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3 フィーアとラセルの出会い

「あら、貴方とっても日焼けしているのね」

 これから主人となる、まだ当時16歳。春に17になるというフィーアはまさしく貴族のご令嬢といった、儚げな美少女だった。

 深い藍色の髪色が艶やかに輝く。瞳の色は濃いアメジストで本当に宝石のようだった。その無垢な瞳が不思議そうにラセルを見上げた。

「今は冬だというのに。今までどこで働いていたの?」

「私は……南方の、出身ですので」

 こう言えば、大抵の人間は顔をしかめる。

 何と言っても深窓のご令嬢だ。異邦人に対してはこれ以上は近づくなとか、視界に入るなと言われても仕方ないと思っていた。

 しかしフィーアは目を丸めたものの、興味津々といった様子でラセルを質問攻めにした。

「南方の国ってどこかしら。地図を持ってきてもいい?食べ物は違うの?家は?どんな特産品があるの?」

「その……よく、覚えてないです。幼かったので」

「あら残念」

 フィーアはがっかりしたようだったが、それ以上聞くことはなかった。

 ラセル自身が覚えていないと言うのなら、それだけでもう関心は失ったかのようだった。




 フィーアの体質の事を知らされてから、その前代未聞の現象に、ラセルは気を引き締めて護衛任務にあたった。

 しかし、それほど難しいことは起こらなかった。

 フィーアの環境は既にしっかりと整えられている。魔道具や魔法とは無縁の、素朴な生活を楽しむ令嬢と言えばそのようにも見えるほど、穏やかな毎日だった。

 今日も庭園の一角にピクニックのようにシートを広げ、フィーアともう一人、弟のカイルが談笑しながらお茶を楽しんでいた。

 ラセルは少し離れた所で周辺を警戒している。

「——カイル、疲れてない?」

「大丈夫だよ。僕は姉様と違って、魔道具使えるからさ。移動魔法陣を使って、一瞬だから」

 カイルはそう言って何かを破る真似をした。それなりに高価な魔道具ではあるが、カイルは昨日王都からそうして一瞬で帰って来た。現在は寄宿学校に通っており、今日から冬休みで帰省したのだ。

「何か面白いことはあった?優等生だものね、カイルは」

「辺境伯を継ぐのに必要な成績は取ってるよ。学校はまあ……普通かな」

 カイルと違って領地で家庭教師に教わっているフィーアとしては、カイルの土産話は何よりの楽しみだった。あまり言い過ぎると気を遣わせるからと遠慮してはいるが、聞きたくてうずうずしているのがよくわかる。

「——そんなに、面白い話はないよ」

「第2王子様は、お元気?」

「なんであいつ……」

「仲良かったじゃない」

「大昔ね。今はコースも違うし、ほとんど会わないよ」

 これは嘘である。第2王子も第1王子も、何かにつけてカイルに会いにやってくる。そして二言目には、フィーアは元気にやっているか——である。

 カイルはいつも、フィーアへの贈り物も手紙も全て、徹底して受け取っていない。それは王子でも例外ではなった。

 パーデンオスの菫の前には、鉄壁の弟がいる。——これは社交界では有名な話だった。もちろん、フィーアはそれを知らない。

「——護衛騎士をつけたんだね」

「ええ、ラセルって言うの」

 話の矛先を向けられて、ラセルは軽くお辞儀をした。

「ふうん……姉さまをよろしく」

「は」

 カイルはラセルをじっと見つめた。事情は父から聞いている。

 元は平民で期間雇用兵の軍人だったから、騎士としての教育を1月ほど叩き込んでようやく業務に着いたとか。確かに、立ち姿を見ても騎士と言うよりは軍人だ。

 平和に浸った王都の騎士等を見慣れているから、ラセルの鋭い眼光で騎士服を着ていると、殺伐とした違和感が拭えない。護衛騎士というと主人の話相手になったり、場を和ませたりもするのでにこやかで社交的なものが多いのだが。

