12 初めてのお味
ラセルは黙々と調理を続けていた。
タロイモを入れた貝殻に水を入れ、火にかける。すぐにぐつぐつと煮えて来るので、洗った目玉模様の貝とカニを入れる。貝の口が開く前に、ココナッツの殻から蒸留酒を注いだ。
「えっ、その辛いの入れるの?」
せっかくの料理に!とフィーアが覗き込んだ。
「火を通せば、アルコールは飛ぶので大丈夫です。臭みが取れてコクが出ます」
「シェフみたいなことを言うのね……」
アルコールが飛ぶ、という言葉の意味はよく分からなかったが、要するに美味しくなるという事なのだろう。
すぐにいい香りがしてきて、バチバチと貝の口が開いていく。海の匂いに貝の出汁の匂いが合わさって、たまらない香りだ。シャコガイを鍋代わりにしているせいか、貝が焦げたところが香ばしい香りまでしている。
ぐう、とフィーアのお腹が鳴る頃に料理は完成した。
この海鮮と芋のスープは、絶品だった。
一回り小さな貝殻のお皿に分けて、盛り付ける。
ナイフとフォークがないので手で食べるのかと思ったら、いつの間にかラセルがナイフで枝を削ってスプーンのような物を作っていた。ぐつぐつと煮ている間、何やら削っているなと思っていたが、まさか食器を作るとは。しかも先っぽが少し削られていて、柔らかいものなら刺すこともできる、スプーンでありフォークでもある万能カトラリーだ。
「器用なのね」
「必要に駆られて」
軍人って、枝からスプーンを作れないとだめなのかしら……?
フィーアは謎に思ったが、目の前のいい香りにつられてすぐに頭から消えた。考えてみれば、朝から何も食べていない。
熱々のスープを一口飲むと、程よい塩味に貝とカニの旨味がギュッと濃縮された味が口の中で広がった。
普段なら貝は、ナイフとフォークで身を貝殻から外して食べる。シェフがあらかじめ貝から外して盛り付けているから、つついても殻から取れない貝は初めてでフィーアは苦戦した。
「無人島の貝はくっつきがすごいものなのね」
「……お嬢様。貝っていうのはみんな、くっついてるもんです」
ラセルが豪快に貝殻にかじりついて器用にはがして食べているのを見て、フィーアも真似をした。口にポロリと入った貝は、目玉のような貝殻の外見からは信じられないくらいコクがあっておいしかった。
カニの身も、ラセルに倣ってぼりぼりと殻ごと食べてみたが、甘味すら感じられる強烈な旨味に、ただただ感動する。スープに深みが出ているのはアルコールのお陰なのだろう。
「美味しすぎる……!」
お世辞でもなく、感動しているフィーアを見てラセルもほっとする。
「ここにパスタを入れたらお店が出せるわ!」
「パスタ……は、ないですね」
「言ってみただけよ。この海藻も、すごく美味しい。サラダじゃなくってスープにしても美味しいのね。このお芋も、今まで食べたことがない味だわ」
スープを吸って、それでも食感はしっかり残っている。噛めば噛むほどもちもちとして、きっと腹持ちもいいのだろう。
一心不乱に食べ進めるフィーアを見て、ラセルもほっとした。
ともかく、フィーアが食べられてよかった。
口に合わなかったらそれだけで、もうこの無人島生活は一気に難易度が高くなる。ラセルには伯爵家のシェフのような、色とりどりで立体感のある料理は作れない。
比較的食べ慣れているというか、文化的な携帯食料は鞄に入っているが、せいぜい3日分だ。乾燥したナッツやクッキー等でできているから、それもフィーアの口に合うかどうかわからないし、できれば何かの時のために、温存しておきたい。
夢中で食べるフィーアを見て、ラセルも残りの料理を口にした。確かに、かなりいい味だった。
あとは、これから毎日、安定して食料を得られるかどうかだ。
拠点を整えつつ、安全を点検する作業もまだ少しも確立できていない。そんな中で食糧探しにあまり時間を割くわけにはいかない。
ただ、この無人島生活はフィーアを中心に回っているから。ただラセル一人が生き延びるだけとは違う。きっと、食事はかなり大事になってくる。
「明日は釣りでもしてみます。魚影は見えたので」
「釣りって……釣り竿は?」
「枝と、お嬢様に頂いた紐があるので」
「それだけで、採れるの?」
「おそらく」
針にできる材料が今のところないため、垂らしておいて、餌に寄って来た魚をナイフで狙うのが最も効率的だろう。服の切れ端で網を作るか、蔦を編んで網にしてもいい——が、これには時間がかかる。
食料調達に使えそうな魔道具は鞄には入っていなかった。魔法使いであれば数種類の魔法が扱えるため魚も捕まえられるのだろうが、ラセルは軍人だ。魔力を発する以外には、自分の特性魔法しか使えない。
生物の探知機を広範囲にして仮に使うという手もあるが、それも、不確実だ。原始的な釣りがちょうどいい。
そうなると一番いいのは、針に使えるものを、明るくなってから探したい。
「私も何かできるかな……」
「そうですね……ここを飾り付けるのでは」
フィーアがじろりとラセルを見つめた。
大人しく拠点にいればいいと言われている気がして。
「ラセル。頼りないと思うけど、私もちゃんと手伝いたいの」
そうは言っても、やるべきことは多いが、どれを頼めるかが難しい。密林を出歩くのはまだ危険が伴うし、作業のほとんどは力仕事だ。
魔道具なしで、安全な手伝いはと思って考えてみると——一つだけ思い当たるものがあった。
「あの潮だまりをもう少し調べますか。干潮に合わせて訪れれば、取り残された魚や、他にも色々、何かあるかもしれません」
「分かったわ」
フィーアは少し元気を取り戻した。
こうしてフィーアは潮だまり担当になった。




