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無人島ですが魔法が暴走してしまいます!〜巻き込まれ騎士×クラッシャー令嬢〜  作者: サイ


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29 騎士の心中

 ジ、ジジ……と、通信機が鳴った。

「反応!?」

「いや」

 ラセルは通信機を取り出した。青いランプがゆらゆらと強くなったり弱くなったり。信号を受信した時は赤く光る。

「誤作動だな」

「そう……」

 そもそもこんな夜中に航行する船舶などないだろうし、この7日間一度も船らしきものを見かけなかったのだから。明かりもないくらいの海面を見れば誤作動だとフィーアも納得する。

 この無人島には人工的な漂流物さえなかった。潮の流れもあるだろうが、近くには人のいる島がないという事なのかもしれない。

「ちょっと、体をほぐしがてら一回りしてくる」

 そう言ってラセルは立ち上がると、松明を一つ持って砂浜を走って行った。

 ざっ、ざっ、とリズムのいい音が次第に遠ざかっていく。

 ジジ……。

 通信機の音が大きくなった。また誤作動かと思いつつ、フィーアは通信機を何となく眺める。

『拠点より風がある分、寒く感じるか?』

「そう?まだ大丈夫——」

 つい返事をして、はたと気が付く。ラセルの声だからもう帰って来たのかと思ったが、足音は相変わらず遠くに聞こえている。それなのに声がするのはすぐ近く——通信機だ。

「ラセル……?」

『あの洞窟、行ってみるか……いや、わざわざ藪をつつくような真似をする必要はねえか』

 こちらの呼びかけには答えない。まるでラセルの頭の中が聞こえてくるようだ。

『ていうか、狭い洞窟に爬虫類がひしめき合っていたら……クソ、想像しちまった。失神するか魔力暴走しちまうかだな』

 ラセルの声なのに、いつもよりもっとぶっきらぼうで、口調も丁寧さが更になくて。

『はあ。走ってたら気持ちいい。このまま島を一周してえ。体がなまってるからな……いや、そろそろ戻るか』

 遠く、松明の明かりがゆらゆらと方向転換している。

 これは……聞いていいのかしら。電源を切るべき?

 いけないことを聞いているようで。でも、いつも触るなと言われているから、どうしたものか。

『フィーア様……ちょっとは元気になっただろうか』

 あ、私の話だ。そう思って切ろうと思ったのに。

『適応能力の高さも、あの不屈の精神も、もっと誇っていいのに。俺なんかに負い目を感じる貴族なんて……初めてだ』

 そんな風に思ってくれてるとは思わなかったから。

 フィーアはつい、そのまま聞き入ってしまった。

『フィーア様がいなけりゃ、俺はここにいねえ——いや、それだと自分のせいでここに来たって受け取るよな。何て言ったら分かんだ?俺の存在意義はもう、フィーア様がいるからだって……そんなくせえ台詞、とても言えねえ』

 思いもよらない言葉の数々に、嬉しいとか何より、ただ驚きだった。

 義務的に護衛を引き受けてくれてると思っていた。昨夜だって、上官を殴って牢に入れられたと言っていたし、父が見出して依頼したのだから、ただやるだけだって。仕事で、役目だから。

 それが、そんな風に思ってくれていたなんて。

『ようやく俺にも生きてる意味ができたってのに——あ、フィーア様』

 ラセルがフィーアの姿を目視したのだと分かる。足音も近づいてくる。

 フィーアはつい、ごくりと唾を飲んでしまった。いけないことをしていたのが見つかったような気分だ。

 不可抗力だった、と思う。けれど。聞かない方法はあった訳で……。

『ああ、俺の目はいかれちまったのか。月の光の下だと、フィーア様の顔が輝いて見える。綺麗だ……』

「き——」

 ざ、という砂を踏む音。目の前にラセルの黒い靴。

「今の……」

 ラセルはもうすぐ目の前にいた。ラセルの声に、フィーアは泣きそうな顔を上げた。

 どうしていいかわからない。

 フィーアは顔が真っ赤になっていた。

 ラセルの耳にも届いた。今、自分の声で、ありえない言葉が、その通信機から。

「今の……なんだ?俺の声……」

『まさか、頭の中の言葉が通信されてるってのか?は!?これ、まじか!』

 ブツッ——。

 ラセルの動きは速かった。とりあえず通信機の電源を切った。

「フィーア様……」

「ごっ、ごめんなさい!」

 二人の間に、長い沈黙が流れた。

 波の音と、焚火の音だけが響く。

 しばらくして、顔を上げられないフィーアの横にラセルは座った。

「通信機から、俺の心の声がってことで、合ってるか」

「——はい……」

 はあ、と息を吐く音。ラセルから漏れたのはまずは驚きの声だった。

「こんな……本当に予測がつかないな。……薬魔力もだが、精神干渉魔力まで……」

 その内神の領域にまで発展するんじゃないか。——そうなると、フィーアを病弱と偽って屋敷奥に隠したシュバイツの判断は正しかったのだと思う。これは、危険すぎる。

 それはそうと。

「それで……色々聞いてしまった、と」

 だから耳から首まで真っ赤にして俯いている。

「あー……気まずいよな。悪かった。俺なんかに、そんな、気持ち悪——」

「ちがう!」

 フィーアはやっと顔を上げた。顔はまだ真っ赤だった。

「気まずいって言うか。その……びっくりして。でも、あの、嬉しかった……」

「あ、そ、そう……?」

 どのあたりが?綺麗って言ったところか?そんなのは言われ慣れてるだろうが。

 その前に考えてたのは、とにかく元気になってほしいって感じだったと思うが。——正直周囲を警戒しながらの考え事だから、一々思い出せない。

「私……本当に、嬉しかったの。ただの護衛対象から、この島に来て、パートナーになったって言ってもらえて。でも、お荷物なのは分かってたから……まさか、そんな風に言ってもらえるなんて」

 生きる意味だなんて、自分が誰かにとってそんな存在になれるなんて思いもしなかった。

「お荷物だなんて思ってない」

 ラセルはきっぱりと言った。

「一度も思った事ない」

 冷たい風が吹いてきて、二人で上着を羽織った。

 またしばらく沈黙が流れる。けれど今度は心地のいい静けさだった。

「——本心だ」

 ラセルが

「これまで一度ももらったことのない信頼をもらって。それは俺には過分なものだと思ってる。それに応えたいだけだ。だから……」

「……………」

「うまく言えないが、俺は今の仕事に満足してる。命を懸けたいと思ってる。まだよくわからないが……この仕事を全うすることで、何か……俺は死ぬ時にか、いつか今日みたいな日を振り返って——良かったって思えるんじゃないかって。……抽象的だけどな」

「うん……」

 ラセルの言いたいことは、何となく分かった。

 フィーアは何度もうなずいた。

「ありがとう。私、ここに来てよかった。私も今日みたいな日を振り返って……同じように思うと思う」

 思いたい。家族に迷惑をかけて、使用人を傷つける私じゃなくて。

 意味ある人生で、楽しかったって。

 この胸の熱さを思えば、そう思えるんじゃないかって言うのは、確信に近かった。

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