10 フィーアの能力
フィーアが集めてきた石とラセルも取って来た石で焚火の穴を囲うと、一気にそれらしく見えた。フィーアはそれに貝殻で装飾をしようとしたが、また今度にしてもらった。
それを待っていたら夜になりそうだったからだ。
穴を掘った部分に、枝を組み合わせて敷き込んでいく。太いものを入れ、間によく燃えそうな油分を含んでそうな枯葉を入れ、また細い枝を積み上げていく。
「火はどうやってつけるの?」
「発火の魔石があります。火種を作ってきます」
「そこまでしなくても、小さな火くらいなら問題ないわ」
ラセルは鞄の中から発火の魔道具を取った。
小さな手のひら大の石板のような形をしている。これに魔力を注ぐと、ここから炎が出てくる仕組みだ。
本来なら、野外ではこの上に直接鍋を置いて調理もできる。焚火のために穴を掘ったり枝を探したりする必要もない。
「私だって、何年もこの体質なわけじゃないのよ。莫大な魔力を使うわけじゃなければ、せいぜい火の大きさが加減できない程度しか狂わないわ」
確かに、発火させるのは小指の先——いや、何なら煙草の火程度で十分だ。ひとっ走り海岸まで行ってこようかと思っていたのだが。
一番小さな出力にしてスイッチを入れた。
念のためフィーアを背にしてごく少量の魔力を流す。
ジジ、と小さな音がして発火の石板は赤く発光した。
「——作動した」
至近距離にフィーアがいるのに正常に作動した。この程度の火力なら、種火として入れておけば十分土台で役割を果たしてくれる。これほどごくわずかな出力ならば、後は魔石が持続させてくれるから、一々魔力を追加で流す必要もない。
ラセルは組んだ薪の下に石板を入れた。すぐに細く白い煙が上がりだす。
「これ、使ってもいいですか」
ラセルはフィーアが笛にすると言っていた、中が空洞の枝を取り出した。
「まあ、今そんなことをしている場合?」
フィーアが不思議そうに言う。
「いえ……。これで火に空気を送るんです」
笛を吹くとでも思ったのか。実際に息を送ってみたら、ちゃんと先端から空気が流れている。
発火の石板を小さな種火としてしか使わないなら、原始的に焚火をする事になる。燃えやすいものと長持ちする薪の両方を適宜入れて行かなくてはいけないし、火が弱まれば空気を送る必要もある。
せっかく笛にしようと拾ったところを申し訳ないが、笛よりも余程有益な使い道だとラセルは思っていた。
「まあ、いいけれど……」
また見つければいいし、と呟くのが聞こえた。
ラセルが枝を使って空気を送れば、バチバチと中で弾ける音がする。やがて音は大きくなり、小さな炎が見え始めた。
「あ、火……!」
ふう、とラセルは息をついた。寝床と水と火ができれば、取り敢えず喫緊の課題は解決したと言える。残りの課題はあまりにも膨大ではあるが。
期待のこもった眼差しを感じる。手元の棒をじっと見られて、ラセルはそれをフィーアに渡した。大事にしたいようだったので、返したほうがいいだろう。
「お返しします。また使う時、貸していただけますか」
「私も吹いていい?」
笛にしたいわけではないらしい。火が付くのが面白かったのだろうか。
「燃やしすぎないようにお願いしますね」
「ええ!」
フィーアは顔を真っ赤にしながら焚火に空気を送っていた。
さて、とラセルは立ち上がった。
寝床を整えるか、薪をもっと拾ってくるか。食料は——今夜はとりあえずカニと貝でいいだろう。
となると、食器か。
まだ明るいうちにできるだけやっておきたかった。
フィーアにここにいるように言い置いて、材料を集めに出かけた。
フィーアはしばらく焚火の番をしていたが、段々と暑くてたまらなくなってきた。
そもそも暑い場所で火を焚いているのだから、当たり前だ。
「しまったわ……もっと小さな火にするべきだった。やりすぎたわ」
夢中になって空気を送り続けてしまった。何しろ吹くたびに燃え上がるから、面白くて。
火はめらめらと燃え上がり、フィーアの膝くらいの高さまで燃え上がっている。幸い周囲に燃えやすいものは置いていないし、石で囲っているからそれ以上飛び火しそうにはないが。何しろ、熱い。
「水……」
フィーアは洞窟の奥へ行って水を飲んだ。
一気に飲み干してしまう。密林はどうにも汗をかくから、慣れていないフィーアは本当に喉が渇く。ラセルはほとんど水を飲んでいなかったのに。
それもフィーアのようにごくごくと飲むわけではなく、口に含んでふらりと去っていく感じだ。
あれが訓練なのか……。フィーアも真似をして口にしっかり含んでから飲むと、少し喉の渇きはましになる様な気がした。
とはいえ、水は豊富にあるので、もう我慢する必要もないが。
「あ、なくなっちゃった」
水筒は空になってしまった。
フィーアは下の水場に降りて水筒に水を入れた。じょろじょろ、といい音がする。
最後まで入れて、じっとその澄んだ透明の水を見てみる。
別に……このまま飲んでも、良くない?
ラセルは飲んでいた。フィーアも、あばあば言いながら口に直接湧水を注いでみたい。
ここでは淑女らしくないと咎める侍女もいないんだし。
——お腹を壊します。
ラセルの言葉がふとよぎった。
「はいはい、わかりましたよ」
フィーアは誰もいないのにそう言って水筒の蓋を閉める。
これ以上迷惑をかける訳にはいかないから……。
はあ、と溜め息が出そうになって、水筒の底の電源スイッチを眺める。
このスイッチを入れるたびにラセルを海岸まで走らせるのも気が引ける。
湧水が綺麗だったら、使う魔力量もごく少量で済むはずだ。さっき起動させたから、ラセルの魔力がまだ魔石に残っている。
試しに電源を入れてみた。
ブルブル……と水筒が振動する。
「やった……!」
ちゃんと作動している。これで毎回、わざわざラセルの手を煩わせる必要がない。
と思ったら——バキ、キ……という音に変わり、やがてシュウン、と止まった。
ちょっと不穏な音はしたけれど……一応、止まったという事は完成したって事か。
「どれどれ……」
ぱかっと蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
「あら?うそ、これ……」
浄化したはずの湧水が、嗅ぎなれた香りがしてフィーアはもう一度深く吸い込んだ。
間違いない。
ゆっくりと飲み干してみる。
「なんて上質な喉越し……これは最高級のダージリンね」
花のようなほのかな香り、軽やかで、どこかフルーティーな甘やかさまである後味。信じられないことに、水筒の中身は高級な紅茶に変わっていた。しかも、程よい温度だ。
もう一口飲んでみる。——やっぱり、とんでもなく美味しい。
フィーアは嬉しくなって、小躍りしながら拠点に戻った。




