第30話:転生王子、盗賊団を倒し妖精たちを新しい領民に迎える
先に敵と接触したのはブリジットだ。
猛烈な速度で迫る彼女に対し、ライアンは落ち着いた様子で槍を突き出す。
「オレの槍に触れたら死ぬぞ……<毒蛇連突>!」
残像を生み出すほどの槍の突き出し。
槍に注ぎ込まれたライアンの魔力は何体もの毒の蛇となり、ブリジットに襲い掛かった。
上下左右、俊敏な動きで這い寄る。
(それぞれが、致死に至る毒を持っているようですね! それなら……!)
ブリジットもまた、ネオンが生成してくれた<神裂きの剣>に魔力を込める。
「消えなさい……<叩撃>!」
槌を思わせる巨大な衝撃波を叩きつけ、毒蛇を消滅させた。
彼女は豊富な経験値により、神器を長年の愛刀のように使いこなしていた。
距離を保ったまま、ライアンの持つ槍を見つめる。
それから放たれる禍々しいオーラは、ただの武器ではないことを物語った。
(あの槍……伝説級はあると見て間違いないですね。おそらくは盗品でしょうが)
ライアンの槍の名は、<接死の必槍>。
使用者の魔力を毒属性に変換し、敵を殲滅する武器だ。
ブリジットの見立て通り、伝説級の武器だった。
盗品であることも、またその通りだ。
正式な保有国はカカフ連邦。
連邦の宝物庫を襲い、奪ったのはもう半年前ほどのことだった。
ライアンは槍を構え、今度は自分に魔法をかける。
「お前の死体は高く売れそうだ……<五分身>!」
一度に五体もの分身を生み出す、超上級の魔法だ。
全てがライアンの精緻なコピーであり、上級の魔法使いでもまったく違いがわからない。
ブリジットは迫り来る分身を即座に分析する。
(最奥にいるのが本体……いや、本体は前から三体目!)
分身はいずれも極めて高精度だったが、微妙な魔力の揺らぎから、前から三体目の分身が本体と見抜いた。
ライアンはすでに本体がバレているとも気づかず、分身とともに高速で槍を突き出す。
「「<毒蛇連突・五増>!」」
初撃の五倍を超える毒蛇が生み出され、ブリジットに急襲する。
視界のほとんどを覆いかねない量だったが、当の本人は至って冷静だった。
(分身が放った攻撃は、それもまた分身に過ぎません)
注意すべきは、本体の毒蛇のみ。
剣の衝撃波で消滅させ、分身の攻撃は全て無視して、一直線に本体に向かう。
最短距離で向かってくるブリジットに、ライアンはじわりと嫌な汗をかく。
それでも、最後まで気取られないよう顔には出さなかった。
ブリジットの喉元を狙い、猛スピードで槍を振るう。
「死して麗人の亡骸となれ!」
「私はこんな場所では死にません……<剣嵐>!」
「かっ……!」
ライアンの全身に、無数の剣撃が走る。
盗品の所在を確かめる必要があるし、罪を償わせなければならない。
殺してしまっては情報が手に入らなくなるので、あくまでも助命の一撃であり、<接死の必槍>も破壊しないよう配慮した。
命のやりとりでもそこまでする余裕があるのが、(元)伝説級冒険者たる所以だった。
気絶する前の一瞬、ライアンは問う。
「な、なんで……こんなに強いんだ……!」
「愛する人が……いるからです」
その言葉が耳に届くのと同時に、ライアンは地面に崩れ落ちる。
時を遡ること少し、ネオンもまた己の敵と戦っていた。
「……これでも喰らいな、王子様!」
勢いよく斧が振り下ろされ、砕け散った大地の破片がネオンを襲う。
――ブリジットとの修行を思い出せ!
