表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

送還失敗個体 俺だけ帰れないんですか!?

作者: でぃーらい
掲載日:2026/05/10

ようこそ定命の子らよ。

汝らは勇者として選ばれた——


その声が響いた瞬間、俺はようやく、自分が見知らぬ場所に立っていることを理解した。


真っ白だった。


床も、天井も、壁すら存在するのか分からない。

上下感覚さえ曖昧になるほど、どこまでも白が広がっている。


さっきまで教室にいたはずだ。

六限目の途中、眠気と戦いながら教師の話を聞き流していた記憶がある。


なのに次の瞬間にはこれだ。


周囲にはクラスメイトたち。

みんな状況が理解できていないのか、不安げに辺りを見回している。


そして、その中央。


いかにも“それっぽい”爺さんが立っていた。


長い白髭。

金糸の刺繍が入ったローブ。

無駄にデカい杖。


いや待て。


知的な俺が分析するに——こいつ、神だ。


「察しているだろうが、我は神だ」


メリッ。


……ん?


何か変な音がした。


だが、そんな小さな違和感よりも、今は目の前の状況だ。


なるほどなるほど。

つまりアレか。


俺たちはこれから異世界に転生して、チート能力を授かり、魔王を倒せとかそういう感じか。


理解した。


「この世界は魔王により崩壊の危機にある」


メリメリッ。


ほら来た。


やはり俺には勇者の素質があったのだろう。

中学時代に授業中ずっと妄想していた甲斐がある。


「待ってください!」


突然、鋭い声が響いた。


見ると、クラス委員長が前に出ていた。

真面目で成績優秀、教師受けも良いタイプの女子だ。


「急にそんなこと言われても困ります! 私たちは普通の高校生ですよ!?」


あー、まぁ分かる。


確かに現実で命懸けは嫌だ。

俺もネットとエアコンのない生活は厳しい。


というか、さっきから妙な音しないか?


メリメリって。


なんかこう……壁が破られるみたいな。


「安心しろ。汝らには過酷な世界を生き抜くための力を——」


メリメリメリッ。


今度はハッキリ聞こえた。


しかも近い。


「——授け、ブフェッ!?」


神が吹っ飛んだ。


文字通り、横に。


白髭をなびかせながら数メートル転がっていく。


一瞬、誰も理解できなかった。


そして。


「ギャハハハハハハハハ!!」


耳をつんざくような笑い声が空間に響く。


そこにいた。


いつの間に現れたのか、全裸の男が。


筋肉質な身体。

全身に走る古傷。

血走った赤い目。


そして何より、雰囲気がヤバい。


本能が警鐘を鳴らしていた。


あれはダメなタイプだ。


関わっちゃいけない生物だ。


「ま、待て貴様、なぜここに——ブベァッ!?」


「アイルビィィィバァァァック!!」


男の拳が神の顔面にめり込む。


「死ねクソ神ィィィィ!!」


テンションが終わってる。


男は笑いながら神を殴り続けていた。

拳が叩き込まれるたび、鈍い音が響く。


殴る。


笑う。


殴る。


笑う。


地獄みたいな光景だった。


クラスメイトたちは完全に硬直している。

泣き出す女子までいた。


そりゃそうだ。


異世界転生の導入で神が撲殺されるなんて誰が想像できる。


やがて神の身体が光に変わり始めた。


輪郭が崩れ、砂のように粒子となって消えていく。


断末魔すら途中で途切れた。


静寂。


俺はたぶん、一生忘れない。


あの瞬間のクラスメイトたちの顔を。


「……あ?」


男の視線がこちらを向いた。


ひっ、と誰かが息を呑む。


ヤバい。


絶対ヤバい。


この男、人を殺すことに躊躇がない。


いや多分もう何百人も殺してる。


だが男は意外そうに眉をひそめただけだった。


「あー……あのクソ神に呼ばれた奴らか」


男は頭を掻きながらため息を吐く。


「安心しろ。お前らは元の世界に返してやる」


……なるほど?


どうやら敵対するつもりはないらしい。


まぁ、確かに異世界転生には少し憧れていた。


チート能力。

冒険。

美少女。

俺TUEEEE。


男なら誰でも一度は夢見る。


だが、それはあくまで創作だから面白いのだ。


現実なら話は別。


衛生環境も怪しいし、娯楽も少ないだろう。

ネットもコンビニもない生活とか無理だ。


あと俺は枕が変わると寝られない。


男は何やら低い声で詠唱を始めた。


空気が震える。


周囲に淡い光が集まり始めた。


おお。


これが魔法か。


「感謝しろよ? 《テレポート》」


視界が白く染まった。


身体が浮くような感覚。


次の瞬間。


俺は目を開け——


「……あ?」


目の前に全裸の男がいた。


「え?」


数秒、沈黙。


「待て待て待て待て!! なんで戻ってねぇんだよ!!」


「知りませんよ!! どういうことですか!?」


周囲を見る。


誰もいない。


クラスメイトたちは消えていた。


俺だけが、この白い空間に残されている。


男は露骨に嫌そうな顔をした。


「範囲から漏れたか? いや……」


ぶつぶつ呟きながら俺を見る。


「もしかしてお前、妙に強いのか?」


知らんが?


