第6話:転生王子、難民団を助ける
「魔物に襲われている!? 助けに行かなきゃ!」
「ネオン様、お待ちを……!」
何の躊躇もなく駆けだしたネオンを追いかけながら、ブリジットは心の中で感激した。
(領民でもないのに助けようとするなんて……やはり、あなた様は心優しくも力強い最高の殿方でございます!)
二人が人々の集団に近づくにつれ、徐々に魔物の正体が明らかとなる。
人間を襲っているのは、赤茶色の毛皮をした狼型の魔物だ。
正体がわかり、ネオンはハッと息を呑む。
「あれは……狂乱狼じゃないか!」
「厄介な魔物ですね」
個体としての等級は中級だが、人間以上に緊密な連携を取る。
群れになると危険度が他の魔物より急上昇する。
視界に入るだけでもざっと40体は確認され、人間の集団を取り囲んでいた。
この数は上級と言って差し支えない危険度だ。
――急がないとまずい!
ネオンが懸命に走る最中、人々は必死に抵抗しながら助けを待っていた。
◆◆◆
襲われている人間は、全部で30人。
“捨てられ飛び地”を囲う三つの超大国から、十人ずつ集まった集団だ。
今は協力して狂乱狼の攻撃を凌いでいる。
魔物らしからぬ連携により散り散りとなってしまい、数的不利を作られていた。
戦う集団の中で、筋肉質な身体をした茶髪の女性が悪態をつく。
「……クソッ、こいつら楽しんでやがる!」
同時に、短い青髪をした魔法使いの女性が絞り出すように言った。
「そうだね、悔しいけど攻撃を、防ぐだけで……精一杯だ……!」
二人のすぐ横では、緑髪の薬師風な女性が苦しげに呟く。
「せめて魔力がもう少し残っていれば……!」
彼女たちこそ、各グループのリーダーだった。
みな手練れの人間であったが、とある理由で飛び地を一ヶ月近くも放浪しているうちに、蒸発した瘴気のダメージが蓄積してしまったのだ。
身体は万全と言えず、苦戦を強いられている。
どうにかして迫り来る狂乱狼を倒すと、黒い狂乱狼がゆらりと三人の前に現れた。
二つの目はやけに冷たく、額には通常個体に見られない瞳がある。
纏うオーラと威圧感も凄まじい。
……変位種だ。
等級は歴とした超上級。
((まずい……! この状態では……死ぬ!))
突破口が見出せない状況に、三人の女性リーダーはそれぞれ死を覚悟する。
(ちくしょう……あたしはここで死ぬのか? まだ任務は道半ばだというのに……!)
(ボクはこんなところでは死ねないのに! 国の未来を背負っているんだ……!)
(国から授かった任務を遂行しなければ、わたくしは生きている意味がありませんわ……!)
せめて、自分の仲間たちだけは救いたい。
最後の力を振り絞ろうとした瞬間、変位種は後ろを向いた。
その視線の先には……。
((……少年?))
美しい剣を携えた少年が立っている。
逃げろ! と叫ぶ間もなく変位種が彼に襲い掛かり、十秒ほど戦ったら……真っ二つに切り裂かれた。
((いったい……なに、が……?))
予期せぬ事態に、三人は呆然とする。
窮地に陥った彼女たちを助けてくれたのは、一人の小さな少年――ネオンであった。
◆◆◆
時は少し遡り、駆けるネオンとブリジット。
混戦にもうじき合流するというとき、狂乱狼の何体かが二人に気づいた。
新手を仕留めようとこちらに走ってくる。
ネオンはその光景を見て、怖じ気づくことなくむしろ加速した。
――これは逆に好都合だ。少しでも僕たちに引きつけて、あの人たちの負担を減らす!
指輪から<神裂きの剣>を取り出しながら、ブリジットに指示を出した。
「ブリジットは避難誘導とその護衛をお願い! 僕が突破口を開く!」
「はい、承知しました!」
ネオンは魔力を集め、剣の刀身が白く輝く。
巨大な槌を振り下ろすように、地面に衝撃波を叩き込んだ。
「〈斬波〉!」
『『ガアアアアッ!』』
剣を振り下ろした瞬間、ネオンに向かってきた狂乱狼たちは一瞬で斬殺された。
激しい衝撃音を聞いてこちらを見た集団に、ネオンとブリジットは叫ぶ。
「みなさん、僕たちは味方です! 助けに来ました!」
「こちらに避難してください!」
「「……!」」
声を聞いた集団は、瞬く間に撤退を開始した。
逃げる彼らをブリジットは魔法で援護し、ネオンはさらに奥へと駆ける。
取り残された女性が三人見えたからだ。
ネオンを妨害するように、二体の狂乱狼が立ちはだかる。
他の個体よりやや大きい。
――きっと、主の補佐的な階級かな……。
ネオンは改めて気を引き締め、剣を握った。
『『ガァウッ!』』
狂乱狼は左右に分かれ、高速で襲いかかる。
突撃猪と違う柔軟な動きだ。
ネオンは無駄に動かず、むしろ重心を安定させた。
「<乱舞>」
『『グァ……ッ!』』
魔力の衝撃波を鞭のようにしならせ、二体の狂乱狼を同時に切り裂く。
ネオンは確かな手応えを感じた。
――空いた時間で訓練している効果が出てる!
