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母親の面影

案の定というべきか、蛍の話を聞いた愛は泣いた。

年甲斐もなく咳きこむほどの嗚咽を零すものだから、ついつい蛍に背をさすってもらう羽目にもなってしまった。

けれど蛍はそんな愛に対して、満足そうに呟いた。


「こんなに泣いちゃってさ、聞いたこと後悔したでしょ。なんか無性に愛のこと、傷つけてやりたくなっちゃったんだよね」

「な、んでよぅ…!」

「俺のことで泣いている愛を見たくなったから」

「んな!……っの外道ー!」

「だって愛、俺の母親に見た目そっくりなんだもん」


あっさりとそう言い放った蛍に、愛は思わず顔を上げた。

彼の想定外の言葉には、愛の涙は一瞬止まり呼吸も止まったようだった。

大きく目を見開き蛍を見るが、面越しの彼の表情は窺い知ることは出来ない。


「だから俺のせいで泣いているって思うと、『あの母親が』って思えて、ちょっと胸がすっとする。あのときのこと、後悔させてやりたかったし」


無論愛を母親に見立てることは、蛍だって見当違いだと分かってはいるのだろう。

だから彼はそう言ってから、「ごめん」と呟いたのだ。


けれどそれは、余計に愛の涙を誘うだけだった。

ぐしゃりと顔を歪めた愛は、さっき以上に号泣し始める。



蛍を崖から突き落としたという、彼の母親。

本来子を助け守るべき母親がする仕打ちにしては最低だ。

蛍自身も捨てきれなかったとはいえ、母親に対しては屈折した感情を持っているのは明らかだった。


彼女が蛍を殺すことがなければ、彼は5百年もの間この土地に縛られることもなかっただろう。

一言5百年といえば短いが、人の一生からすれば途方もない時間だ。

それを一人で、彼は過ごしてきたのだ。


何度彼はその苦しさに母を呪ったことだろうか。

何度彼はその絶望に打ちひしがれたことだろうか。

きっと数えきれるほど深く深く呪ったに違いない。


そんな蛍が、一連の元凶である母親に偶然にも似た愛を見たときは何を感じたのだろうか。

何を思って、愛の面倒を見たのだろうか。

傍に、いてくれたのだろうか。


何も知らなかったからとはいえ、自分も蛍にひどい仕打ちをしてしまったのだと、身勝手な呵責に涙は増すばかりだった。



「なんで、どうして……」

「愛の世話を焼いたかって?」

「そう、だよ…っ」

「愛が死ぬ気だったから」


思わず涙でぐしゃぐしゃな顔を蛍に向ける。

肩を竦めるような仕草をした彼は、すべてを悟っているようだった。


「愛がここに来た理由、会ったときにすぐ分かったんだ。あんな夜更けに思いつめた真っ暗な表情なんてさ、一つしかないでしょ」

「………」

「本当になんで助けちゃったかなあ、自分でもよくわかんない。ほっといても良かったんだけど、でもやっぱり見殺しにも出来なかったからさ」


それはきっと蛍がいまだに母親を憎み切れず、それどころかまだかすかに慕っている証拠なのだと思った。

憎み切れば楽になるだろうに、蛍は逃げることをしない。

もしかしたらそういった自覚がないのかもしれないけれど、どの道それは人を憎み切れない優しさとイコールだ。


何も言えずただ嗚咽を吐きだすしかない愛に、蛍が小さく笑う。


「俺、マザコンなのかなあ。愛は愛なのに、いつだって俺を捨てた母親にたぶってみえるんだ」

「それだけ、お母さん、がっ…好き、だったんで、しょ…?」

「嗚咽ひど過ぎ」

「う、うるさあいっ」


涙でぐしゃぐしゃなまま蛍を睨みつけてやったら、ひっどいブサイクだねって蛍に笑われた。

でもそれ以上に寂しそうだったから、蛍の手を引いてしっかりと抱きしめてやる。


無性に蛍が愛しくて堪らなくなった。

そして蛍も自分と同じく、愛情に飢えているんだということに気がついた。


抱きしめた直後こそ、蛍が体を強張らせている感じはしたが、やがて脱力したように柔らかく愛にその身を任せてきた。

ぎゅうっと力をいれて蛍を抱きしめているけれど、相変わらずその感覚は輪郭同様頼りない。

蛍の母親に似ているという愛に抱き締められることで、少しでも彼の闇が払われればいいと心底思った。


「言っておくけどねっ、蛍が悪いんだからね! そんな顔、するからっ」

「そんな顔って………、お面被ってるんだから分からないでしょ」

「そこは引っかかるとこじゃなーい!」


不貞腐れるように言った愛に、一しきりケタケタと笑った蛍は、やがて懐かしむように呟いた。


「悔しいけど、やっぱ俺母親が好きだったのかもしれないなあ」





泣いて泣いて泣いて、どれだけ泣いたかわからないくらい泣いて、愛は疲れたようにあの洞で体を横たえていた。

枯れ葉と落ち葉を敷き詰めただけの自家製簡易ベッドは、なかなかどうしていい寝心地だったりする。

仰向けに転がって、泣き過ぎてじんじんと痛む目頭を右手で抑える。

左手は、愛に沿うように寝転がっている蛍の手と繋がっていた。


間もなく朝が来る。

夜の象徴ともいえる闇が、少しずつ薄れていく感じだ。

そんなゆっくりと白む世界で、蛍がぽつりと呟いた。


「愛、もう人の世界に帰りなよ」

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