32 無人島脱出
「——つまり、二人でここに残るという話か?」
「しつこいぞ」
ラセルはそっけなく言ったが、剣はしまった。黒龍に力づくでどうこうしそうな様子がなかったからだ。
「俺達は、ここから出たいんだ」
「分かっておる。つまらん。——一番近い島へは、北北西へ向かえばいい。1日もかからぬ距離じゃ。フィーアの特質があればこの結界も容易に抜けられよう」
黒龍は大きく欠伸をして見せた。
「ふわあ……。我はまた眠りにつく。送ってやりたいが、われの魔法もフィーアの前では歪んでしまう故」
黒龍の輪郭がゆらりと揺らいだ。
「この島の事は、他言無用ぞ……」
「あ——」
フィーアが思わず声を上げた。
黒龍の輪郭は揺らいで、そのまま溶けたようにその場に沈んでいった。まるで魔石と一体化したように姿が見えなくなる。
取り残されて、フィーアとラセルは顔を見合わせた。
「何だったんだ……」
「でも、すごくきれいだったわ。こんなきれいな景色、一生のうちで見られるなんて」
「確かに……」
遠くに魔物の気配がちらつくのは気になるが、魔石に囲まれるなんて経験はこの先もないだろう。
「宝石の海みたいになってる。すごい、綺麗……」
すっとラセルが手を出した。
手からラセルへフィーアは視線を上げると、ブルーシルバーの瞳はいつもより少し濃く見えて、じっとフィーアを見つめていた。
「ありがとうございます」
「え」
「一緒に島を出ると、言ってくれて」
「そんなの、当たり前じゃない」
「いや……ここで楽しそうにしてたから」
「だから、ラセルがいたからだって、言ったでしょ……」
最後の方はつい声が小さくなってしまう。つい勢いで、言ってしまったけれど。
護衛騎士とその主人としてよりは、すこし外れたような言葉だった。ラセルがどういう気持ちで側にいたいと言ったのか、聞きたいような聞きたくないような。それを考えると鼓動が速まった。
「——行くか」
ラセルが出した手を、フィーアは握った。
「うん」
黒龍の言った通り、北北西へ向かった。
変なことにならないよう、原始的にいかだと帆で風をよみながら進む。魔道具の電源も全て切り、鞄に食料と水を詰めた。
朝に出発をして、こぎ続けたら昼を過ぎたころ。急に視界が変わった。
結界の外へ出たらしく、四方に群島が見える。海の色も空の色も違って見えた。
「うわあ……」
思わずフィーアは歓声を上げた。遠くには船も行き交っていて、一気に現実世界へ帰って来たような気がする。
一番近い島の海辺にいかだを乗り付ける。人影はまばらだったが、どこにでもあるような、普通に生活感のある村だ。
かなり田舎の村、という印象だった。建物もたくさんある。
「すごい。着いたわラセル……!」
「ああ……」
「——あんたら、そのいかだで来たのかい」
漁師らしきおじいさんが、網を編んでいた手を止めて声をかけて来る。近くにはそのおじいさんしかいない。
「すみません。俺達、漂流して」
「へえ……そりゃあ難儀だったな」
「ここは何という国ですか」
「ここはケノンだ」
ケノン——南方諸島の中でもかなり大きな国だ。王国との国交もある。
「ラセル!やったわ。どうする?伝書を出す?それとも、私達で王国へ向かう?」
「まずは伝書を出そう。ここから俺達だけで帰るとなると一月はかかってしまう」
「一月も……」
その間、旅行気分でゆっくり帰ってもいいけどな、とフィーアは呑気に考えていた。
「あのな。魔道具なしで移動するのは相当難しいからな」
「はあい」
あまり聞いていない返事だ。
とにかく新しい国に興味津々だった。
人々の来ている服も、独特の訛りも新鮮だ。建物の方へ近づくほど、変な格好をしているという視線を感じる。
「——とりあえず、宿屋でゆっくりしよう」
ラセルは遠くにある宿屋の看板を指した。
持っているものを売ればそれなりの金額にはなるはずだ。身分を担保に金を借りてもいい。
「宿……あれが宿なの?」
「ああ」
「ラセルはこの国にも、来たことあるの?」
「ああ……まあ、子供の頃な」
村人を見れば、ラセルとよく似た肌色、顔立ちをしている。
もしかして出身の国とかなのだろうか。だったら、勝手がよくわかっているだろう。
「宿に部屋を取れば、伝書をすぐ飛ばしてくる。すぐに迎えが来るだろう」
移動魔法陣を使えば、それこそ一瞬でやってくる。さぞかし心配しているだろうから、もしかしたらシュバイツ自らやってくるかもしれない。
「そっか」
ラセルとの二人旅ももう終わりかと思うと、名残惜しいような気もする。
「……………」
「……………」
同じことを考えているのかと思ってしまって、なんとなく二人して沈黙が流れる。
宿の前に辿り着いた。
「まだ終わってないからな。家に着くまでが旅だから」
その先生のような口調に、フィーアはいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「ふふ……うん。よろしくねラセル!」
無人島サバイバル、脱出いたしまして、完結となります……。
ありがとうございました!
ケノン国編、またいつか書きたいと思っております。
お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!




