第29話:転生王子、妖精に助けを求められ盗賊団と対峙する
「……ネオン様、お茶の用意ができました」
「ありがとう、ブリジット。……はぁ、おいしい」
リロイを見送った後、領地には平穏な日常が戻ってきた。
ネオンはブリジットとともに午後のティータイムを送っており、彼女が淹れたお茶を飲んでは穏やかな日々に感謝する。
――やっぱり、平和が一番だね。この調子で三大超大国からも隠れつつ、密かに領地を発展させていきたいな。
実際のところ、ネオンの実力はすでに周知されており、各国家元首の命すら救ってしまい、評価は爆上がりしているわけだが、当の本人は知る由もない。
「お茶が終わったら、リロイさんたちの家を作る場所を決めよう」
「ええ、そうですね。水路のすぐ近くで、私たちの家からなるべく離れた場所が良いと思われます。最低でも1kmほどは」
「そ、それはさすがに離れすぎじゃ……」
ブリジットは特製スコーンを取ると、そそくさとネオンの口に運ぶ。
「ネオン様、あ~んでございます。私の愛をこれでもかと詰め込んで焼き上げました」
「あ、ありがとう、とてもおいしいよ」
一口食べるたびにまた一口餌付けされる。
その光景を見て、少し離れたところから歯軋りする人物が三人。
「「ぐぎぎ……」」
ルイザ、ベネロープ、キアラであった。
彼女たちもティータイムに参加するつもりだったものの、ブリジットの鉄壁のガードに阻まれたのだ。
ブリジットは敢えて三人から見えるところにテーブルを置いており、穏やかな時間の中で静かな戦いが繰り広げられていた。
ネオンは空気が張り詰めてきたのを感じ、恐る恐るブリジットに話す。
「ね、ねえ、ルイザさんたちも一緒にお茶を飲もうよ」
「なぜですか」
「な、なぜって、あんなに羨ましそうな顔をしてるから……。きっと、ブリジットのお茶とお菓子を食べたいんだよ」
「放っておきましょう。ネオン様と二人で過ごす貴重な時間を譲るつもりはありませんのでね」
ブリジットは気にも留めずカップを呷る。
(ネオン様との二人っきりの時間……何人たりとも渡しません。領地の発展に伴ってライバルが増えているようですからね)
目下の所はスパイ三人だ。
ジャンヌもその場にいれば揃って歯軋りしていたであろうが、今は地底エルフとともに浄化された土を愛でる時間だった。
穏やかでありながらどこか緊迫感のあるティータイムが終わり、午後の作業を始めようと思ったとき。
ネオンは領地の外から、ぴょんぴょんと水色の何かが跳ねてくるのを見つけた。
「あれ? なんかこっちに近づいてるよ」
「左様でございますね。魔物の可能性もありますし、私たちも近くに参りましょう」
ブリジットと一緒に歩き出すと、スパイ三人もついてきて、仲間の領民も「なんだなんだ」と後に続いた。
近づくにつれ、謎の生き物は球体であることが何となくわかり、思ったより小さいこともわかった。
感じられる魔力のオーラや威圧感は弱いものの、警戒心は怠らず様子を窺う。
その正体が明らかとなった瞬間、ネオンはブリジットたちと一緒に激しく驚いた。
「「ウ、ウニ猫妖精!?」」
彼らの前に現れたのは、猫耳と短い尻尾が生えたスライムのような身体から、ウニを思わせる短い針が生えた妖精だ。
直径10cm程度の手の平サイズ。
意外にも針は柔らかく、触ると全身がぷるぷると震える。
身体の色は黄色意外にも多種多様な色合いがある。
愛らしい見た目と大人しい性格も相まって、非常に人気のある生き物だった。
戦闘能力は弱いものの身体を覆う特殊な魔力のおかげで、飛び地の悪質な瘴気にも耐えられたのだ。
今は乱獲により数を減らしており、アルバティス王国でも三大超大国でも、滅多に見られないため、このような場所で出会えるとはネオンも誰も思ってもいなかった。
水色のウニ猫妖精は先頭にいたネオンの前で止まると、ぴょんぴょんと忙しなく跳ねる。
『ぼくはウニ猫妖精のオモチって名前ウニ! 人間さんたち、助けてほしいウニ! 近くにあるぼくたちの住み処が盗賊団に襲われちゃったんだウニー!』
切羽詰まった言葉と状況に、ネオンはブリジットや領民たちと顔を見合わせる。
すぐに真剣な顔となり、オモチに言った。
「僕はネオン・アルバティス、この土地の領主だよ。詳しく教えて!」
『ありがとウニ! ぼくたちの住み処は東にあって……』
オモチは現在の状況を端的に話す。
ここから東に2kmほど離れた場所に小高い丘があり、ウニ猫妖精の住み処もそこにあった。
だが、数日前に総勢100人ほどもいる人間に襲われ、仲間はみんな捕まってしまった。
盗賊団は大規模な拠点も作っているとのことだ。
オモチは俯きながら言葉を続ける。
『助けを求めようと飛び地を探していたら、豊かなこの場所を見つけたんだウニ。ぼくは寸でのところで逃げられたけど、他のみんなは捕まってるウニ……。このままじゃ、売り捌かれてバラバラになっちゃうかもしれないウニよ』
領地の中を重い沈黙が包む。
――善良な妖精を乱獲するなんて……絶対に許せない。
ネオンはオモチを手の平に乗せると、真剣な表情で言った。
「安心して、オモチ。僕たちが絶対にウニ猫妖精のみんなを助けるよ」
『本当ウニか!? ありがとウニ!』
「ネオン様がいらっしゃれば、盗賊団などあっという間に蹴散らしてくださいます」
ブリジットも当然のように話し、スパイ三人も気合いを入れる。
「はっ、どこに行っても盗賊やら山賊はいるだけで迷惑だな。ぶちのめしてやる」
「ウニ猫に限らず、妖精の捕獲及び乱獲は大陸全土で禁止されているよ。まったく、許せないね」
「放っておくと領地まで襲われる可能性があります。先に倒してしまいましょう」
スパイ三人に限らず、他の領民も盗賊団の討伐とウニ猫妖精の救出に賛成してくれた。
――ありがとう、みんな……!
