9 これが……おうち?
水の確保はとりあえずできた。次はやっと拠点の整備である。
どこにしようかという話になる。
「ここでいいじゃない。水があるから便利そう」
「そうでしょうか……」
ラセルは少し考え込んだ。
増水した時に、この水源がどう変化するのかが読めない。豪雨になった途端辺り一面池に早変わりしたとしたら。
ラセルはざっと辺りを見渡した。密林と変わりない植物に囲まれているから、最近増水したことはないように思うが。
その辺りは読めないのが水場の難しさだ。それに、水場には獣も集まりやすいので危険も増す。
「あ、ちょろちょろ音がしてたらうるさくて眠れないかしら……?」
呑気にフィーアはそんなことを呟いていた。
上を見れば空も見えるほど、少し開けている。海にも近く、拠点とするのに悪くないかもしれない。
もう一度湧水の出ている所から岩を登ってみると、数歩進んだ先に半洞窟のようになった岩屋根があった。奥行きはそれほどないが、地面も岩ではなく土で、ぬかるんでもなくしっかりしている。
「あそこ、もうちょうどよくない?」
後をついてきたフィーアが指摘する通り、これなら雨露もしのげる。
「そうですね……当面はここで」
結局、ここを拠点とする事にした。
「ここが私たちのおうち……!」
広さで言うとフィーアのクローゼットほどの大きさだと思われる。そこをすぐさまおうちと言ってのけるフィーアには、ラセルもすごいなと思った。
ラセルはフィーアの持っていた杖を受け取って、地面を確かめるように叩いた。特に気になる箇所はない。壁も叩いてみるが、しっかりとしているようだった。
洞窟の入り口のギリギリ屋根のあるあたりの土に、杖でラセルはぐるっと円を描いた。
「ここを焚火場所としましょう」
煙も逃げて、雨が降っても大丈夫そうな場所だ。
「キッチンね!」
「——ここから中を、寝床として整えます」
焚火のすぐ横に、ずずず、と線を引いた。
「つまり、その線が玄関ね」
うんうん、とフィーアは頷いている。小さな空間をじっと見つめて、ダイニングが、リビングが……と呟いている。ままごと遊びでもしているかのようだ。
「…………」
ドン、入り口の壁際に鞄を置いた。
「そこが収納倉庫ね!——あ、じゃあ」
フィーアは置かれた鞄に駆け寄って、一番上に入れていた布袋を抜き取った。
ニカちゃんと海藻に付いた貝が入っている袋だ。それを収納スペースと言われた横に置く。
「ここは食糧庫ね」
突っ込むべきか放っておくべきか迷って、ラセルはやめた。
「なに?」
「いえ。ワクワクしているように見えて」
言いたいことがあるなら言ってと言われて、率直な感想を言う。だが、落ち込まれるよりはずっといいと思う。
「お嬢様、洞窟の中の枯葉を取り除くので、少し外に——」
「そんな事」
フィーアは手を腰にやって、首を振った。
「私でもできる事じゃない。ラセルはもっと違う事をして」
「しかし……」
それだってフィーアにしてみれば重労働になるだろう。美しく白い手が傷付くことを思うと、とても任せることはできない。
そう思ったが、フィーアは器用にも杖をラセルから返してもらい、そこにいくつもの葉を海藻で括りつけた。
「ほうき!」
これがまた優秀で、効率よく枯葉を掃き出していっている。見る見るうちに乾いた土が露出してきた。順応力の高さに驚きつつ、ラセルは水の魔道具を取り出して水場に向かった。
岩の隙間から漏れ出て、また岩の隙間へと流れていく水場。このままでも天然の水道のようになってはいるが、水を利用するたびに濡れるというのも困る。
簡単に岩を整え、枝を組んで土台を作り、足場を作った。
足場に乗って手を伸ばして水を汲めば、身体が濡れることはない。フィーアもいつでも水が汲めるだろう。
水は膨らんだ水風船に穴をあけたように、勢いよく噴出し続けている。水が枯れる心配は当面なさそうだ。
持ってきた水精製の魔道具を取り出す。大きめの水筒の形になっていて、入れた水を浄化してくれる仕組みだ。
そこに満杯に水を入れると、それなりの重さになる。とりあえずラセルは来た道を戻って海辺まで出る。小道を踏み込んで作ったおかげで、走れば10分くらいで出られた。
魔石の電源を入れて、魔力を流してみる。
水筒がぶるぶると震えて、やがて止まった。
開けて飲んでみても、味は特に変わりなかった。おそらく正常に作動したのだろう。
走って10分で水の浄化ができるのであれば上出来だ。いつでもフィーアが飲む水は確保できた。
水筒を持ったまま、今度は歩いて、枯れ枝を拾いながら拠点に戻った。
「早かったのね」
「道ができたので、通りやすくなっています」
通れば通る程、道らしくなっていくだろう。フィーアでも行き来しやすいように、余裕ができたらもう少し整備しようかと思う。手すりを付けたり、ぬかるみに足場を作ったり。そうすれば拠点に何かあった時、急いで海岸まで退避できる。
ラセルは拠点につくと、水筒を置いた。
「水です」
いつでもどうぞと言って、拾って来た枝を焚き火予定箇所の横に積んだ。
「次は何をしたらいいかしら」
先ほど海岸まで出た時、陽はだいぶ傾いていた。
「火を熾しましょう」
「ついに!」
何がついになのかわからないが、ラセルはとりあえずさっさと用意をすることにした。暗くなると面倒な事になる。焚き火は灯りがわりにもなる。
「まず何をするの?木を置けばいい?」
「いえ、穴を掘ります」
「わかったわ。大きさは?」
身を乗り出してくるフィーアに、ラセルはやや気圧されるようだった。
「その……私がやりますので」
フィーアは明らかに不満顔で頰を膨らませた。
こうしてみるとまだまだ子供だ。
「そういえばお嬢様、シャコガイの貝殻をとってましたね」
「シャコガイ……?」
「使ってもいいですか」
ラセルはゴソゴソと鞄のフィーアコレクションの中から、白くて手のひらより大きい貝殻を取り出した。
「これで掘りたいんですが」
大きくて分厚い殻の貝は、シャベルの代用になりそうだ。
「そうでしょう!役に立つと思ったの」
フィーアはまたご機嫌になった。
貝を使えば、すぐに掘って行くことができた。
——フィーアの視線が、痛い。
「あの……」
「なに!?」
「では、この穴を囲うように、石を探していただけますか」
「飾り付けね!任せて」
「いえ、延焼を防ぐ——」
聞いていない。フィーアはもう石を探しに行ってしまった。
ラセルはとりあえず焚火場所の周囲を整頓し、もっと薪を集めるため出かけた。