<神裂きの剣>を生成してから、新技の開発に夢中の毎日だ。
ブリジットの愛あふれる厳しい指導の成果もあり、今では種々の使い方を習得していた。
ネオンは狂乱狼の死体を飛び越え、取り残された三人の女性に駆け寄る。
黒い個体が目に入ると、心臓が冷たく脈打った。
――あれは……変異種の狂乱狼。
魔物の中には、極稀に変異種と呼ばれる個体が生まれる。
種族としての等級を逸脱するほどの強さを持ち、群れ全体の結束も一段と強固にした。
変異種は強者のオーラを感じ取り、ゆっくりと振り返る。
ネオンもまた、剣を固く握り意識を集中させる。
一瞬の沈黙の後、先に仕掛けたのは変異種だ。
『グゥゥ……ガァウッ!』
通常個体は魔法を使えないが、走りながら何発もの火球を放つ。
――さすがは変異種ということか。
ネオンは避けることなく、最短距離でひたすらに駆ける。
――どんな等級の魔法でも、この剣なら斬れる!
握り締めた力をわずかに抜き、水が流れるように緩やかに剣を振るった。
「<火球斬り>!」
ネオンの正面に迫った火球は二つに切られ、魔力を失い消滅する。
変位種の顔にわずかに動揺が生まれたが、次の瞬間には全身に激しい火焔を纏った。
触れただけで重度の火傷をもたらす技であり、変異種はこの技で自分より格上の個体にも勝ってきた。
魔力の密度はかなり濃いが、ネオンは真正面から剣を振り下ろす。
――いくら炎が激しくても、神話級ほどじゃない!
「<絶撃閃>!」
『カッ……!』
変異種は真っ二つに切り裂かれ、力なく絶命した。
助けられた三人の女性リーダーはその剣術と、何よりネオンの持つ剣、そして指輪に目を奪われる。
(子どもなのに剣がうますぎじゃねえか……というより、なんだよ、あの剣と指輪……)
(途方もないオーラを感じるね……。彼はかなりの大物と予想した)
(我が国が誇る国宝と同じかそれ以上の波動を感じます……いったい何者なんでしょうか)
熱烈な視線を集めていることなど露ほども知らず、ネオンは剣を腰に提げる。
ホッとひと息ついたところで、ちょうどブリジットが合流した。
「……ネオン様! ご無事ですか!」
「うん、訓練のおかげでどうにか倒せたよ。避難民の人たちは大丈夫?」
「ええ、問題ございません。残りの個体も全て倒しました」
「そうなんだ……よかった。ありがとう、ブリジット」
ネオンが微笑むとブリジットも微笑み返し、テンション高く語る。
「この連携のスムーズさは熟年の夫婦みたいですね!」
「えっ、あ、いや、何とも……」
「失礼しました。私たちはまだ新婚でした」
「う、ぅん……そうね……」
ネオンの反応に困る声を聞く中、ブリジットは妄想を炸裂させる。
時は6年後。
すでに第一子の男の子が生まれていた。
ネオンと同じ黒い髪に、自分と同じ碧と蒼のオッドアイ。
あぅあぅと母たるブリジットに甘えていた。
(コネオンちゃ~ん、可愛いでちゅね~)
妄想の中で愛息子を愛でる彼女に、ネオンはおずおずと問いかける。
「……どうしたの、ブリジット?」
「何でもございません」
「そ、そう? 顔がずいぶんとニヤけているような……」
「気のせいでございます。それより、怪我人の方々を治療いたしましょう。……みなさま、お怪我はありませんか? 私は回復魔法の心得がありますから、怪我をしてたら遠慮なく仰ってください」
集団の怪我は見た目より軽く、ブリジットの回復魔法で十分に完治に至った(もちろん、ネオンも手伝った)。
一通り全員の応急処置が終わった後、女性リーダーたちが代表して礼を述べる。
「いやぁ、助かった、助かった。まさか、こんな少年に救われるとはなぁ。メイドのあんたも回復魔法をありがとよ」
「ありがとう、勇敢な少年と優しき女性よ。二人のおかげで、ボクたちは命拾いした」
「本当にありがとうございました。まだお若いのにすごい実力をお持ちです。メイドさんも回復魔法がお上手ですね」
彼女たちは平身低頭して感謝の気持ちを示した。
ネオンも握手を交わしながら自己紹介する。
「僕はアルバティス王国の第四王子、ネオンと言います。ここ捨てられ飛び地の領主でもあります。こっちにいるのはブリジットです」
「補足いたしますと、妻です」
「「お、王子……!? しかも、領主……!?」」
ネオンの言葉に、女性リーダーたちは一様に驚きの声を出す。
同時に、心の中で即座に思索を巡らせた。
(……マジかよ、この少年が王子で領主。まずいぞ……いいや、これはチャンスだな)
(やけに雰囲気があると思ったら王子だったのか。どうする……いや、むしろチャンスと言えるね)
(途方もない剣と指輪を所持しているのにも納得です。しかし、彼はわたくしたちの障壁になるのでは……いえ、チャンスですわね)
三人は飛び地に来た方針をそっと転換する。
そんな心境の変化などいざ知らず、ネオンとブリジットは尋ねた。
「みなさんはどちらからいらしたんですか?」
「見たところ、三つのグループに分かれているようですが……」
二人の問いに、女性リーダーたちはみな真面目な表情に変わる。
「あたしたちは……」
「わたしたちは……」
「私たちは……」
そこで言葉を切ると、同時に自分たちの正体を告げた。
「「超大国からの難民なんだ(です)」」
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