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無人島ですが魔法が暴走してしまいます!〜巻き込まれ騎士×クラッシャー令嬢〜  作者: サイ


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16 探索、黒い影

 道の整備が終わったので、ラセルは一度手を止めて探知機の電源を入れた。

 特に反応はない。

 この島では間違いなくあちこちから獣の鳴き声はしたが、一度も姿を見ていないのも気になった。

 獣というのは、普通痕跡が残るものだ。足跡、毛、爪の跡、糞。そう言ったものが生活範囲には必ずある。

 それらがないからここを拠点に定めたのだが、それにしては昨夜の鳴き声は近かった。あの距離なら、ラセルが一度高台に登った際、痕跡の一つでも見つけられたはずなのに。

 何か見落としていたのだろうか。

 この生活で何より優先すべきは、安全の確保だ。

 フィーアには心配いらないと言ってあったが、ラセルの中では少し不安要素として残っている。それが定まらないうちは、食料もこの島からの脱出方法も考えられない。

 道を作り終えたラセルは、拠点に戻って鞄の中から魔道具を取り出した。

 隠匿(いんとく)の魔道具。

 中にいるものの気配を消し、外から気づかれにくくする。出力を上げれば上げる程、音や匂いといった存在を遮断する。それの電源を入れて、拠点の屋根の上に設置した。

 探知と隠匿の両方を使って問題ないかまだわからないが、とりあえずは低出力で使ってみようと思う。今夜の安全性が少しでも高まるのなら。

 昨夜、あまりにも鳴き声がするから探知機が誤作動しているのかと思った。フィーアから少し離れながら様子を見たが、よくわからなかった。そのおかげで夜の中、竹を見つけたりと収穫はあったものの。

 もう一度高台に登ってみよう、とラセルは決めた。

 昨日は島の全容を見ようとしていたから、急いでいたし、あまり足元に気を配っていられなかった。今日はもう少し細かく見て行こうと決めて、鞄を背負った。




 水場で汗を流し、濡れたままシャツを着る。この暑さだからすぐに乾くだろう。

 念の為潮だまりをのぞいてみたが、フィーアはせっせと何かを拾い集めているようだった。

 海は干潮のまま、潮だまりの水もさらに減っている。砂を掘ったり岩の間に棒を入れて突いたり。何かと忙しそうにしている。

「お嬢様」

「あ、ラセル」

 声をかけると、フィーアはサッと体を起こした。

「あ……そ、その格好は」

 ラセルは目のやり場に困った。

 ペチコートの中にドレスの裾を全部入れて、それでも少し濡れている。そんな事は全く意に介さず、手は肘まで砂まみれになっていた。真っ白な足が露出している。

「色々見つかったのよ!魚もいるんだけど、すばしっこくって……」

「ありがとうございます。道を整備したので、疲れたら拠点で休んでください」

「ええ、わかったわ」

「ちゃんと水分を取って下さい。水、汲んできましょうか」

 まだたくさん入っている水筒を取って確認する。まだまだ重たかった。

「道を作ってくれたんでしょう?自分で汲んでくるから大丈夫。ラセルは?釣りするの?」

 フィーアは額の汗を拭いながら、水を飲んだ。砂で汚れた手で拭うから、額に砂がついている。

「いえ。もう少し密林の方を探索したいと思って、高台まで歩いて来ます」

 ハンカチがないので、手でフィーアの額を払った。このままでは目に砂が入りそうだと思ってそうしたが、フィーアは大人しく目を閉じてされるままだった。

 こんなに無防備で、いいのか?