 そんな軽い護衛騎士に比べれば幾分かはましだ。しかし、愛する姉の側に四六時中男がいるという事が、カイルは単純に気に入らなかった。

「姉さま、護衛騎士とはいえ、男だからね。二人っきりになったりしちゃだめだからね」

「まあ」

 フィーアは目を丸めた。

「なんてませたことを言うようになっちゃったのカイル」

「だ、だってさ!姉さまは綺麗だし、優しいし——っな、なんだよ!」

 ラセルが突然、すたすたと近寄って来た。

 大きな体で近づかれるとどうしても身構えてしまう。

 ぎょっとしてフィーアの体にしがみつくカイルだったが、ラセルはぬっと手を出した。

「わあっ——」

 がしっ。

 何かを掴む音がすぐ頭の上でする。見上げれば、魔道具の伝書鳩がラセルの手の中で暴れまわっていた。

 カタカタカタカタカタ…………。

 壊れたからくり人形のように変な動きを繰り返している。

 手紙を運んできた伝書が、偶然フィーアのすぐ頭上を飛んだ際、誤作動を起こし落下したらしい。

「ラセル、怪我はない?」

「はい」

 あまりに激しい動きに心配になったが、ラセルはなんでもない事のように伝書鳩を指でつまむと、その電源を切った。魔道具は急に静かになる。

 使用人が慌ててそれを受け取りに来た。

「——へえ、すごい」

 反応速度も、暴走した伝書鳩をお互い傷一つなく捕獲するのも。

 優秀な護衛なのは間違いなさそうだった。

 カイルはすっと立ち上がった。

「ごめんラセル。僕、嫌な言い方してた。姉を、お願いします」

「い、いえ……」

 伯爵家の子息が頭を下げるなんて信じられなくて。

 ラセルは動揺して、そっけなくそう答えるしかできなかった。

 



 この日を境に、フィーアの行動が徐々に奔放さを増していった。

 まるで今まで我慢していたことを少しずつ、やり直すかのように。

 まず、街に出て行くようになった。街には魔道具や魔法があふれているから極力出て行かなかったが、ラセルがあれこれ未然に防いで守ってくれるので、気軽に買い物を楽しむようになった。

 仕事だ、文句を言う事はできない。年頃の少女が街で買い物を楽しむ——それ自体は、何も言うまい。

 しかしせめて、突然興味を持ったものに走り出すのだけはやめてほしいと、ラセルは思っていた。

「——まあ、あれはどうして赤いのかしら!」

 そい言って突然、フィーアは魔道具搭載式の馬車に駆け寄る。

 ラセルは本気で走ってそれを追い抜き、馬車の魔道具の電源を切った。しゅうん、と馬車は力をなくしたような音を立てた。

「あら、色が消えたわ……」

「揺れを押さえ、馬の負担を軽くする魔道具です。使用中は赤く発光します」

「まあ……」

 フィーアの目はキラキラしていた。

 見せてくれてありがとう、と御者にお礼を言って、離れて行く。勝手に電源を触って申し訳ない、と謝罪して、ラセルはまた急いでその後を追いかけた。

 

 そしてまたある日。

 庭園には水撒き用の魔道具があり、水の出る時間は早朝と夕方に決まっている。

 フィーアは何を思ったか突然、夕方の水撒き時に芝生の上を走りだしたのだ。

「なっ……!」

 案の定暴走を始めた魔道具はあり得ない水量を空に向かって放出し始め、辺り一面あっという間に水たまりだらけになった。

 その豪雨のようになった大放出の中、フィーアはきゃっきゃと大笑いしながら走り回っていたのだった。

「まあ、見てラセル!!虹ができたわ!」

 そう言ってフィーアは夕日を背にして、虹の中で踊るようにはしゃいでいた。

 ——危険はないから、もういいか。

 放っておこうと思ったら、最後にはフィーアが濡れた芝生の上で転びそうになったところを受け止め、屋敷の中へそのまま強制連行することになった。

 せっかくの庭園に大きな穴と水たまりが無数にできてしまった。その日呼び出されたラセルは、未然に防ぐことができず咎めを受けるかと思っていたが、伯爵夫妻からは逆に感謝された。

「ありがとうラセル。フィーアはやっと、我慢しなくてよくなったのね」

 もう少し我慢してほしい。そう思ったが、涙ぐむデイジーを前に、ラセルは何も言えなかった。




 そうして約1年が経過した。

 ラセルは息つく暇もないほどフィーアを守り続けていた。とにかく油断がならない。

 そしてこの日は、フィーアが弟への誕生日プレゼントを選びたいと言って、魔道具倉庫へやって来た。

 フィーアにとっては鬼門ともいえる場所だ。

 ただ、全ての魔道具はスイッチを切って保管されているため、触りさえしなければ全く問題ない。——はずだった。

「絶対に何も触らないでください」

「それは、()()かしら」

「真剣に、お願いいたします。どこでそんな言葉を覚えて来るんですか……」

「ふふふ、使い方合ってた?」

 何も面白くないし、聞くだけで背筋が寒くなるからやめろ、と言いたい。

 この1年で寡黙だったラセルは、フィーアの前ではどうしても口うるさくなっていた。

 それでも礼節を守らなかったことはなかった。慣れない敬語を使い続けて、ようやく考えなくても使えるようになってきた位だ。何と言っても主人である。

 ——あのスクロールが破られるまでは。

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