「ようちえんから同じクラスなの。”くされえん”ってやつ!」

「何をされたんだい?」

「えっとね、けしゴムをかくされたでしょ、すわるときにいすをひっぱられたでしょ、ノートにらくがきされたでしょ……」

 言いながら、背負っていたランドセルを開け、ノートを見せてくれる。「ほら!」とさされたページには、うんこの絵が書いてある。

 微笑ましいいたずらじゃないか、と思ってしまった。きっと、男の子としては、相手の反応が面白くてやってしまっているだけに違いないのだ。あいちゃんがそれを冗談と受け止めていないかもしれないのが問題だけれど。

「けんたくんはね、あいちゃんのことが嫌いなわけじゃないと思うよ」

「そんなことないよ! けんたくんいやだ!」

 と、そのとき、白い塊が飛んできて、あいちゃんの背中で弾けた。

 誰かが庭に入ってきて、雪玉を投げた。そう硬いものではなかったはずだけど、雪玉をぶつけられたあいちゃんは怯んでいた。

「なーにやってんだよ!」

 男の子の声だ。ずかずかと庭を横切りあいちゃんの横に、僕の目の前にやってくる。

「もしかして、ゆきだるまにはなしかけてたのかぁ?」

「はっ……話しかけてないもん」

「あっれ~おかしいなぁ。声がしたんだけどなぁ~?」

「けんたくんには関係ないもん! あっちいって!」

 でも、けんたくんはまた素早く雪玉を作り、あいちゃんにぶつけた。あいちゃんも反撃するけれど、ひょいっとよけられてしまう。やっぱり、けんたくんはあいちゃんの必死な表情が面白いみたいだ。

「ほらほら、あててみろよ~」

「やだ! もう、むかつく!」

 僕の前に立っていたけんたくんが、あいちゃんの雪玉をよけたので、それが僕の顔に命中してしまった。別に僕は痛くもかゆくもないんだけど、目の周りについら雪で視界がふさがれてしまう。

「ゆきだるまさん!」

「じばくだろじばく~」

「ひどい! けんたくんもうかえってよ!!」

 しばらく、二人の声だけを聞きながらやりとりを見守っていたんだけれど。

 ようやく、顔についていた雪が全部下に落ち、目が見えるようになった時だった。けんたくんが足を滑らせ、僕のほうに倒れこんできたのは……。

「あっ!」

 反転した視界の中で、あいちゃんの声が聞こえる。

 けんたくんは、僕にぶつかったけれど尻もちをついただけですんだ。僕は、頭と体が完全に分離して、頭が地面に転がってしまった。

 口の木炭は完全にどこかに飛んでいってしまい、目は片方がつぶれ、耳もかろうじて片方がくっついている状態になってしまった。

「ゆきだるまさぁぁん」

「ゆきだるまこわれたくらいで泣いてやんの~」

「ひどいよ! けんたくんのばかぁぁ」

 顔は地面の上で明後日の方向を向いてしまったので、二人の声しか聞こえないのだけど、ひどい状況のようだ。あいちゃんが泣き叫びながらけんたくんに雪を投げ、けんたくんはそれをかわしながら笑っている。このままじゃ本当に喧嘩になってしまうんじゃないだろうか。僕は平気だよ、だから落ち着いてよ二人とも。

「あっ……やべっ」

 玄関のドアが開く音と、けんたくんが走り去っていく足音が聞こえた。あいちゃんのお母さんが出てきて、あいちゃんに声をかけると、あいちゃんはお母さんに泣きついた。

「けんたくんがっ、ゆきだるまさんがぁぁ……」

 あいちゃんは笑顔が素敵なんだから、そんなに泣かないで。僕の体は雪でできているんだから、別に痛くもないし、直すことだって簡単にできるんだよ。

 お母さんの前でもそう声をかけたかったけれど、あいにく口がとれてしまったのでそうもできない。じれったい思いをしているうちに、あいちゃんはお母さんに連れられて家の中に入っていった。

