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1 フィーアの特異体質

 フィーアは王国の西の端、パーデンオス伯爵領の第一子として生を受けた。

 待望の第一子とあって、両親から惜しみない愛情を注がれた。それこそ花のように可愛らしいフィーアは、目に入れても痛くないと父である辺境伯シュバイツは周囲に豪語していた。

 そのフィーアが初めて危険に晒されたのは、3歳の時。家族で湖のヨット遊びをしていた時だった。ヨットは帆だけではなく、魔道具が埋め込まれており、自在に動かすこともできる。ひとしきり水上での遊びを終えて、一家は湖のほとりへ戻ろうとした。

 魔道具のスイッチを入れた瞬間、突然ヨットは暴走を始めた。高速で走り出すヨットから振り落とされそうになり、両親はフィーアを守りながら必死でヨットにしがみつく。

 幸い、フィーアの両親は侵略の多い西の国境を守る軍門の長である。即座にヨットから娘を抱いて飛び降り、湖のほとりまで泳ぎつき事なきを得た。振り返ったヨットは木っ端微塵に吹き飛んでいた。

 その後もフィーアの周辺では魔道具の誤作動が絶えなかった。

 暖炉の火は燃え上がって屋敷を燃やし、入浴をしようと水を出せば大洪水で屋敷を水浸しにした。いずれもフィーアが触れた時に起きた。

 初めの頃こそ、どこかの家門や他国からの調略かと疑われたものだが、そのうち、自然現象に近い誤作動のように思えてくる。

「とーしゃま、かーしゃま、ごめんなしゃい……」

 フィーアは目の前で起こる大混乱に、泣きながら謝った。そのたびに両親は優しくフィーアを抱き締めた。

「フィーア、泣かないで。貴方のせいじゃないわ」

「そうだぞ、フィーア。うちの使用人には、こんなことで怪我をするような弱い者はいない」

 3歳になると、徐々に、魔力が漏れ出してくる頃だ。きっとそのせいで起こる、一時的なものだろうと思っていた。魔法の扱い方が分かれば、そのうち落ち着く。

 そう思いながらも神官に見せた結果は、驚くべきものだった。

「——お嬢様には、魔力を()()()体質がございます」

「ゆがめる……?」

 聞きなれない言葉に、両親は顔を見合わせた。

「それは……魔力阻害や、攪乱(かくらん)の魔力という事か」

 そういう魔道具なら存在する。複雑な魔道具ではあるが、戦闘や諜報活動において非常に重宝する軍事用魔道具である。だからそういう魔法も存在するだろうと想像できる。

 人にはそれぞれ、持って生まれた魔力の特性というものがある。父であるシュバイツは激しい稲妻を作り出す雷の性質を、母であるデイジーは人々に安らぎを与える安寧の性質を持つように、その強さも内容も様々だ。

 しかし、魔力の特性ではない、と神官は首を振った。

「魔力によって何かを成すものではなく。その体質自体が、魔力の波長を狂わせるのです」

「波長を……」

 魔力にはそれぞれ波長がある。魔道具などは精巧にその波長を計算されて組み立てられ、そこに魔石の魔力や人の魔力を流すことで起動する。その波長を狂わせるという事は——。

「それはつまり」

「全ての魔道具が、扱えないという事ではないですか」

 デイジーが絶望的な声を上げた。

 それだけではない。この世界で魔道具のない場所などない。扱えないだけではなく、誤作動や暴走を起こしてしまうのだとしたら。

 フィーアの周囲にあるものすべてが、フィーアに牙を向けているようだった。デイジーはあまりの恐ろしさに戦慄した。

 その震える手を、シュバイツがそっと包み込む。

「——方法を探そう。あの子が……安全に暮らせる方法を」

 使えないだけならまだいい。けれど、暴走を起こしてしまうとあっては、あまりにも危険すぎる。

 それにもし、このことが公のものとなったら。

 人間兵器ともなり得るフィーアは、政治の道具にされかねない。西部の軍事を預かるシュバイツはすぐに懸念が脳裏をかすめた。



 

 この日以降、屋敷内、フィーアの生活する区画からは一切の魔道具が取り払われた。古代人に戻ったような不便さだったが、信用できる使用人を厳選して補った。

 過去の文献をどれほど漁っても前例は全く見つからず、ただ魔道具や魔法に近寄らせない以外の方法が見つからない。

 試しにシュバイツの指先から静電気を流してみた。フィーアの目の前で、糸のような稲妻が放たれている。そこにフィーアが指を伸ばした途端——。

 バチっ!!

 破裂音と共に一本の線になっていた稲妻は暴走し、天井に向かって駆け抜けて行った。

 フィーアが手を伸ばした途端、シュバイツの制御から外れるようだった。

 デイジーの安寧の魔法も同様だった。

 フィーアに向けて放ってみても、全く効果が見られない。通常なら心地良くなって、子供であればすぐにお昼寝をしてしまうというのに。フィーアはきょとん、とした顔をして、そのまま遊び始めた。

「——はじき返されたというか、掻き消えたというか……不思議な感覚です」

 どの魔法、どの魔道具であっても、例外はなかった。

 唯一両親にとって救いだったのは、魔道具が使えず、普通の令嬢のような生活ができなくて不便を強いられても、フィーナ自身があっけらかんとしている事だった。

「もうこれで、だれか、けがすること、ないね!」

 古式の屋敷への改築が終わった時、フィーアは5歳。本心からそう言っているように、万歳をしてはしゃいでいた。

 そうして17になるまで、もうずっと、ほとんど屋敷から出ていない。

 どうしてもの義務として国王への謁見の時、王城へ訪れるくらいだ。それも、魔道具の付いていない馬車に乗って現れ、パーティーにもほとんど参加せずにとんぼ返りで領地へ帰って行く。シュバイツはフィーアは体が弱い、の一点張りで通した。

 フィーアには3つ下の弟がいたため、社交活動は専ら弟の役割になっていた。

 いつしか、フィーアには『美しいパーデンオスの(すみれ)』というよくわからない異名までできていた。

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