14 無人島の朝
明るい日差しが差し込んでくる。
フィーアは涼しい風と明るい日差しで目を覚ました。
夜中、途中何度も目が覚めたものの、いつもよりかなり動いたせいか、疲労感は凄まじかったから、すぐに寝てしまった。それに、ラセルが守っていると思うと、獣の鳴き声がしようが、安心して眠ることができた。
自分でもちょっと図太すぎるんじゃないかと流石に思ったけど、まあ、眠れないよりはいいかと思う。
土の上にシートを敷いただけでは、ものすごく硬かったから、少し体は痛いが。
フィーアは上体を起こして、伸びをした。
ぼき、と音がする。
「お水……」
言ったところで、水を持ってきてくれるメイドも、侍女を呼ぶベルもない。
焚火を見れば煙が上がっているから、火は消えてないのだろうが、小さくなっている。ラセルの姿も見えなかった。
「ラ……」
呼ぼうと思って、やめた。
水を汲んでこなくても、ちょろちょろ…と音が聞こえる。一晩中聞こえていた音だ。
立ち上がって見渡すと、すぐそばに水筒が置かれていた。ラセルはちゃんと飲んでるんだろうか。
水筒には満杯の水が入っていた。それを飲んで、水場に向かう。昨日と同じ調子で水が流れていた。触れてみると、昨日よりずっと冷たく感じる。
まだ空気も涼しいから、この冷たさはなかなか堪える。が、意を決して顔を洗った。
「ふー、さむさむさむ……」
呟きながら慌てて上に戻ろうとしたら、ぬっとタオルを差し出された。
「あ、ラセル。おはよう」
「おはようございます。お嬢様……」
ラセルは微妙な顔をしていた。
無人島へ来てからと言うもの、フィーアの貴族らしさがどんどん失われている気がする。ただでさえ、元々あまりなかったのに。
世間では深窓のご令嬢ともてはやされ、フィーア自身も外向きの仮面は分厚い。しかし、ラセルは護衛騎士になってからというもの、日に日にエスカレートして羽目を外すフィーアばかり見ていたので、ひどくなっていった、という印象だ。
「どこに行ってたの?」
顔の水を拭き取りながらフィーアが聞く。
「発信機の確認に」
収穫はなかった。砂浜からここまでの道にもなんの変化もなく、獣が通った痕跡すらない。昨日と同じ海岸線に、ポツリと置かれた発信機が、相変わらずジー、と小さな音を立てていた。
「あとは、これを……」
「あら、また——」
見せたのは、ココナッツの実と、いくつかの果物らしきものだった。
また、と言いかけてフィーアは止まった。貴重な食糧に文句を言うような言い方をしてはいけない。
「眠れましたか」
「ええ、ラセルのおかげで。ラセルは?夜の間、大丈夫だった?」
「遠くで獣が鳴くだけで、あとは静かでした。探知機も反応しませんでしたから」
「そう」
獣の声は、聞こえるたびにフィーアも目が覚めた。今まで聞いたことのないような恐ろしい鳴き声だった。けたたましいというか、おどろおどろしいと言うか。夜闇の中だったからだろうか。不安を掻き立てるような鳴き声だったけれど。
遠かったと聞いて、フィーアは少しホッとする。
ラセルは手を伸ばしてさっと果物を洗った。フィーアも水筒に水を汲む。用事が済んだら、2人で火のそばに座った。
カン!と剣一振りで、ラセルはココナッツを真っ二つにした。中の水分ごとぱっかりと割れて、2つのボウルのようになる。
そこへナイフに持ち替え、洗った果物の皮をするすると向いていく。
フィーアが食い入るように見ていた。
やってみたいと言い出しそうで心配だったが、とりあえずは見ているだけだ。
ココナッツの皮をむしり取ってそれを火に投げ入れる。弱まっていた火が一気に燃えあがった。
そこに枝に差したタロイモを皮のまま差し込む。
ココナッツの果汁に一口大に切った色とりどりのフルーツが浮いている。それをフィーアの前に置いた。
「これ、もしかして」
「朝食です」
