18 魚釣り
「ラセルに任せたらよかったわね」
先に口を開いたのはフィーアだった。
暗くならないように明るく笑ったつもりだったが、その前の沈黙が重すぎて、どうしても無理しているように聞こえてしまう。
「魔道具に、近づきすぎちゃったかな……」
「お嬢様」
ラセルは持っていた魚の残骸を、そっとシャコガイの皿の上に置いた。食べれそうなところを選り分けようかと思ったが、それも難しい。
「せっかくの、魚でしたから。残念でしたね」
食べられなくて、と声をかけたら、フィーアは力無く首を振った。
「私は、いいの。ラセルに食べて欲しかったから………」
ラセルは私より体も大きいし——と、小さな声が聞こえるか聞こえないか。
「お嬢様……」
何と声をかけていいか困って、それしか言えない。
そんなラセルを分かっているように、フィーアはいつもの明るい顔でにこっ、と笑って見せた。
「本当はね、もっとあれこれ手伝いたいんだけど。私はほとんどお屋敷から出たこともないから、わからないことだらけで。なかなか……」
へへ、と笑ってみせる様子に、無理をしていないわけがない、と思う。
フィーアを抱きかかえたせいで、ラセルの方はぐっしょりと濡れていた。フィーアの髪がまだ濡れているせいだ。ラセルはそっと側によって、タオルでその髪を拭いた。
フィーアはされるがまま、じっとしていた。先ほど抱いた時にも思ったが、あまりにもか弱く、小さくて細い体だ。その背中が落ち込んでいると余計小さく見える。
「——そう、気負いすぎないでください」
言葉を選びたかったが、うまく言える気はしなかったから。せめて、思っていることは伝えたかった。
「あれこれしてくださるのは、助かります。ですが……私はお嬢様をお守りするためにいますし、もっと使ってください。顎で使って、ここでふんぞり返っていればいい」
フィーアが苦笑を漏らす。
無人島に飛んでからずっと、護衛対象ではあったフィーアだけれど。
こうして慣れない生活に文句を言うどころか、採集に積極的に取り組む姿を見てきた。護衛とその主人としてではなく、この無人島生活のパートナーとして。
「その……頼りにしています。取ってきていただいた材料も、ものすごく重宝していますし。お嬢様がいなかったら、昨日からもっと粗末な料理になってました。材料も、味も」
フィーアは何か言いたかったが、言葉にならなかった。
「まだ先は長いんですから」
「ラセル……」
ラセルが口下手な人間だということを知っている。だから、これがフィーアを元気づけようとしてくれるだけじゃなくて、本心からそう思ってくれているのが分かる。
「もっと大変だと思っていたのに、お嬢様が働いてくれるので、助かっています」
フィーアは首を振った。フィーアが文句を言わないのは、令嬢らしく育てられなかったからなだけだ。将来が見込めないから……せめて自由に、と。
だから普通の令嬢とは違うのだ。特異体質のせいで、贅沢にも慣れていない。それだけだ。
フィーアは目の奥が熱くなった。泣いてはいけない。泣くような事じゃない。
これ以上落ち込んでたら、ますます気を遣わせてしまう。
自分のせいでここへきて。自分がいなければ、ラセルはとうの昔に……。
足手纏い以外の何者でもない、ただラセルを危険に晒すだけの存在だというのに。
落ち込む資格なんてない、自分には。
「——一緒に、魚を釣りに行きませんか?」
きゅ、と髪をくくって、ラセルが言った。
突然の提案にフィーアは顔を上げた。思ったより近く、ラセルの目と合う。ラセルの目は太陽の下ではシルバーに近いのに、こうして影に来ると青色に見える。その不思議な色の目は、今は優しく見下ろしていた。
ラセルが目線でちら、と示す。見ると、いつの間にか拠点の岩壁に、釣り竿が立てかけられていた。
フィーアが杖にしていた棒と、フィーアのコルセットから抜き取った一本の紐がぶら下がっている。
ラセルは黒焦げになった魚の残骸から骨を取り出し、さっとナイフで何かを処理していた。すると魚の骨が、あっという間に釣り針のようになる。ラセルはそれを紐に括りつけた。
「ほら、見てください。全部お嬢様の収穫物から作った釣り竿です。この焦げた魚も、餌に使いましょう」
そう言ってシャコガイの中にぱらぱらと魚の身をほぐして入れていく。
「でも……私、釣りって、見た事もした事もないのよ」
隠居した祖父が、釣りが趣味で、釣り竿を見た事はあったが。
「ちょうどよかったです。結構退屈なものですから。ご一緒していただけると、助かります」
ラセルが立ち上がったのに続いて、フィーアも立ち上がった。
「あ……ありがとう」
海岸に向かって歩き出すその後ろについて行きながらフィーアはもう一度呟くように言った。
「ありがとう、ラセル」
聞こえてはいたが、お礼を言われるようなことは何もないと思っていたラセルには、どう返していいかわからなかった。
結局、黙ったまま先導して歩くだけだった。