 あいちゃんがいてけんたくんがいた、さっきまでの騒々しさが嘘のように、辺りはしんと静まり返ってしまった。

 夕方の庭に、僕はひとり取り残された。

 崩れた体は、見てくれは悪いけどそれほど苦ではなかった。やがて日が落ちていくけれど、夜の空気も思ったよりは冷たくない。

 遠くの空で星が瞬いているのが見えた。きっと明日も、晴れるだろう。



 翌朝。

 ランドセルを背負ってあいちゃんが家から出てきた。僕の前で足を止める。

「ゆきだるまさん……今日、かえってきたら、また体作ってあげるからね」

 うん。ありがとう。あいちゃんは優しいね。

 と、そこへ、もうひとつの足音が近づいてきた。家じゃない、道のほうからだ。この足音はけんたくんだ。

「ゆきだるま、こわれちゃったな」

 僕の姿を眺めながらけんたくんがそう言うと、あいちゃんが声を荒げた。

「あんたがこわしたんじゃない!」

 けんたくんは、意外にも言い返さない。

「……ごめんな」

 あれっ?

「せっかく、あいが作ったのにな。あとでまた一緒にゆきだるま作ろうぜ」

 ああ、やっぱりけんたくんは、あいちゃんのことが……いや、なんでもない。無粋なことを言ってしまうところだった。口がなくてよかった。

「でも……あいは、このゆきだるまさんがいいの」

「じゃあ、このゆきだるま、一緒になおそう」

「……うん……」

「おれのじいちゃん、ゆきだるま名人なんだ! こわれにくい作り方おそわってくる」

「……じゃあ、あいも、あとでおかあさんとそうだんしてみる!」

 おやおや。なんだか楽しそうじゃないか。

 あいちゃんとけんたくんは、崩れたままの僕に手を振り、二人で学校へと歩いて行った。

 ふたりとも、ありがとう。僕はとっても幸せな雪だるまだね。

 でも、……あいちゃんは賢い子だから、本当はもう気付いているだろう?

 辺りを見回してみれば、もう残っている雪は本当に少ない。もう何日も新しい雪は降っていなくて、日差しの強い日が多くなってきている。雪だるまをつくる名人というけんたくんのおじいちゃんでも、これから僕の体を完璧に直すのは難しいだろう。

 もうすぐ、冬が終わるんだ。


「あい、雪もっともってこいよ!」

「もうないよ……」

「じゃあ氷もってこい」

「いまれいとうこでつくってるところだよ! 日傘さしたらどうかな?」

「くそー、なんで今日こんなにあついんだよっ」

 二人が、必死で、僕の体を守ってくれている。

 体から落ちた頭はどうにか元の位置に戻った。でも、耳がもうすぐなくなってしまう。目も顔の中に深く埋め込まれているけれど、その顔のかたちがもはや原型をとどめていない。二人の小さな手の体温でさえ、僕から冷たさをうばっていく。

「ゆきだるまさん、きえないで」

 あいちゃんは目に涙をいっぱい浮かべている。

「あいと一緒にお話してよ。けんたくんとも、……」

 あいちゃんの声が、聞こえなくなっていく。

 二人が何か言っているけれど、僕にはもう、わからない。

 あっ、と二人の口が動いた。同時に、地面が僕の目の前にせまってくる。

 木炭の目も、バケツの帽子も、地面を転がっていったのがわかった。

 真っ暗闇のなかで……唯一ふたりの手の中に残った、顔のかけらが、僕の肌が、とけ切るまでの数秒間、かすかに温もりを感じていた。



 あいちゃんは、数日間は、僕がいた場所――まだ体の残骸がわずかに残っていた――を、気にして眺めていた。

 でも、1週間もすると、そこを振り返ることもなく、けんたくんと一緒に元気に遊びに行くようになった。

 それで、いいんだ。あいちゃんは僕を忘れる。それでいいんだ。

 寂しくないよ。

 またいつか僕は戻ってくるから。雪だるまだった僕は、とけて地に流れ、川となって海に出て、空に昇って、またいつか雪になる。そして雪だるまになって、君のような子と出会うんだ。

 完全に僕の体が消えてしまうと、あいちゃんのお母さんが、その痕を片づけてくれた。小さなバケツと、木炭の欠片を拾い上げ、そして呟く。

「ありがとうね、雪だるまさん」

 僕は応える。どういたしまして。

 ほら、寂しくないだろう。

 だって、またいつか、会えるからね。

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