 ついでに汗で首筋に張り付いた髪を取って——触れすぎたかと手を離す。

「……………?」

 フィーアは不思議そうに目を開けた。

「あ、その……髪を括りますか、これ」

 ラセルのシャツに使われていた紐である。

「いいの?」

 はい、と答えるラセルより早く、くるりとフィーアは背を向けた。

 俺にやれと言うことか。

「あの、した事ないんですが」

「あっ!そうか。ごめんなさい。私もした事なくて……練習しなきゃね」

 自分の髪を一度も括ったことがないらしい。

「その、馬の鬣と同じ具合でいいですか」

 ご令嬢の髪を家畜と同等に扱って良いはずがないが、ラセルもそれしか知らない。

 フィーアは笑った。

「馬はあるの?いいわ、全然!馬みたいにして!」

 ラセルは簡単に三つ編みをして紐で括った。肩の下あたりになる。

 フィーアは満足そうにしてお礼を言った。

「すごい。全然上手じゃない。——ねえ、今夜やり方教えてくれる?」

「はい」

「いまから高台に行くのか」

「——あ、はい。少し出力を上げようかと」

「へえ。ちょっと見せてみて」

 フィーアは目を開けて、ラセルから探知機を受け取った。

 電源を入れたままにしていたが、特に反応はない。

 フィーアが触れても誤作動になっていないようだった。

「うーん、反応ないのね」

「少し上げて見ましょう」

 探知機だから危険はないだろうと思い、出力を上げる。

 ビビビビ——。

 突然探知機が鳴って二人で覗く。示しているのは、今いる場所だった。

「私たちを拾っている?」

「いえ、使用者には反応しないんですが……」

 触れている者の魔力は対象外とする。それが誤作動なのか。

「あ、離れて行く……」

 示しているしるしが、素早く離れて行った。——その方向は、下。強いて言うなら地下である。それも、生き物の速さではない。

 そのまま、探知機は反応が消えた。

「誤作動?そうでなかったら、アレね」

「アレ?」

 フィーアは手をぶらぶらと目の前で振って見せた。

「幽霊よ」

 真剣に聞いていて損をした。

「——行ってきます」

 ラセルは呆れたような溜息がばれないように踵を返した。

 フィーアはじっとラセルの濡れたシャツの、肩あたりを見た。張り付いたシャツのせいで、刺青の模様が浮き上がっている。フィーアが首を傾げた。

「シャツ、乾かしたら?気持ち悪くない?」

「歩いているうちにまた濡れますので」

 ふうん、と言いながら、フィーアはまた採集に戻ろうと潮だまりに入って行く。

「夕方までには帰ります。何かあれば、大きな声を出してください」

「わかった。気をつけて行ってね」

 特にここに危険はなさそうだ。ラセルはとりあえず安心して、高台に向かうことにした。

 今度は飛翔はせず、足で向かう。昨日の感じで行くと、数時間で帰って来れるだろう。




 ラセルは急な勾配の密林の道なき道を、休みなく進んだ。

 腐った木の枝や葉で隠れた部分もあるから、どうしても慎重に進まなくてはいけない。

 手足を使いながら、ゆっくりと進んでいく。

 しばらく進み、高台の中腹くらいまで来たが、やはり痕跡は見つけられなかった。

 木の幹にも、木の枝や枯れ草の隙間にも、鳥の毛すら落ちていない。

 汗が伝ってきてそれを拭い、一息つく。

 岩の上に一度腰を落とした。竹筒の水を口に含んで探知機を取り出す。

 出力をまた上げてみようか——そう思い、探知機に魔力を送り込む。じっとそのくらい画面を見てみる。

 自分を中心にして四方に反応があれば、先ほどのように音と光で反応があるはずだ。

 チカ、と探知機が小さく光って、ラセルははっとした。急いでそっちの方角へ走った。小さな獣であっても、その姿を一度見ておきたい。

 気配はほとんどなく、一瞬、小さな白い影が見えただけだった。

 それでもその気配を追いかけていく。うさぎか、イタチのようなもののようだった。

 あっという間に藪の中へ入っていった。

 ——特におかしな様子はないように思う。これまでもよく森などで見かけた獣と変わらないような。

 ハッとして、追いかけていた足を止める。

 目の前に谷があった。

 大きな谷だ。暗く密集した木々のせいで視界は悪いが、谷の先には暗い洞窟になっているようにも見える。地下洞窟だろうか。水源もあるし、地下に空間があってもおかしな話ではない。

 ——ビビイビビビー!!

 突如、探知機がけたたましく鳴った。

 反射的に腰の剣に手を伸ばす。

 辺りはしん、と静まり返っている。ラセルの感覚的にも、獣の気配は全くなかった。

 一度探知機の電源を切ってみる。周囲に静寂が流れ、鳥や虫の鳴き声すら、しん、と静まり返った。

 あの洞窟の奥だろうか。

 あの中に、何かの獣が住んでいるのかもしれない。

 気配は感じられない、深追いはできない。危険を冒すわけにはいかないという気持ちと、どこまで安全を確かめたらいいのか、迷う。

 じっと洞窟を見ていたが、やはり調べるのは無理だと判断した。そもそも洞窟へ行くには、しっかりとした長いロープが必要だ。

 ふう、と息を吐いて、踵を返した瞬間。洞窟の中から赤い無数の目が、ギラリと光ってこちらを見たような気がした。

 ギョッとしてもう一度見たが——やはり、気配もなければ暗くて何も見えなかった。

 見間違いか、何か。

 探知機の電源をゆっくりとつけてみるが、しん、としたまま今度は全く反応はない。

 気持ちの悪さを感じながらも、ラセルは拠点に戻ることにした。

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