13 無人島で迎える、夜
食べ終わる頃には焚火の火が弱まってきていた。
分けておいた薪をまた一か所に集めて、少し形を整える。炎がまた勢いを取り戻し、めらめらと燃えた。
辺りは段々と暗くなってきていた。焚火がなかったら何も見えなかっただろう。
暗くなってくると、音がよく響く。
今まで聞いたこともないような虫の鳴き声、羽音。時折遠くから、小動物の鳴き声のような甲高い音もする。それがぱちぱちと薪の弾ける音と共に聞こえてくる。規則的でもないそれらの音が、それぞれに調和しているようで。フィーアはその不思議な音の旋律に耳を傾けていた。
ラセルはごそごそと荷物の整理を始めた。鞄の中身を並べて確認している。
探知機と言っていた魔道具の他にもいくつか魔道具が入っているようだったけど、フィーアにはどれも使い方が分からなかった。
「寒いですか」
徐々に気温も下がっていくようだ。焚き火のそばにいてちょうどいい程、空気が冷たくなってくる。
フィーアが膝を抱えているのを見てラセルは鞄から昼間脱いだ服を取り出した。
フィーアは首を振った。
「ここにいたら、あったかいから」
急激に気温が下がったから、この気温の差はフィーアにとって過酷かもしれない。
ラセルは奥にシートを敷いた。昼間、フィーアの敷物においてくれたあのシートだ。
「お嬢様はここで寝てください」
「ラセルは?」
「私は火の番をするので、ここで」
ラセルは焚火の側を指した。きっと火の番は必要なのだろう。火だけじゃなくて、見張りが必要なんだと思う。代わるとも言えないし、一緒に寝ましょうとも言えない。
忙しく動いているラセルとは対照的に何をしていいかわからず、フィーアはじっと焚火の火を眺めていた。
揺らめく炎を見ていると、心が落ち着く。
「シートは保温の魔道具なんですが、お嬢様が使うと誤作動を起こすので、作動させたい時は言って下さい」
寝床のシートを広げて整えると、その上にドレスの上着を置く。簡易のベッドが早くも出来上がった。
ラセルはまた鞄まで戻り、魔道具とその他の道具、使わない衣類を鞄に片付けて口を閉じた。いざという時にはいつでも掴んで逃げられるように、荷物は整理しておきたい。鞄には何も魔法がかかっているわけではないから工夫して整理しないと、二人分の荷物は入らない。この荷物を詰め込むと言うのも、長年培ってきた経験のお陰だ。
因みに、大量の石や貝殻はそっと鞄から出したままにしてある。
生物探知機だけ持って、ラセルは焚火まで戻った。
「それ、使うの?」
「お嬢様が寝たら使います」
近くに生き物が来たらすぐにわかる。うたた寝しても音で気づくことができる。
「気配を消す魔道具もありますが、今晩はこれで」
二つ使うとそれだけ魔力の出力が上がるため、どんな誤作動が出るのかが分からない。一つずつ、フィーアとの距離をはかりながら使い方を確かめる方がいいだろう。
「私、もう寝た方がいい?」
焚火の側にいない方がいいかと思ったらしく、気を遣うように言った。
ラセルはごと、と探知機を脇に置いて、ナイフを取り出した。
「まだ夜は長いですから、無理に寝る必要はありません」
そう言って刃物の手入れを始めた。布で何度も拭いて、砥石で研いでいる。布は破いたラセルのシャツの袖だった。
肌は露出したままだが、ラセルは少しも寒くはなさそうだ。鍛えると寒さも平気になるのだろうか。
そう思って見ていたら、ラセルはその太い腕をぬっと差し出した。
「お嬢様のも、下さい。手入れしておきます」
「使ってないわよ?」
「使ってなくても、手入れはいるんです。潮風とかのせいで」
フィーアはへえ、と思いながらナイフを渡す。
静かな夜の闇の中、時々ぱち、と火の炸ける音も心地いい。そこに、ナイフを手入れするしゅっ、と小気味良い音がする。
ふと、リズムよく動くラセルの腕から肩にかけて、模様が覗いているのが見えた。
「ラセル、それ何の模様?」
暗い肌色に、黒い線で何かが描かれているように見えた。
「あ……」
ラセルはしまった、と言う顔をした。
「これ、は——」
隠すように衣服を整える。と言っても、動けばちらりと覗いて見える。
「聞いちゃダメだった?」
「いえ。——その、刺青です」
「刺青」
