ハロウィンに寝過ごした小悪魔
人間が生活している世界を人間界と呼ぶならば、
この世界には悪魔たちが生活している悪魔界とでも呼ぶべき場所がある。
そこには様々な種類の悪魔たちがいて、
中には人間を襲ったり唆したりするものもいれば、
逆に人間と意思疎通を取ろうとするものもいる。
悪魔界と人間界は、一つの門によって繋がっている。
門は通常、閉じられているが、たまに開けられる時がある。
その一例が、ハロウィンである。
ハロウィンとは、年に一度、決められた日に、
子供の悪魔、つまり小悪魔たちが、人間界に遊びに行く行事の事。
「トリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。」
こんな掛け声で子供たちがお菓子をねだるのが、ハロウィンの恒例だ。
ハロウィンを楽しみにしているのは、人間の子供たちだけではない。
実は、小悪魔たちもハロウィンを楽しみにしている。
ハロウィンには悪魔界と人間界を繋ぐ門が開けられ、
実際に本物の小悪魔たちが人間の子供たちに混じっているのだ。
人間はハロウィンを甘く見ているが、
本当のところ、人間界にやってきた小悪魔たちに何かあれば、
即、親の悪魔たちが人間に復讐するであろう、危険な行事だった。
今、人間界の季節は初冬を迎えたばかり。
ハロウィンはもうとっくに終わってしまった。
そんな時期に、悪魔界で眠りから目を覚ました小悪魔がいた。
「う、うーん。あー、よく寝た。母さん、今は何時?」
すると小悪魔の母親である母悪魔が、台所仕事をしながら答えた。
「今かい?人間界だと12時くらいだよ。」
「何月何日の?」
「11月15日だね。」
「ええー!?それじゃハロウィン終わってるじゃないか!
なんで起こしてくれなかったんだよ!」
悪魔界でも最近、人間の暦を導入するようになったのだが、
悪魔は人間と違って、一日を二十四時間では生活していない。
場合によっては百時間以上連続で起きていたり寝ていたりすることがある。
この小悪魔は、ハロウィンの前に一眠りしたつもりが、
ハロウィンを寝過ごしてしまったのだった。
「ハロウィン、楽しみにしてたのに。母さんのせいだ!」
「この子ったら、自分の寝坊を親のせいにするんじゃないよ。」
母と子のやり取りは、人間も悪魔も変わらない。
そんなわけで、この小悪魔は、ハロウィンに寝過ごしてしまった。
人間も悪魔も子供なら楽しみにするハロウィン。
そのハロウィンを寝過ごしてしまった小悪魔。
だが、ただ寝過ごしただけで済ます程、諦めはよくなかった。
「ちくちょー。
今からでもハロウィンに参加してやる!
僕だってハロウィンのお菓子を楽しみにしてたんだから。」
そうしてその小悪魔は、家を出た。
「ちょっとあんた、どこ行くんだい?」
「ちょっとそこまで。」
母親は適当にあしらったが、その小悪魔はとんでもない事を考えていた。
人間界への不法侵入である。
ハロウィンを寝過ごしたその小悪魔は、
もうハロウィンが終わっているにも関わらず、
人間界へと繋がる門へ向かった。
そこは厳重な警備がされている・・・はずだった。
しかし、見張りをしている大柄な悪魔は、いびきをかいて居眠りをしていた。
小悪魔はこっそりほくそ笑んだ。
「へへへっ。ここの門番のおっちゃん、いつも居眠りしてるんだよな。
だからハロウィンじゃなくても、門を通るなんて簡単なんだ。」
小悪魔はこっそりと門に近付くと、静かに門を開いた。
人、一人が僅かに通れる程度に門を開くと、その中に体を滑り込ませた。
門の扉の向こうには、虹色の世界が広がっていた。
小悪魔の顔や手や世界までもが歪んで見える。
その先に光が見える。
小さな光はぐんぐん迫ってきて、やがて全てを照らした。
光に飲み込まれた小悪魔は、人間界に居た。
ここはどこかの公園だろうか。
時刻は夕方頃、下校中の子供たちの姿が多く見える。
「おっと、いけない。」