ネオンは破片の軌道をよく見切り、自分に直撃する物だけ打ち落とした。
<神裂きの剣>ならば衝撃波で一度に破壊できたが、なるべく手の内は見せない立ち回りを意識していた。
素早い動きを披露したネオンを見て、カシャムは笑う。
「なかなかやるじゃねえか。王子様でも剣の修行はしてきたみたいだな」
「いつお前たちみたいな盗賊に襲われるかわからないからね」
ネオンは答えながら、カシャムの斧と鎧を見据える。
<鑑定リング>で素材を鑑定したり神器を生成するうちに、物を見る目が著しく養われた。
カシャムの装備はいずれも、アルバティス王国の国宝に匹敵すると考えられる。
「その斧はただの斧じゃない。身につけている鎧だって、すごく上等な品だ。市場では買えないほどの」
「ご名答。俺の斧――<星屑の戦斧>は伝説級だ。とある国から盗んだ自慢の一品さ。ついでに言うと、俺の鎧もそうだな。こいつは<夢幻の鎧>。反射の術式が刻まれているから、魔法も物理攻撃も禁忌だぜ」
ネオンの見立てに、カシャムは驚きの口笛を吹きながら答える。
<星屑の戦斧>はエルストメルガ帝国から、<夢幻の鎧>はユリダス皇国から盗んだ。
"夜鴉の翼"は盗んだ武器を売らずに装備して戦力を強化することで、瞬く間に一大組織へと駆け上がった……という歴史を体現するにふさわしい装備だった。
カシャムは再び斧を振るい、今度は風の刃を飛ばしてくる。
ネオンは躱しながら、その戦い方に疑問を感じた。
――さっきから、遠距離攻撃しかしてこないのはなぜ?
敵と自分では、体格の差が著しい。
てっきり斧を振り回してくるかと思ったが違った。
単純な力任せによる戦術ではないことに、ネオンは思索を巡らす。
一方で、カシャムもまた思案していた。
(……あいつの剣はヤベえ。今まで盗んだどんな武器よりもヤバい剣だ。無闇に近寄らず、隙を見て渾身の一撃を叩き込んだ方がいいな。最悪、カウンターを喰らっても、<夢幻の鎧>なら反射できるはずだ)
盗賊としての目が、<神裂きの剣>の威圧感を感じ取った。
カシャムは手の平大の煙玉を投げ、地面の破片を当てて爆発させる。
瞬時に紫色の重い煙が立ちこめ、ネオンは目と喉のピリつく痛みを感じた。
――これは……毒が囮の目眩まし!
毒をブラフに置いた目眩ましだとすぐに気づけたのは、カシャムの戦術について思索を巡らせていたからだ。
ネオンは剣に魔力を注ぐ。
「<波動破>!」
剣の衝撃波で煙を吹き飛ばした瞬間、ネオンは真上に殺気を感知した。
何かを振りかぶり、今にも振り下ろしそうな大柄の殺気を。
――真上に……あいつがいる!
ブリジットとの訓練や魔物の討伐を経て、殺気や気配を感知できるようになったのだ。
ネオンは真上を見て、斧を振りかぶったまま驚愕するカシャムに剣を突き上げる。
「みんなは僕が守る……<飛天>!」
「が……はぁっ! なんで、俺の行動が……!」
刀身を覆うネオンの魔力は高速で伸び、<夢幻の鎧>ごと肺を貫いた。
10mほども離れていたが、魔力の衝撃波で刀身を伸ばすことでリーチの短さを補ったのだ。
頼みの綱だった反射の魔法陣も、理不尽とも言える膨大な神器の魔力を叩きつけられ、いとも簡単に弾け飛んでしまった。
致命傷を負ったカシャムは落下し、地面に激しく身体を打ち付ける。
立ち上がろうとするが、全身のダメージが大きすぎて無理だった。
「こ、こんなガキに……俺が……」
呟くように言葉を残し、力なく気絶した。
ネオンは安心することなく、警戒心を持ったまま周囲を見る。
まだ、リーダーを倒したに過ぎない。
――ブリジットや他の人たちは!?