「……まぁいい。もう一回やる」


男は再び詠唱を始めた。


先ほどよりも強い光が集まっていく。


「魔法を強めてっと……感謝しろよ? 《テレポート》」


再び光。


そして——


「やぁ」


「なんっでだよッ!!」


景色は一ミリも変わっていなかった。


男はついに眉間を押さえ始めた。


「あーもう……ちょっと見せろ」


次の瞬間。


男の目が赤く光った。


鋭い光。


まるで獣の眼光みたいだった。


おお。


かっけぇ。


もしかして鑑定スキルとかか?


「違ぇよ。魔力を見てるだけだ」


どうやら声に出ていたらしい。


しかし魔力を見る目か。

いいなそれ。


男はしばらく俺を観察していたが、やがて納得したように頷いた。


「なるほどな」


嫌な予感しかしない。


「すまん。お前、元の世界に返すの無理だわ」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


叫び声が白い空間に虚しく響き渡る。


「嘘でしょぉぉぉ!? そんなことあります!? え、どうするんですか俺!? このままずっとこの空間で過ごすんですか!?」


嫌なんだが!?


何もないじゃんここ!


白い!

広い!

終わり!


たったそれだけだ。


絶対無理だ。

一日いたら発狂する自信がある。


というか今ですら若干気が狂いそうなのに。


男はそんな俺を見ながら、ケラケラ笑っていた。


「いや、元の世界に戻すのは無理だが、異世界に落とすことならできるぞ」


「……へ?」


男は軽い調子で続ける。


「穴開けて落とすだけだからな。送還より遥かに楽だ」


おお。


おお!?


希望見えてきた!


「まぁ、その場合」


男はニヤリと笑った。


「普通に死にそうだが」


「ヤバいじゃないですか!?」


即答だった。


「ギャハハハハハ!!」


笑ってやがる!


「人事だと思ってこの変態全裸野郎がぁぁぁぁ!!」


「ウケる」


こいつ絶対性格悪い。


というかなんなんだコイツ。

神を撲殺するし全裸だし人の人生で遊ぶし。


許せねぇ。


この変態野郎、人の生き死にがかかってるのに適当に答えやがって。


いつか絶対ぶっ殺して——


「あ?」


男の目が細まった。


「迷宮の最下層に落とすぞ。いいのか?」


「すいません」


秒で謝った。


怖い。


この人マジでやるタイプだ。


男は鼻で笑う。


「まぁ許してやるよ。最下層は勘弁してやる」


男は面倒臭そうに肩を回した。


「俺も時間ねぇんだ。さっさと送るぞ」


その足元に、赤黒い光の輪が浮かび上がる。


おお……。


魔法陣だ。


本物だ。


ちょっとテンション上がるな。


「……あの、初期装備とかは?」


異世界転移と言えば重要だろそこ。


剣とか。

チートアイテムとか。

せめて服とか。


しかし男は呆れたようにため息を吐いた。


「俺は神じゃねぇんだ。あるわけねぇだろ」


「そすか」


使えねぇぇぇぇ。


「あと」


男がニヤリと笑う。


嫌な予感しかしない。


「俺、心読めるからな」


「え?」


「お前、迷宮中層行き決定だ。頑張れよ」


「待って待って待って!! 嘘でしょ!? すいません! 謝るんでぇぇぇ!!」


「だめだ」


即答。


次の瞬間。


俺の足元の空間が、バキリと割れた。


「うぉぁぁぁぁぁぁ!?」


身体が宙に投げ出される。


落ちる。


下は真っ暗だった。


風圧が全身を叩く。


「変態クソ野郎ぉぉぉ!! いつかぶっ殺してやるぅぅぅぅ!!」


遥か上から男の爆笑が聞こえた。


「頑張れよぉぉぉ!! ギャハハハハハハ!!」


マジで覚えてろよあの野郎!!



どれだけ落ちただろうか。


ふと、身体が軽くなる。


次の瞬間。


「——ぶべっ!?」


俺は石畳の上に顔面から突っ込んだ。


痛ぇ!!


鼻が!

鼻が終わった!!


「いっっったぁ……」


涙目になりながら顔を上げる。


そこに広がっていたのは——街だった。


石造りの建物。


見たこともない文字の看板。


剣を腰に下げた冒険者っぽい男。


耳の長い美人。


露店から漂う謎の匂い。


異世界だ。


マジで異世界だ。


「……あれ?」


俺は周囲を見回す。


迷宮は?


モンスターは?


中層は?


普通に街なんだが?


「…………」


まさか。


ひらり、と紙切れが頭の上に落ちてきた。


嫌な予感しかしない。


拾い上げる。


そこには乱雑な字で一言。


『嘘だよバァカ』


「…………」


ビキッ。


額に青筋が浮かぶ。

べりっと、紙を破り捨てた。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇッ!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