小悪魔は急いで黒いフードを被りマントを羽織り、顔と姿を隠した。
これでぱっと見には、人間の子供に見えることだろう。
「よし、これから、ハロウィンのやり直しをするぞ。」
小悪魔は喜び勇んで、人里へと繰り出していった。
その小悪魔が人間界に来るのは、これが初めてではない。
今までにもハロウィンで人間界に来たことがある。
しかし、悪魔界と人間界を繋ぐ門がどこに開くのかはその時次第。
今回、門が通じた場所は、小悪魔は来たことがない場所だった。
それでも、人間界の構造は似たようなもので、
人がいそうな場所目指して歩いていく。
すると、向こうに商店街のような人だかりが見えてきた。
「よしよし、あそこでハロウィンのお菓子を貰うことにしよう。」
今、その小悪魔は全身真っ黒なフードとマントを羽織っている。
その異様さは、それなりに人目を引く姿だったが、
背丈の大きさが人間の子供の大きさくらいなので、
大人たちは子供の遊び程度にしか思っていなかった。
そして黒い姿の小悪魔は、手近なお菓子屋の店先の店員に話しかけた。
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」
言う方は楽しげだったのだが、言われた店員の笑顔は固かった。
そして、冷静にこう言われた。
「今年のハロウィンはもう終わってるよ。
ハロウィンがしたかったら、また来年来てね。」
優しいが有無を言わさぬ言葉で、小悪魔は敢え無く追い返されてしまった。
こうしてその小悪魔の今年のハロウィンは、失敗に終わった。
と、言うほど、諦めのいい小悪魔ではなかった。
「くそっ、だったら他の方法を考えてやる。」
小悪魔はハロウィンをするべく、他の方法を考えた。
でも気を付けなければならない。
実はハロウィンには犯してはならないルールが存在する。
ハロウィンでは、お菓子を貰えなければいたずらしてもいい事になっている。
しかし、いたずらとしてお菓子を盗んではいけない。
そうでなければ、ハロウィンの理論が破綻し、
人間界でも悪魔界でもない場所へ繋がる門が開いて、
引きずり込まれてしまうという。
その門の先に何があるのか、それを見て帰ってきた者はいない。
お菓子を盗まず、お菓子を手に入れる方法。
そんな方法はあるのだろうか。
小悪魔は思いつく限りの方法を試すことにした。
その小悪魔は、ハロウィンのお菓子を手に入れるべく、行動を開始した。
まずは、ハロウィンの王道。
道行く人たちに、無差別に襲いかかった。
「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」
しかし、時期外れのハロウィンの掛け声は、大人には全く相手にされず、
子供には冗談だと思われて、子供の遊び仲間にされてしまった。
町にはまだ学校帰りの子供たちが多数いて、小悪魔はその中に混ざって、
人間の子供たちと楽しく遊んだ。
同じ子供とはいえ、人間と悪魔は根本的に違う。
かくれんぼなどでは、小悪魔は本物の幽霊と間違われたりもした。
まさか人間の子供たちは、
鬼ごっこで本物の鬼に近い存在に追われてるとも知らず、
無邪気にも笑顔で小悪魔と遊び回っていた。
悪魔も人間も子供は純粋で打ち解け合うのも早い。
小悪魔は人間の子供たちとすっかり打ち解けて遊び続けた。
誰もがクタクタになって公園の地面に大の字になって倒れるまで遊んだ。
夕方は間もなく夜を迎え、子供たちが家に帰る時間になった。
「また明日ね!」
「うん、またみんなで遊ぼう!」
子供たちは、温かい家族が待つ家へと帰っていく。
その時、小悪魔は気が付いた。
ハロウィンのお菓子を貰い損ねていたことを。
しかし、そんなことはもう気にならなかった。
人間の子供たちと遊ぶのが楽しかったから。
お菓子よりもみんなと一緒に遊ぶ方がいい。
そう思っていたのだが、残っていた一人の子供がこちらを見つめて言った。
「君、帰る家が無いんでしょう?