「肌に、墨を入れながら傷を作るもので。私の出身国では珍しくないのですが、この国では見ないので……その、気味が悪いかと」
実際、これで随分とひどい目にあって来た。刺青は犯罪者の刻印だとされる地方もある。
そうでなくとも、異邦人の肌色と顔立ちで警戒されやすい。そこに得体のしれない模様があったら、病気や犯罪を疑われて、石を投げられたり。期間雇用兵として所属していた第3部隊でも、これがばれてからは距離を取れと床でご飯を食べさせられていた。
「気味が悪いなんてことないわ。肌に模様が描けるの?痛くない?お風呂に入っても落ちないの?」
「はい」
フィーアの興味津々な様子には、どれに対してか、短い返事だった。
「へえ……見たい」
少しの、間。
予想外の反応だった。いや、フィーアなら十分有り得る。
期待の眼差しで待っている。
「お嬢様……。私の刺青は、肩から胸にかけてありますので」
「うん」
だから何かしら、とでもいうような顔をしている。
「お嬢様は男の裸を見たいんですか」
「まあ!は、裸って……別に体を見ようってわけじゃ……」
ごにょごにょと口ごもりながら、フィーアは水筒を持って立った。
「——んもう、いいわよ。お茶でも入れよーっと」
そう言って下に降りて湧水を汲みに行く。
懲りずにダージリンを精製したいらしい。寝る前は水分を控えたらいいと思うが、ラセルは特に止めなかった。
魔道具のスイッチを入れて、ぶぶぶ、と振動音を響かせながら帰って来た。
「さって、何の味かなー」
「お嬢様、先に私が毒見を」
「失礼ね」
失礼も何も。そういう体質じゃないか。
そう思ったが、フィーアはいいから、と言って蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
「うーん。無臭……?」
アルコールで学んだらしい。それは良かったが、結局飲んで確かめるしかないようだ。
一口ごくりと飲んで、フィーアは渋い顔をした。
何かまずいものだったのだろうかと手を止めて見守っていたが、フィーアは実に詰まらなさそうに吐き捨てた。
「ただの水」
誤作動を起こさなくて喜ぶところじゃないのか。
そう思ったが、下手なことは言うまいとラセルは作業を再開した。
こつん、と水筒を地面に置いて、フィーアは伸びをした。
しばらくはまたラセルの作業を見ていたが、その目は次第にとろんと焦点が定まらなくなってくる。
「お嬢様、寝てください」
「ラセルは……?よく、疲れないのね……」
ラセルにとっては、この程度はまだまだ疲労の内に入らない。休憩する場所があり、食事も水も摂れた。
フィーアは大きな欠伸をした。
「じゃあ……ごめんね、寝るわね。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
フィーアは大人しく眠ることにしたようだった。
地面は硬いし、寝床はシートと上着だ。大丈夫かと思い見守っていたが、フィーアはそこにもぐりこんですぐに動かなくなった。
フィーアが離れたので、ラセルはとりあえず探知の魔道具を作動させてみた。それほど広範囲にしなければ、通常に運転しているようだった。
刃物の手入れを終えて、ラセルは薪を整えながら時間をつぶした。
ケー!グアー!!
遠くに獣の咆哮が聞こえる。小動物の鳴き声にしてはけたたましい。
「なに!?」
フィーアが飛び起きたが、ラセルは動いていなかった。外が見えるように薪の洞窟側に座っているから、フィーアからは背中しか見えない。
「遠いので大丈夫です。探知機にも反応してません。ちゃんと見てますから、安心して寝てください」
ラセルが振り返って言ってくれる。ゆっくりと話してくれるから、その声だけですっと安心できた。
フィーアの体は鉛のように重くて、再び寝床に横になった。
「ごめんね、ラセル……」
いえ、と言おうとしたが、フィーアは半分寝言のように続けた。
「いざとなったら、らせるだけで……」
その先は、聞こえなかった。聞く必要もないかと思い、ラセルも聞こえないふりをした。
いつもありがとうございます!
無人島も一日が終わりました。
明日からは、1日1話更新となります。
フィーアとラセルを、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




