20 2日目の、夜
結局その後も、フィーアはまずまず大きな魚をもう1匹釣った。
日が暮れる前に2匹も魚を釣って、フィーアは冗談抜きで釣りの才能があるようだった。
すっかり元気になったフィーアと共に拠点に戻り、調理に取り掛かった。無人島では明るいうちに調理したいので、夕食は早めである。その代わり、昼ご飯は抜いて1日2食だ。とくにそうと言っていないが、昨日からそうだったので、これで定着しそうだった。
2匹目もラセルが手際よくさばいていく。肝は保管用のシャコガイの中に入れて、海水に付けて食糧庫に保管した。また明日の釣りの餌に使うらしい。
「共食いなのね……」
「虫でも構わない。——今夜捕まえるか」
「虫……」
夜の暗い中焚火をしていると、虫が寄ってくる。それを捕まえるという事だろう。
その虫を釣り針にくっつけるのはフィーアがしなくてはいけないのだろうか。
そんなことを考えたが、まあ、その時にまた考えよと思い、フィーアは焚火から距離を取って、海藻や貝を洗った。
海藻と貝のスープを、今夜もシャコガイの器で作っている。今日はタロイモはなかったが、その代わりスープの中にタロイモの茎と葉を入れている。
食事の準備をしているラセルの横で、フィーアはすることがなく暇を持て余す。焚火は先ほどの事があるから、念のため料理中は極力近づかないようにしようと思っている。となると、本当にすることがない。
もう暗くなり始めているので外にも行けないし、部屋の片づけと言っても散らかす程物もない。せいぜい、食器を洗って並べるしかできなかった。
そうだ、と思いフィーアは水筒を持って湧水を汲みに行った。
そのまま水場で魔道具のスイッチを入れる。
ガガガ、と大きめの回転音がして、ヒュウ、と魔道具が止まった。
蓋を開けてみると、今度は湯気もたっていない。
匂いを嗅いでみる。
「っご、ごほっ、ごほっ」
むせかえる様な刺激に思わず激しく咳き込んでしまった。
「フィーア様?」
上から声がする。
ラセルが身を乗り出してこちらを覗いた。
「ラセル。何かわからないけど、すごく臭いのができちゃったわ!」
フィーアは水筒を掲げてラセルの元に戻った。
「本当に懲りないな……」
ラセルはそう呟いてから水筒を受け取り、くん、と匂いを嗅いだ。ラセルは咳き込まなかった。
「これは――」
「分かってる。腐ってるわよね」
腐敗臭を通り越して、もはや刺激臭である。
「浄化の魔道具だっていうのに、逆に腐敗させたのかしら」
これではしっかりと洗わなければ、次に使う時に大変なことになる。
ラセルから水筒を返してもらおうとしたが、ラセルはそれを竹筒に移していた。そしてそれをぺろりと一舐めする。
「ラセル!お腹壊すわよ」
「いや、これは……魚醤だ」
「ぎょしょう……?」
聞きなれないものの名前だった。
「食べ物……?じゃ、ないわよね。そんな恐ろしく臭いもの」
「食べ物と言うか、調味料だ。魚を発酵させたもので」
南方諸島や一部の国では壺に入って売られているが、非常に高価で庶民には手が出ない。王国でもあまり使われていないから、フィーアも知らないかもしれない。使われていたとしても、何しろこの匂いだ。匂いが分からない使い方をしていただろう。
ラセルが知っていたのは、昔の行商にいたころの経験があったからだった。
焼けてぶくぶくと沸騰してきた貝に数滴ずつそれを垂らす。じゅう、といい音がした。
う、と何とも言えない顔をしていたフィーアだったが、火で炙られていい香りがしてきたのを嗅ぐとその顔も和らいだ。
「あら……なんていうか……いいわね」
「まあ、口に合うかどうかは食べてみないと、だが」
まだ焼き上がりには間がありそうだ。
フィーアは気を取り直して再び水場に降りた。水筒を洗って、また水を入れる。
何とかポーションを作り上げたかったが、次に出てきたのはとてもおいしい——ただの水だった。
貝と海藻のスープはアルコールと少しの魚醤で味をつけ、巻貝にもアルコールと魚醤を垂らす。メインはシンプルな焼き魚だ。
魚を真っ黒な炭にしてしまったフィーアからすると、この焼き魚は芸術品だった。
外側の皮はかりっと焼けているし、仲はふっくらと柔らかく火が通っている。
丁寧に肝を取って洗っているから全く苦みもなく、ぺろりと一匹食べてしまった。これにやや濃い目の味のスープがよく合った。昨日とはまた違う味で飽きが来ない。
「毎回同じ味でもいいのに。手が込んでるのね」
「調味料のお陰だ」
「そう……じゃあ次は……ワインビネガーかバルサミコ酢でも出した方がいいかしら」
「それは……俺には扱えないかもしれない」
そんな冗談をかわしつつ、水を飲みながら完食した頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
二人で水場に降りて、食器を洗う。乾燥した海藻を使えば綺麗に汚れが落ちて行った。
巻貝も洗ってラセルは二つ、枝に引っ掛けておいた。
「あら素敵。飾り?」
「いや……」
家を飾るという発想はラセルにはない。
「フィーア様が色々と有益なものを出してくれるから、その時のために容器にしようかと」
「成る程。頑張るわ」
「いや、もう十分……」
言ったそばから、フィーアは水筒に水を入れてまた念じているようだった。
「出てこい~、ポーションポーション……またはお酒」
ジジジジ、と音がして、魔道具が止まる。
蓋は開けずにラセルに渡した。
「開けないのか」
「最近外れ続きだから……ラセルが開けて」
なんだそれは、と思いつつラセルは蓋を開けた。
別にそれほど期待はしていないので、水でもなんでもいいと思っていたが——開けたところから湯気が立ち上がる。いい香りもしてきた。
これは、どうなんだろう。
何と言っていいのかフィーアを見た。ラセルに任せたものの、気になるようで、じっとラセルを凝視して答えを待っているようだった。
「いいもの?普通のもの?いらないもの?」
その3択で言わねばならないらしい。
「いいもの……だと思う」
「本当?」
「珈琲だから……今から、食後の一杯に最適じゃないか?」
「珈琲……」
フィーアはがっかりとまではいかないが、なんだ、という顔をした。
私だったらすごく嬉しいけどな。
無人島で、食事の後にコーヒー……。
いつもありがとうございます。




