28 海岸の夜
潮だまりで1時間もしないうちに、フィーアの体力の限界が来た。
いつもの貝を拾っただけですぐに帰って来た。
ラセルはうとうとしているようだったが、フィーアが帰って来るとすぐに目を覚ました。服も着替えて、一度水も浴びたようだった。
フィーアが離れたことで解毒も終えたようだった。
「はい、これ、通信機。特に反応はなかったみたい」
期待はしていない、予想通りだ。ラセルは頷いてそれを受け取った。
今ではラセルよりフィーアの方が疲労の色が濃いようだった。とにかく少し寝ろと言われて、寝床まで引っ張って行かれる。
「まだ昼前よ?」
「ああ、でも昨日一度も寝てないだろ?起きたらうまい貝のスープを作っておくから、ちょっと休め」
ラセルがそう言って身軽に動くから、フィーアはとりあえず寝床の上で緊張を解いた。その途端、猛烈な睡魔が襲ってきてあっという間に寝てしまう。
目を覚ましたのは夕方だった。
「——状況を整理しよう」
ラセルはそう言って、すでに荷物をまとめていた。
「おそらく魔物は地下にいる」
「地下……」
「探索の時に、地下洞窟の入り口らしきものを見かけた。深追いはできなかったが、そこに魔物がいると思う。あの数が隠れるんだし、島と同じだけの広い空間があっても不思議じゃない」
地下洞窟に潜む魔物。夜になればそこからうようよと出て来る魔物。想像するだけで恐ろしくなった。これまで楽しかった島が、途端に居心地悪く感じる。
「今夜は、海岸で過ごそうと思う」
「海岸で……」
「どっちが安全かは分からないが……対集団戦の事を考えると、海岸線の方が戦闘の方法が取れる」
昨日の戦闘の様子では、雑魚も多かった。それらを一掃したらいいし、触手のように変幻自在な形体を取る魔物に対しては、広い場所で戦う方が有利だ。
「いかだも、使えなくはないから、海に出るという方法もあるし……。襲撃に早く気付くことができるだろう」
フィーアは力強く頷いた。
「ラセルが、そっちがいいって思うのなら、それがいいんだと思う」
ラセルはまた、そう肩に力を入れるな、と言う。
「まあ、いざとなったら、最終手段としてスクロールがあるから。本当に危険となったら、それを破ってこの島を出る」
「でも、どこに飛ぶか分からないでしょう?」
「ああ。だが意外とお屋敷に飛ぶかもしれないだろ」
「ラセルにしては……随分と楽観的なのね」
「俺は戦闘では基本的に楽観主義だ」
そうでなければここまでこれなかっただろう。
勝てる戦争。手柄を立てられる。倒せる相手。そう自分に言い聞かせて働いて来た。
「そっか……」
ここともお別れか、と7日間過ごした拠点を見渡す。それなりに慣れてきた、快適な拠点だ。
「——夜の間だけだ。昼になればまたここに戻って来る。水もここにあるしな」
「うん」
こうして二人は、海岸線に拠点を移すことにした。
海岸の岩屋根が張り出しているところに焚火を用意し、シートを敷いた。
拠点の事を思えば本当に焚火だけの粗末な居場所だったが、移動したのがもう夕方だったため、今夜はここで過ごすことになる。
幸い、二人ともしっかり寝たので夜の間起きていられそうだ。
しばらくはこうして昼夜を逆転させてもいいかもな、とラセルが言った。
焚火でフィーアの取って来た貝のスープを作って二人で飲む。明るいうちにと水もたっぷり竹筒に用意しておいた。
通信機は手元に置いているが、相変わらず反応もない。時折、ジ、ジ、と壊れたような音を鳴らすのみだった。
貝のスープを平らげたのは辺りがすっかり暗くなった頃だった。ラセルは焚火でお湯を沸かしてくれた。そこに、疲労回復のハーブを浮かべる。
「いつもの飲物がなくても、たまにはこれでもいいだろう」
そう言って出してくれた竹のコップには、つんとした草の香りが漂っていた。
「草の……汁?」
「まあ、紅茶だって要は草の汁だろ」
それは違うと思うが。抽出したというより、ほんとうにただ煮出しただけ、という飲物だった。
ラセルが体にいいと言うものだから、フィーアは信じて飲むしかない。
飲み始めはちょっと癖のある草の味だったが、飲んでしまえばすうっとした清涼感があった。慣れれば癖になりそうな味だ。
「——あ、星が出てきた」
温かいものを飲んでほっとすると、ふと周囲が良く見えるように思う。
海の向こうは暗くてよく見えないが、波の音が心地いいし、月と星が海面に映って、一面巨大な星の絵画のようになっていた。
「そういえば、夜にここで星を見るのは初めてか」
ラセルは何度か夜も出歩いていたが、フィーアには危険だから拠点から出るなと言ってあった。
あまりの星の数にフィーアは感動して言葉を失ったようだった。
その横でラセルも静かに、一緒に星を見ていた。
「念のため、場所は移したが……あくまで念のためで。実は、襲撃は、ないような気がしてる」
「え」
「まあ、勘だがな」
それでもラセルは勘を大切にしている。
だからゆっくり星でも見ながら、この景色を楽しめばいい。——そう言ってもらっているようで、フィーアはまたこくりとハーブの御白湯を飲みながらじっと星空を見つめていた。
「こんなに、綺麗なのね、星って」
「ああ……」
気の利いたことが言えないから、ラセルはそれしか言えなかった。
少しでもフィーアが罪悪感なく、のびのびとしてくれたらと思う。
思うが何と言っていいかもわからず、いつものように剣を研いだり槍を作ったりと作業に没頭した。
フィーアは今日は特に何もする気になれないのか、何をしていいのか分からないのか、ただずっと星空を見上げていた。
涼しい海風が心地よくて、会話はないものの、穏やかな時間が流れていた。