時々枝を回しながらタロイモを焼いている。すぐに香ばしい匂いがして、タロイモがホクホクに焼きあがる。
かりっと焦げた皮を剥けば、白い湯気が上がるタロイモ焼きだった。
ラセルが半分剥いて、大きな葉っぱの上にのせてくれた。
「よし、私も」
ラセルが手際よく朝食の準備を進めるから、フィーアも持っていた水筒の電源を入れた。
両手で持って、祈るように目を閉じ、頭の上に掲げる。
「紅茶紅茶〜!朝の紅茶、でてこいー」
呪文とも言えないが、言い方が怪しい。
ぶぶぶ、と魔道具は震えて、やがて止まった。
フィーアはそっと蓋を開ける。くん、と匂いを嗅いで首を傾げた。
「どうですか」
「うーん……この香り、どこかで嗅いだような……」
毒見を申し出てもまた拒否されるかと思い、ラセルは見守った。いざとなれば毒を飲んでも、対処のしようがあるから、細かいことは言わない。
こくん、と飲み込んで、フィーアはまた首を傾げた。眉間にしわを寄せて目を閉じて、味わいながら考えている。
「ううん……ほんのり甘くて、でも、雑味が多いのね。苦いとまでは行かないけれど。何かしらこの味……」
美味しいのか美味しくないのか、よくわからないようだ。
「お嬢様」
ラセルが言うと、フィーアは大人しく水筒を渡してくれた。
「まずくはないの。美味しくもないけど。何かの味がするんだけど、うーん……強いて言うなら、野菜の汁みたいな味」
「これは……」
ラセルは一口飲むと、信じられなくて、液体をまじまじと見た。
フィーアがこの味を知らないのも無理はない。おそらく飲んだことはないだろう。
「これは、ポーションです」
「ポーションって……冒険者が飲むって言う、あの?」
薬草の有効成分を凝集し、効果を高めたものだ。
「効果は……」
傷を治すもの、解毒するもの、種々の回復とそれぞれ種類はあるが、これは一番よく使われている体力回復ポーションだ。高価なので今まで数回しか飲んだことはないが、間違いない。
「へえ。ポーションってこんな味なの」
水分には違いないが、まさか魔道具の誤作動でポーションまで作ってしまうとは。
信じられない思いでラセルはフィーアを見つめた。
ポーションの精製には、その過程で特殊な魔力が必要になる。薬に関わる魔力特性だ。それを持っている者は希少だから、もれなく薬師のような職に就くほどに。
「お嬢様の魔力特性って……」
つい聞いてしまった。
目上の者に魔力の特性を聞くのは、マナー違反とされている。ラセルも護衛騎士ながら、フィーアの魔力特性については知らなかった。
「魔道具の誤作動だから、魔力関係ないわよ?」
そうだ。誤作動は体質から来るものだから、魔力は関係ない。
「分からないの」
フィーアは特性を尋ねられたことに関しては、気にしていないようだった。
「私が魔力を使おうとすると、自分の体質のせいで自分の魔力も歪むみたいで。同じ効果が出たことはないのよね」
魔力を出してみて、その特性を測ろうとしたことはある。そのたびに違う事が起きる。炎が出たこともあれば、父親のように稲妻が走ったこともある。風の刃が周囲数メートルの木々を薙ぎ倒した時、危険すぎるから、それ以降の検証はやめようとなった。
「普通の人みたいに、魔道具に魔力を注ぐことはできるのよ。自分の特性が定まらないだけで」
魔力も、人並みにある。
「ということで、特性はミックス。カイルからはパンドラ魔法と呼ばれてたわ」
フィーアはニコッと笑って見せた。
誰もが何らかの魔力特性を持っているこの世界で、自分の特性が定まっていないというのは、相当に特殊だ。中には役に立たない特性もあるが、それでも一人につき一つは、必ず何かしらの魔力特性を持っている。
それがないという事で、どれほど不自由を強いられ、将来に不安があっただろうか。
フィーアの笑顔には、そんな様子は微塵もなかった。




