11 その飲み物の名は……?
拠点に戻ったラセルは、めらめらと燃え盛る焚火と、その横でなぜか嬉しそうにしているフィーアを見た。
「お嬢様……暑くないですか」
フィーアの顔からはだらだらと汗が流れている。
「暑いわ!」
やれやれ、少し目を離したらこれだ。
そう思いながらも、ラセルは黙って焚火の薪を崩した。せっかく長持ちするように積んだが、これでは燃えすぎる。薪を分けて減らした方がいい。
分解したら火力は弱まっていった。
もしかしたらフィーアが近づきすぎて、魔道具が過剰に火力を出していたのかもしれない。
「まあ……そうすればよかったのね」
「お嬢様はしてはいけません」
棒の先で魔道具を確かめながらきっぱりと答えた。
暖炉の火だって触る事はなかった伯爵令嬢なのだから。
「直接触る訳じゃなくても?」
「薪がはじけたら火傷をします。薄着なんですから」
フィーアは自分の白くて細い腕と、ラセルの筋肉隆々とした褐色の太い腕を見た。ちょっとやそっとの火の粉など跳ねのけそうにも見える。
「——あら?ラセル、服の袖」
「不要なので切りました」
ラセルはいつの間にか袖を破り取っていた。紐を取って襟元も広がっているから、胸も露出して筋肉が強調されている。
騎士服を着ている時はそこまで思わなかったが、相当鍛え抜かれた肉体をしているようだ。
そう言えば、軍人だと言っていた。
フィーアは同じく軍人の長である父親を思い浮かべた。ここまでではないが、抱き上げられたときにがっしりとした体つきに安心したものだ。
「——あ、ねえ、それより!」
フィーアはずい、と水筒をラセルに差し出す。
「これ、飲んでみて!」
「いえ、私は」
夕食の支度を——そう言うラセルに更に水筒を無理やり握らせる。
「一口でいいから!ちょっと飲んでみて!」
「はあ……」
何なんだ……毒でも入っているような言い方だ。
まさかな。
そう思いながら一口口に含み——思わずぶーっと吐き出す。
「——っああ!もったいない!」
「なっ……」
水と思って飲んだから、あまりに違う味に思わず吐き出してしまった。毒の事を考えていたから余計に、つい。
「す、すみません」
ラセルは改めてまじまじと水筒を眺めた。
「これは……?」
「ダージリンよ!」
フィーアの目が輝いている。理解できなくて混乱するラセルに続けた。
「水の浄化を起動させたら、湧水が、ダージリンになったの!」
「ダージリンって……何ですか」
「紅茶よ。とっても高級なの。よっぽど特別な日にしか飲めないのよ」
「はあ……」
普段お茶と言えば渋いのしか飲んだことのないラセルにとっては、何とも甘ったるいお茶だ。
そう思いながらはっとする。
「お嬢様。魔道具を使ったんですか」
「湧水なら、小さな魔力だからいいと思って」
だめです、と言いたかったが、あまりにも嬉しそうに紅茶を飲むフィーアに、ラセルは思わずその言葉を飲み込んだ。
まあ、大丈夫だと言うのなら、いいか。
フィーアの体質は魔力を歪めはするが、これまで一度も魔道具を壊したことはなかった。ただ誤作動を起こすだけだ。
「お好きなんですね……ダージリン」
「ええ、大好きよ!でも、ラセルの口には合わなかったみたいね。どんなのがいいの?」
「いえ、私は……」
水で十分だ。
「では、夕食を作りますので」
ラセルはそう言って「食糧庫」から食材を持ってきた。それと、今回の収穫物。
ラセルが新たに取って来たのは、何かの実だった。茎と土がついているから、芋のようなものだろうか。あとは、フィーアも取っていたシャコガイ、それもかなりの大きさだ。
「これは何?」
「わかりません。かじってみたら食べられそうだったので、一緒に煮ようかと」
見た感じではタロイモに似ているが、売られている者より小ぶりでいびつな形をしている。栽培されたものではないからだろうか。だからタロイモかどうかは分からないが、タロイモだと思う事にして食べてみようと思った。
まあ、大丈夫だろうと思う。
水場で土を落とし、ナイフで皮をむいていく。鍋はないので、先ほどラセルが取って来たシャコガイの上にのせていった。
手際よく芋が並べられるのを眺めながら、手持無沙汰でちびちびとダージリンを飲んでいたら、すっかり飲み干してしまった。
ラセルが手際よく作業する横で、フィーアはそわそわとし始めた。基本的に落ち着きはないが、今は特にそう感じる。
「——お嬢様、トイレですか」
「やだ!」
「……………」
顔を真っ赤にして即答されて、ラセルは一瞬芋の皮を剥く手を止めた。
それだけ飲めば、そりゃ行きたくなるだろうと思うのだが。
「分かってるのよ。お手洗いなんて、ないのよね。その辺でするのよね。考えないようにしていたのに……」
そこまでわかっているのなら話は早い。
「行ってきてください。あまり遠くに行きすぎないでくださいね」
「なっ……」
「私もさっきしましたから」
そんなに気にする事か?獣はみんなその辺でしてるだろうに。
としか、思わない。
「まあ!もう!」
フィーアは顔を真っ赤にして出て行った。
がさがさと草をかき分ける音に念のため注意を向けながら、タロイモの処理を終えた頃。
フィーアが帰って来た。拠点に上ってこず、そのまま水筒で水を汲んでいる。
懲りもせず、また自分で電源を入れている。トイレはともかく、ダージリンは気に入ったらしい。
ガガガ、というやや怪しい音をさせながら魔道具は動きを止めた。
「——ただいま」
気まずそうな顔をして、フィーアは元の場所にまた座る。
こういうのは、自然なことのような顔をするのが一番だ。これから毎日の事なのだから、慣れてもらうしかない。
フィーアも平静を装って水筒からごくごくと水を飲み——今度はフィーアがぶーっと吐き出した。
一部掛かって、炎がぼんっ、と勢いづく。
ぎょっとしてみれば、フィーアが驚いた顔で固まっていた。
「お嬢様??」
「あ……かー!!からい!!」
「え?」
「喉が焼けるわ。何これ!毒!?」
どうやら、ダージリンのつもりで飲んだら別の物だったらしい。
ラセルは水筒を受け取ってくん、と匂いを嗅ぐ。鼻を突くような匂いと先ほどの炎の勢いですぐにその正体が分かった。
「お嬢様、素晴らしいです」
「な、何が」
「これはアルコールです」
一口含んでみる。蒸留酒の何かだろう。強めのアルコール度数に、キリっとした口当たり。鼻に抜ける香りは間違いなく上質で、ラセルが今まで飲んだことのないような高級な、純度の高い酒だ。
このまま飲み干したい気持ちをぐっと我慢する。
これくらいアルコール度が高いと、色々なことに使える。
ラセルは飲み干したココナッツの殻を湧水で洗い、移し替えた。
今度はラセルが湧水を浄化してフィーアに渡す。フィーアはひどい目にあった、と言うように水をまた飲んでいた。またトイレに行きたくなるから——とかは、あまり考えないようだ。
それにしても高純度のアルコールだったから、一口でも飲めば大変なことになりそうだが。
フィーアはけろりとしていた。顔も赤くない。
「お嬢様、身体が熱かったり、頭がふらふらしたり、しませんか」
「何が?やっぱり毒だったの?」
「いえ……」
もしかしたらラセルより酒に強いのかもしれない。
酒の味を覚えさせないように気を付けよう、と思うラセルだった。