だったら僕の家においでよ。
夕飯くらいは一緒に食べられると思う。」
「本当に?良いのかい?」
「もちろんさ。」
そうして小悪魔は、その子供の家へ一緒に帰っていった。
その子供の家は古い一軒家で、家では両親と祖父母が待っていた。
「おかえり。」
「おや、そちらはお友達かい?」
「うん!」
「そうか、それじゃあ一緒に夕飯を食べようか。」
食卓には既に夕飯が用意されていて、
その小悪魔は一緒に夕飯を食べさせてもらった。
悪魔と人間の味覚は異なるが、それでもその家の夕飯は、
心のこもったものであることが感じられた。
贅沢ではないが心のこもったご馳走。
小悪魔は喜んで夕食を口に運んだ。
夕ご飯をごちそうになってお腹いっぱい。
小悪魔は食卓で大きなお腹を抱えて幸せそうにしていた。
そうしていると今度は、母親がデザートにと、ケーキを持ってきてくれた。
「ケーキ、ケーキ、ケーキ!」
ケーキを見てはしゃぐ小悪魔は、自分が人間界に来た理由を思い出した。
今こそ、あれを言うチャンスではないか。
「ト、トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」
すると、人間の子供の家族は、みんな笑顔で答えた。
「ちょっと遅いハロウィンだね。
ケーキも立派にお菓子だから、これをお食べ。」
返事を聞くのももどかしく、小悪魔はケーキにかぶりついた。
ケーキは甘く、夕飯で満腹だったはずのお腹に滑り込んでいった。
こうしてその小悪魔は、
念願だった寝過ごしたハロウィンのお菓子にありつけたのだった。
ハロウィンのお菓子にありついた小悪魔。
これでもう、今年のハロウィンはお仕舞い。
後は自分の居場所である悪魔界に帰るだけになった。
「夕飯にお菓子まで、ごちそうさまでした。
それじゃ僕は、このあたりで失礼します。」
「そうか。君にも家族がいるだろうからね。」
「どんなに遅くなっても、お家には帰らないとね。」
「みんな仲良くするんだよ。」
人間の子供と家族にお礼を言って、小悪魔は家を出た。
悪魔界へ帰る門は、基本的に同じ場所にあるはず。
来た時の公園に行くと、門はまだ薄く開いたままだった。
そっと周囲を伺って、誰もいないのを確認して、
小悪魔は門の中へと身を入れた。
来た時と同じように、虹色の空間を経由して、悪魔界へと戻った。
門番の悪魔はまだ居眠りしていて、いたずらには気が付いていないようだった。
家に帰ると、家族が待っていた。
「おかえり、ずいぶん遅かったね。」
「お腹空いてるだろう。」
「あ、うん。それが、友達の家でごちそうになっちゃって。」
「おや、そうなのか。それじゃ、今度お礼を言わないとな。
お前からも、今度会ったらお礼を言っておくんだぞ。」
「うん。」
しかしその言葉は、実行に移されることはなかった。
あれから、あの小悪魔は、門番の悪魔の隙をついては、
門を抜けて人間界へと遊びに出かけた。
人間の子供たちとも再会し、何度も遊んだ。
しかし、あのハロウィンのお菓子をくれた家の子供だけは、
どうしても見つからなかった。
人間の子供たちに尋ねてみるがしかし。
「さあ?」
「そんなやつ、いたっけ?」
誰に聞いても、そんな子供は知らないという。
そんなはずはないと、記憶を頼りに家へ向かった。
しかしそこには、あの温かい家は無かった。
そこにはただ、焼け落ちた家の残骸が残っているだけだった。
悪魔界では、人間界での出来事を知る方法が無い。
だからここで何が起こったのか、推測するしかできない。
しかし、その小悪魔には、何が起こったかわかったような気がした。
「お互い、今年のハロウィンは寝坊しちゃったみたいだね。
お礼は、また来年のハロウィンで逢えたら言うね。」
事実はおおよそ、その小悪魔の予想の通り。
今年のハロウィンに遅れたのは、
お菓子をもらった小悪魔の方だけではなかったようだ。
悪魔界でも人間界でもない世界から、はるばる来た一家とは、
またハロウィンに出会えるだろう。
そんな確信を持って、その小悪魔は友達のところへ戻っていった。
終わり。
人間が寝坊をするのだから、悪魔やそれ以外のものも寝坊するのか、
そんな事を考えて、ハロウィンに寝坊した悪魔たちの話を書きました。
ハロウィンの意味は時代によっても変わっているようですが、
幽霊を含めると、ちょっとお盆みたいな感じもします。
悪魔も幽霊も人間も、一緒になって楽しめる行事だといいなと思います。
お読み頂きありがとうございました。




