31 龍の棲家
暗い地下への階段を慎重に降りていく。
真っ暗に見えた階段は、出現したときの黒龍と同じように青白く淡い光を放っていた。
土であったり岩であったりと質感は様々で、そのせいか足音も、踏むたびに変化していく。
「なんだか……不思議ね」
ラセルの腕に手を回し、支えてもらいながらフィーアも進んだ。
ひんやりして冷たい空気が流れている。魔物の影はなかった。ただひたすら階段が続いている。
「結構明るい……地下なのに」
「人は暗闇では目が見えぬのだろう?」
知っている事をどこか誇らしげに、黒龍は前を歩いた。
「人と交流があるのか」
「我が眠りについて——千年程度か。人の寿命は短いゆえ」
だからもう知り合いはいない、と言う意味だろう。
「千年……よくそんなに寝られるわね」
「フィーア様……」
黒龍は面白そうに笑った。
「我の眠りは、人のそれとは違う」
階段を降り切ったら平坦な空間が広がっていた。
暗くてよく見えない中を黒龍に続いて進む。
「さあ、見よ。美しかろう!」
「うわ、あ……」
黒龍が言った途端、辺り一面に青白い光が差し込んだ。
光自体はわずかだったのに、洞窟の壁も床も天井も全てに反射して一気に辺りは明るくなった。
いつの間にか階段が消え去り、広い洞窟は青白く光る一面の水晶に圧倒された。
「これ……もしかして全部」
「魔石、か……?」
「いかにも」
こんな大きな魔石は見たことがない。
魔石とは魔道具の核となるもの。小指の先ほどの大きさで、魔力を何倍にも増幅して加えることができる。小さなかけらがちらほらと各国の鉱山から見つかるものの、それもわずか。それでも十分に魔道具を作り、魔石の恩恵にあずかれる。
この規模の魔石は、大陸全土の魔石を集めるよりも多いだろう。
「なんて綺麗なの……」
少しの光を当てるだけで魔石は水晶のように反射して発光していた。
フィーアが手を伸ばすと、そこだけぐにゃりと光が歪み、虹色に変色して、また揺らめいて戻る。
「宝石箱の中にいるみたい……」
「魔石に囲まれて、何ともないか」
「私はないけど?」
「その者の特質は、外に向けられたもの。その者自身には何の影響もない」
そう言って黒龍は一筋の光を放った。フィーアの脇を通り抜ける時、その光が歪み、乱反射してキラキラと輝く。
「我の魔力まで変質するとはな」
感心したように言って、黒龍は大きな魔石の台の上に腰かけた。
「手下らはここを守ろうとしていたのだ」
「魔石を……?」
「魔物には魔石が糧となる。これがなければ生まれぬし、強くもなれぬ」
「私たちは魔石は別にいらないわ」
「そのようだな」
目を凝らすようにしてラセルが周辺を見渡した。目には見えないが、あちこちに魔物の気配を感じる。
黒龍の方は確かに言った通り、争うつもりはなさそうで、ゆったりと動いているが。
「——我はもう、人と魔石を奪い合い争うのに飽いたのじゃ。それ故ここに魔石を集め、眠りについておった。誰にも見つからぬほど緻密に結界を敷いたつもりじゃったというに……まさかそれをかような方法で破るものが現れるとは」
やれやれ、といったように黒龍は魔石のうちの一つに腰かける。
「緻密に魔法を組みすぎて、かえってお前たちを呼んでしまったのやもしれぬな」
「私も……起こしてしまってごめんなさい」
「なんの」
黒龍は気にしていないようだった。淡く光る魔石のせいで、人間離れした肌色に見える。
「それで……何で俺達をここに」
「そこの——フィーアと言ったな。人の世では、その体質は余程不自由であろうと思ってな。その体質でも卑屈になることもなく、雑草の如き不屈の心を持っている。その透明な心が、我ら魔物には尊い」
「え、私……?」
「ここに留まらぬか?不自由はさせぬ」
「は?」
怒気をはらんだような声を上げたのはラセルだった。
「魔法のない国などほとんどないし、魔道具を使わぬ国もない。外ではさぞ不自由だったであろう」
「ここであればお前ものびのびと——」
「黙れ」
ラセルのては剣の柄を握りしめていた。
「よせ人間。争うつもりはないと言っただろう?そもそも、我とお前では勝負にならぬぞ」
ラセルはフィーアを背後に隠すようにして立つ。
黒龍はラセルの背後のフィーアへずっと視線を注いでいる。
「フィーアの意思はどうだ」
「意思……そんなもの」
「ここで楽しそうにしておったではないか。外では、魔法に接するほど大変な思いをし、それでも健気に努めてきたのじゃ。もうそろそろ、楽になっても良いだろう」
ラセルのすぐ前に、地上へ繋がる階段が出現した。一気に洞窟の中がまた明るくなる。
「故郷にはお前だけで帰って、無事を伝えてやればいい。黒龍の嫁となったと聞いたら、両親も手を挙げて喜ぶであろう。そうだな、嫁入りの代価として魔石をやろう」
「黙れといっているだろう!」
ラセルはついに剣を抜いた。
「愚かな。我に敵うと思うのか」
くい、とラセルの袖が引かれる。フィーアだ。
「——フィーア様」
「ラセル、剣をしまって」
「フィーア様」
「危ないよ。しまって」
「俺は、嫌だ」
ラセルは剣を握ったまま、それを黒龍に向けることもしまう事も出来なかった。
「俺の役目は、フィーア様を無事に屋敷へ——いや、ここに留まりたいと望むのなら、その通りにしないといけないのか?でも俺は……」
ラセルはフィーアをじっと見つめた。
魔石の輝きのせいで、その瞳はいつもより一層輝いて見える。
「俺は、ただ、側にいたいんだ……」
言葉にするとあまりにも簡単な事だった。
「仕事とか関係なく。ただ、俺が嫌なだけだ。側で、まもりたい。一緒に……」
フィーアが驚いて、口をぱくぱくと動かした。
「わ、私、そんな、ここに留まるなんて一言も言ってないからね!」
「あ……」
それもそうだ。
「そりゃ、ここの生活も楽しかったけど。思った以上に満喫しちゃったけど。それって、ラセルがいたからだから。私も!」
フィーアは掴んでいた袖を、ぐっと引き寄せた。
「ラセルの側じゃないと、嫌だから!」
フィーアの顔が赤くなっている。
「あ……」
何と言っていいかわからず、ラセルは気まずそうに剣をしまった。