30対100という人数差が心配だったが、飛び地側の優勢だった。
優勢どころか勝負はほとんどこちらの勝利で終わっており、領民が倒れた盗賊を縄で縛っている。
剣を仕舞うと同時に、ブリジットが駆け寄ってきた。
「やりましたね、ネオン様! 敵のリーダーを一撃で倒すとは、お見事でございます! もうずいぶんと強くなられましたね」
「ありがとう、いつもブリジットが訓練をつけてくれているおかげだよ」
神器は強いが、日々の努力を怠っては勝てるものも勝てない。
毎日の努力が重要なことを、改めて実感する戦いだった。
ブリジットと協力して、カシャムとライアンを縄で固く縛る。
<星屑の戦斧>など貴重な武器も回収すると、ネオンはとある事実に気づいた。
「盗品は全部持ち主に返すとして……<夢幻の鎧>はどうしよう。壊しちゃったよ……」
「別に問題ないでしょう。あの状況ではそれ以外に方法はありませんでしたし、最優先は盗賊団の討伐です」
ブリジットの力強い返答に勇気を貰ったところで、スパイ三人が合流した。
奇襲の勢いそのままに制圧が完了し、盗賊は一人残らず確保したとのこと。
カシャムはネオンが倒したと聞き、彼女たちは驚く。
「やるじゃないか、ネオン。こいつは帝国でも超上級の賞金首だよ」
「君のおかげで大政は喫したようなものだね。それにしても、いったいどこまで強くなるつもりなんだい? このままじゃ置いて行かれてしまうよ」
「神器を生み出せるだけじゃなく戦闘も強いなんて、まさしく完全無欠の少年でいらっしゃいます」
三人とも、ネオンの勝利を讃えては褒める。
"夜鴉の翼"は三大超大国のならず者で構成されているため、領民がそれぞれの母国に連行してくれることに決まった。
ルイザ、ベネロープ、キアラが取り仕切るので安心できる。
オモチたちウニ猫妖精も無事であり、盗賊を一カ所に集めた後合流した。
ぴょんぴょんと跳ねては勝利を祝う。
『『ネオン~、助けてくれてありがとウニニ~』』
「怪我がなくてよかったよ」
肩に飛び乗ったオモチを、ネオンは撫でる。
カシャム始め倒した盗賊は、逃亡や反乱の危険を回避するため、止血などの極めて簡単な応急処置のみ行った。
盗賊団は、痛みに呻きながらそれぞれの母国へと連行されていく。
ネオンはとある大事な頼み事を思い出し、ルイザ、ベネロープ、キアラに伝えた。
「それではよろしくお願いします。できれば、僕のことはあまり伝えないでくださいね。端っこでみんなを応援してた、みたいな内容でお願いします」
「「了解」」
スパイ三人は力強く頷くわけだが、内心は思い思いの考えを巡らせていた。
(これはさすがに、帝王様に伝えなきゃならんだろ)
(大総統に伝えなかったら、スパイの名折れだね)
(何が何でも皇帝陛下にお知らせしなければなりません)
無論、彼女たちは国家元首に詳しく伝える。
ネオンの凄さを。
かくして、"夜鴉の翼"との戦いは、ネオンたちの完全勝利で幕を閉じた。
□□□
"夜鴉の翼"が壊滅した日の夜。
盗賊はスパイ三人が無事に本国の国境に届けてくれたとのことで、領地では勝利を祝う宴が開かれていた。
領地の留守を守ったジャンヌと地底エルフは、戦闘の様子を何回も聞いては喜び、ブリジットたち、特にネオンを讃える。
『よくぞ盗賊どもを倒したな! 話を聞くだけで気分爽快じゃ! ネオンの活躍を聞いて妾も鼻が高いわ~、ぐわっはっはっはっは~!』
「ネオン様から離れなさい、この酔いどれエルフが」
纏わりつくジャンヌを、ブリジットが引き剥がしては歓声が上がる。
それだけならある意味いつも通りだが、今日は普段とは違う光景がテーブルに広がっていた。
色取り取りのウニ猫妖精たち。
せっかくなので、領地に招待したのだ。
すでにすっかり溶け込んでおり、領民たちに可愛がられていた。
ネオンもまた、手の平に乗せたオモチを撫でながら話す。
「明日になったらお別れかと思うと、なんだか寂しいな。でも、みんなにも住む場所があるんだからしょうがないよね」
そう言うと、オモチたちは互いに顔を見合わせる。
しばし沈黙が横たわった後、オモチが真剣な表情で告げた。
『ネオンがよかったら……ぼくたちも一緒に住まわせてほしいウニ』
「えっ、ここに?」
思わず問い返すと、ウニ猫妖精たちは静かに頷く。
『お水も食べ物もおいしいこんな豊かな土地は他にないウニし、ずっと探し求めていた安心できる理想郷だウニ。何より……ぼくたちはもっとネオンといたいんだウニ』
その言葉を聞き、ネオンは嬉しさがじわじわと胸にあふれる。
周りのブリジットや領民たちを見なくとも、彼らがどんな顔をしているか、どんな気持ちなのかよくわかった。
ネオンは嬉しさいっぱいの笑顔で歓呼する。
「もちろん、大歓迎だよ! 僕もオモチたちと一緒にいたい!」
『『やったウニー!』』
オモチたちウニ猫妖精は、今までで一番大きく跳ねて喜びまくる。
彼らが嬉しさを伝えるため全身に乗っかってくる中、ネオンは勢いよく盃を掲げた。
「このまま、オモチたちの歓迎の宴も開きましょう!」
「『賛成!』」
そこかしこから、盃のぶつかる音が天に響いた。
たくさんのウニ猫妖精を新しい領民に迎え、宴はより一層盛り上がる。
空に浮かぶは満天の星。
その日の"捨てられ飛び地"は、夜遅くまで笑い声が絶えなかった。
お忙しい中読んでいただき本当にありがとうございます
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