第一話 「神様」
主人公の少年の名前は真野崎 龍次郎。
ごくごく普通の高校三年生。学校でも教室の端っこで寂しく座っているような陰キャだ。
そんな彼はお気に入りの灰色のジップアップパーカーと帽子を身に着け、神社へ行くために街中を歩いている。
そう、今日は1月1日、元日である。龍次郎は毎年、山の上の天照神社に来ている。
龍次郎「今年の運勢なんだろう、やっぱり吉とかかなぁ…」
毎年というよりは毎月、多い時では毎週来ているかもしれない。龍次郎は神社の階段を一段一段、丁寧に上がっていく。今の時代には珍しそうな赤くない木の鳥居が見え、境内が視界に入る。
そこそこ人が来ていた。ある者はたった今神社に向かって手を合わせていたり、ある者はくじで凶を引いていたり、ある者は絵馬に願い事を書いていたり、ある者は─絵馬の願い事を眺めていた。腰まで届きそうなくらいの長い茶髪の少女は、まじまじと他の人が書いた絵馬を眺めていた。
真那斗「マニアックな趣味を持ってる人もいるもんだな…」
龍次郎はその少女の行動を見なかったことにして、神社の鈴の前まで歩き、鈴を鳴らして手を合わせた。
真那斗「今年もよろしくお願いします…」
いつも通り絵馬に願い事を書いてその日は帰ろうと思った。
その時だった。目の前で信じられないことが起きた。
先ほどの少女に向かって、別の者が歩いていったのだが、驚くことにその少女とぶつかることはなく、少女の身体をすり抜けた。龍次郎は困惑した。その時はまだ幽霊が見えてしまったのだと思った。
龍次郎は全て見なかったことにして、絵馬を絵馬掛け所に引っ掛けて、何事もなかったかのようにその場から立ち去ろうとした。
???「お主、儂の姿が見えておるな?だが、変に周りの人間に誤解されても困るじゃろう。夜、もう一度この神社に来るのじゃ。その時にゆっくり話そう」
龍次郎「…………………」
その少女に話しかけられた。しかし、喋り方が明らかに少女ではなかった。龍次郎は黙ってその場を立ち去った。
???「来てくれるかのう…」
その少女は龍次郎の背中を静かに見つめていた。
─その日の夜─
龍次郎「夜の神社って不気味…」
龍次郎は日中に会った少女に言われた通りに、夜の天照神社に行くために、神社の階段を恐る恐る階段を登っていた。
しかし、日中とは違い夜の天照神社は薄暗く不気味だった。
いつもの木の鳥居が見える。そして境内には案の定、日中の少女が賽銭箱の横の柱に背を預けてあぐらをかいて座っていた。その少女はこちらの存在に気が付くと、こちらに向かって歩き出してきた。
???「おお、来てくれたのか。優しい小僧じゃの」
龍次郎「あの…君は…?」
天陽「ああ、そうかそうか。知らなくて当然じゃな。お主に特別に儂の名を教えてやろう。儂の名は天照 天陽、この神社の神様じゃ」
龍次郎「へぇ〜、神様…神様!?」
天陽と名乗った少女は当たり前のように神様だと答えたが、全く信じることができない。
天陽「ははっ、まあ、信じられぬのは無理もないな。よし、よかろう。お主、今から心の中で小さな願いを思い浮かべるのじゃ。」
龍次郎「小さな願い…?」
天陽「そうじゃ、小さな願いじゃ。例えばそうじゃな…、綺麗な雪が降ってほしいとか…じゃな。ほれ、強く願ってみるのじゃ」
龍次郎はそんなことできるわけがないと思いながらも雪が降ってほしいと心の中で強く願った。
すると、不思議なことに雪が振り始めた。
龍次郎「え…?うそ…」
天陽「ほれ、言った通りじゃろ?」
龍次郎「これは…信じるしか…。でも、その神様がなぜ僕に?」
天陽は突然、真剣な表情になった。龍次郎は怖かった。命を捧げろとか言うのではないかと思ったからだ。
そう思っていたのだが─
天陽「儂のしたいことを叶えるための手伝いをしてくれんかのう?」
龍次郎「………え?」
龍次郎は本気で困惑した。したいこと?神様の?それを手伝う?
天陽は龍次郎の反応に大きな声で笑いながら。
天陽「はははっ!お主もしや、命を捧げろーとか言うかもしれんと思っておったな?」
龍次郎「うっ…」
天陽「はははっ!そんなこと言えるわけなかろう!」
龍次郎は恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
そんな龍次郎を見た天陽は再び真剣な表情になり、話を続けた。
天陽「別に天変地異と同等のことはしないぞ。お主たちが普段当たり前にしていることを儂もやってみたいだけじゃ。例えば…ふぁすとふぅど…?とやらを食べてみたりとかじゃな」
龍次郎は不思議に思い、その疑問を直接聞いてみた。
龍次郎「自分で叶えられないんですか…?」
天陽「そうじゃの、そうじゃと便利なんじゃが…」
龍次郎「………?」
天陽は龍次郎の方に向き直り、のんびりとした様子で、どこか悲しい様子で、答えた。
天陽「儂以外にも神は存在しておる。じゃが、その神全員が自分の願いは叶えられないのじゃ。神様じゃからな、他者の願いしか叶えられん」
龍次郎「そうなんだ…」
天陽「じゃからこそ、お主にしか頼めぬ。お主は儂が見えておる。頼む、儂のわがまま…聞いてはくれぬかのう…?」
天陽の表情は、今にも泣きそうな、でもそれを必死に我慢しているような、そんな表情だった。そな表情を見た龍次郎は覚悟を決め、天陽に答えた。
龍次郎「わかりました。神様のわがまま、手伝いますよ」
天陽「それは誠か!?感謝するぞ少年!」
その時の彼女の姿はまさに、ご褒美をもらった子供がはしゃいでいる姿そのものだった。
龍次郎「それで…これからどうするんです?」
天陽「ああ、そうじゃな…その前になんじゃが…敬語やめてくれんかのう?堅苦しくて話しづらいんじゃが…」
龍次郎「ああ、うん…わかった、これでいい?」
天陽「そうじゃそうじゃ、それでよい。堅苦しいのは嫌いでの。そしたら、お主の家に行くとするかの」
すでに歩き始めていた龍次郎の足が止まる。
龍次郎「え…神社から離れてていいの…?」
天陽「ああ、儂、遠くにいてもこの絵馬の願いは叶えられるからの、別に大丈夫じゃ。あと一応、人間の姿に変身することもできるからの、姿に関しても心配しなくてよいぞ」
そう言った天陽の姿が変わる。龍次郎は再び困惑した。
龍次郎「え…ジャージ…?」
天陽「ほう、これはじゃあじと言うのか。中々、着やすいぞ」
龍次郎「まあ、いっか…」
龍次郎は色々言いたかったが、疲れていたので明日にでも言おうと思った。
天陽「では、お主の家に案内してもらおうかの」
そう言いながら、階段の方へ向かっていったが、階段に足を一歩出そうとする寸前で止まりこちらに振り向いた。
天陽「そういえば、お主の名を聞いておらんかったの、なんというのじゃ?」
龍次郎「真野崎…龍次郎」
天陽「真野崎…龍次郎か…。龍次郎、これからよろしく頼むぞ?」
そう言いながら、ようやく階段に一歩踏み出して下っていった天陽を、龍次郎は急ぎ足で追いかけ二人で歩き出した。
この日、この瞬間から、龍次郎の人生が大きく変わり、この後とてつもない運命と結果が待っているとは、この時は誰も思っていなかった。