15 朝食、活動開始
ラセルは夜のうちに容器を準備していた。アルコールの他にもこういう事があるかもしれないとふと思ったからだったが、さっそく出番が来た。
竹の仲間の植物を見つけたので、竹筒を作って簡易な水筒を数個作った。そこにポーションを流し込んだ。
「これは非常に貴重な物なので、保管しておきましょう」
「まあ、そうなの!?」
貴重な物、と聞いてフィーアの目の色が変わった。
「じゃあ、私はこの魔道具でポーションづくりを目指すわ!」
「え、いえ……」
そんなにたくさんはいらない。
フィーアが張り切るから、ラセルはたじろいだ。
フィーアが張り切るとろくなことにならない——様な気がする。確かにあれば心強いが、フィーアの不確実な体質に頼ってしまうのには、リスクが高い。
そう思ったものの、フィーアは早速魔道具で水を汲みに行って、戻りながら作動させていた。
ガタガタガタッ、とやや不吉な音がするが、この音にも慣れてきた。
わくわくとした様子で薪の前に戻って座ると、期待を込めた目でフィーアは水筒を開ける。
開けた途端湯気が立ち上がった。
温度まで変わるんだな、と思いながらも、湯気が上がるのならポーションはなさそうだと思いラセルは朝食の準備を続けた。とりあえず、危険はなさそうだ。
昨日作ったスプーンを置いて、竹を切って作っておいたコップを置いて、準備は整う。
「食べましょう」
香りを嗅いでフィーアが口をへの字に曲げているのを見て、ラセルはそう言った。とりあえず思ったような飲み物ではなかったのだろう。
「はあい……」
フィーアは水筒を置いて食器を持った。
ココナッツの甘い汁の中に果物がゴロゴロと浮いているフルーツボウルから、フィーアは手を伸ばした。殻の皮をむしってくれているから、チクチクしなくて持ちやすい。そのためか、火の材料の為か——おそらく両方なんだろうが、こういう無駄のなさと気遣いも加えるところがうちの護衛騎士は本当に優秀だなと感心する。
食べていくと、食感の違う果物が一口ごとに新鮮な甘さと酸味で美味い。葉っぱのお皿に乗せられたタロイモも、ちょうどいい温度まで冷めていた。昨日スープに入っていた時よりもほくほくしていて、食べれば食べるほどほのかに甘い。
「美味しい……朝から贅沢ね。ありがとう、ラセル」
「いえ」
フィーアが心底満足そうに笑うから、ラセルの表情も自然と緩んだ。
こんな、素材そのままの料理に本気で喜んでくれるから、作り甲斐がある。今まで食べたこともないような質素な料理だというのに、フィーアは本当に文句がないどころか、贅沢とまで言う。屋敷からほとんど出たことのないご令嬢が、この無人島でこの朝食が食べられるのがどれほど難しく幸運なこととかなんて、なかなか思えないだろうに。
そう言えば、とラセルはふと水筒の中身が気になった。手を伸ばして匂いを嗅げば、紅茶のようだった。
「お嬢様……これ、紅茶じゃないんですか」
「紅茶ね。その香りは、セイロンティーだわ」
はあ、と言いながら小さなため息までつく。
「あまり、いいものではないのですか……?」
ラセルは紅茶の茶葉に詳しくない。だからそう尋ねたのだが、フィーアはがっかりしたまま、ふん、という様子だ。
「いいえ、これも結構希少よ。それにこの朝食にピッタリのお茶ね。いただきましょう」
どうやら目的のポーションではなかったから不服なようだった。
あんなに望んでいた紅茶じゃなかったのか。だって朝には、紅茶紅茶〜と呪いの呪文のようなものを唱えていたのに。
いまいちフィーアの感覚が分からないラセルだった。
竹で作っておいた小さなコップを出すと、今度はその滑らかな手触りにフィーアはひとしきり感心していた。
朝食が終わったら、焚火はそのままにして、それぞれ拠点を出て仕事をこなすことにした。
「探索に行ってきます」
「じゃあ、例の私は潮だまりに言って来るわ」
早朝に確認した時には、潮が引き始めていた。今から行くとちょうどいい頃合いだろう。
ラセルは頷いた。
「岩の上に発信機を置いてますので」
「はいはい。触らないわ」
何度か往復したので昨日よりは道が出来上がっているが、それでもまだぬかるんでいたり、急斜面だったりする。ラセルが先導して海岸まで歩いた。
潮だまりまで来ると、遠く向こうの方まで、いかにも磯遊びに適した場所といったような場所ができていた。
「昨日の貝とかでいいかしら?」
「はい。すべらないように気をつけてくださいね。海の方には行かないように。鋭いものもありますので素足にはならないでください。それから——」
「あー、もー、わかってるってば!ラセルは、ほら、探索に行くんでしょう」
フィーアがひょい、と岩に登り、そのまま水たまりを覗いている。とりあえず大丈夫かと思い、ラセルはそっとその場を後にした。
拠点へ戻る道は、もう少し急斜面の少ない道を切り開いていくことにした。フィーアでも歩きやすい新しい道が決まれば、あとは余計な草木を切り落としていく。
ぬかるんだ道には夜のうちに編んでおいた蔦を敷いた。これでフィーアが帰りたくなれば、いつでも帰れる。15分程度で通れるだろう。
無人島はやることが多いが、夜は動けない。夜のうち、フィーアもよく寝ていたから作業が捗った。ラセルは火の番をしながら周囲を警戒し、仮眠をとりつつも、蔦を編んだり竹でコップや水筒を作ったりして過ごしていた。
そのマット状に編んだ蔦を土の上に置き、ずれないように一部を縛る。
冒険者時代の経験がここまで生きることになるとは、完全に予想外だ。
そう思えば、今まで大変ばかりだった経験も、どれもやっていてよかったと思える——これのおかげでフィーアを守ることができるのならば。
昼に近づくにつれ、どんどん気温は上がっていった。
これほど暑い無人島という事で、南方諸島のどこかの島かと思ったが、あの地方は夜の気温は下がらない。やはりここは、自分の知らない地方なのか。
そんな事を考えながら、どうせ誰も見ていないと思い、ラセルはシャツを脱いだ。
肩から胸と背中にかけて、褐色の隆起した筋肉の上には刺青がある。この紋様の意味を知る人間は、大陸にはいない。いなうだろうが、得体の知れないそれは忌み嫌われて、迫害をより酷いものにした。
それが。
昨日のフィーアの反応を思い出して、思わず笑みがこぼれた。
あれは本当に、純粋な好奇心だ。
護衛騎士になってからと言うもの、この刺青を隠す事にかなり神経質になっていたと言うのに。
フィーアはいつも、そうやってラセルの外側には頓着しない。
ガンッ、と蔦を踏み込んでみる。
十分に固定されているのを確かめて、ラセルは脱いだシャツを丸めて、汗を拭った。