ネオンは感謝の言葉を述べ、領地全体に指示を出す。
「盗賊団がいつ飛び地を立ち去るかわからないから、今すぐ行ける人たちだけで救出に向かいましょう! 準備をお願いします!」
ネオンが領民に指示を出し準備を進めていると、ジャンヌが地底エルフとともにこちらに来た。
『お~い、どうしたんじゃ~? ……おっ、ウニ猫妖精じゃないか。可愛いヤツじゃ~』
「実は今、盗賊団に住み処が襲われていて……」
ネオンは彼女たちにも、ウニ猫妖精の現状を伝える。
『……なるほど。相変わらず、人間には邪な心を持ったヤツがいるもんじゃな。ネオンみたいな優しい人間ばかりじゃったらいいのにの。……よし、そういうことなら、領地の留守は妾たちに任せておけ。もし、盗賊団の別働隊が来ても、領地には指一本触れさせないぞ』
「ありがとうございます、ジャンヌさん。よろしくお願いします」
飛び地の守りは、ジャンヌ以下地底エルフ一同が喜んで引き受けてくれた。
領民たちの準備も終わり、ネオンは号令をかける。
「では、ウニ猫妖精の救出に行きましょう!」
「「了解!」」
ネオンはオモチを抱えながら、総勢30人近くの仲間とともに東へと駆ける。
□□□
オモチに案内されながら十分ほども走ると、ネオンたちは小高い丘を視界に捉えた。
およそ200m先だ。
雨により瘴気が下方に流れるので、他の場所より若干だが瘴気の影響が少ない。
カシャムたちは拠点を作るのに適した場所を選んだと言える。
ネオンたちは徐々にスピードを落とし、大岩の影から様子を窺った。
大事に抱えられたオモチが、真剣な表情で話す。
『仲間が捕まってる檻は、ちょうど丘の真ん中にあるウニ』
「なるほど……」
前方からしか見えないが、丘の上にはちらほらとテントなどの野営設備の一端が確認された。
――領地のこんな近くに盗賊団の拠点があったなんて……。襲われる前に倒さなければ。
そう思いながらネオンが見ていると、丘の上に人影が現れた。
遠目からはよく見えないが、何かゴミらしき物を捨てまた戻る。
人影が消えた瞬間、ブリジットが険しい顔で言った。
「ネオン様、少々厄介な事実が判明いたしました。おそらく、盗賊団は王国が指定する特定危険集団"夜鴉の翼"と思われます。先ほど出てきた盗賊の胸に、ヤツらの証である鴉の紋章が見えましたので」
「「"夜鴉の翼"!?」」
ブリジットの話を受け、ネオンたちは驚きの声を上げる。
――"夜鴉の翼"って、あの有名な盗賊団だ……!
アルバティス王国でも国が危険性を指定するほどの組織であり、人数もおよそ100人と大規模だ。
エルストメルガ帝国、カカフ連邦、ユリダズ皇国のならず者が集まってできた一大盗賊組織。
オモチたちに紋章の意味などはわからなかったので、ここにきて初めて盗賊団の詳細な情報が明らかとなった形である。
「それにしても、ブリジットはよく見えたね。200mも離れているのに」
「日頃から鍛えておりますから。ネオン様を常に見つけるために」
「そ、そっか」
ネオンは新たな情報を加味して作戦を練る。
敵の規模を考えるとジャンヌたちもいた方がよかったかもしれないが、別働隊の可能性も十分に考えられる。
彼女たちが領地を守ってくれていると思うと、それだけで安心できた。
ネオンはしばし思案した後、一つの作戦を思いついた。
「四組に分かれて、攪乱作戦を行いましょう」
まず、ルイザ組とベネロープ組が二方向から、派手な攻撃で奇襲を仕掛ける。
"夜鴉の翼"が混乱に陥った後、ネオン、ブリジット、オモチが丘に侵入して檻を破壊。
ウニ猫妖精を救出してから、戦闘に加わる。
キアラ組は序盤は後方支援に徹し、解放されたウニ猫妖精たちを保護した後、戦闘も援護する……という作戦だ。
「……どうでしょうか、みなさん」
みなを見渡して意見を煽ぐと、スパイ三人が代表して答えた。
「もちろん、賛成だ。よく練り上げられた作戦だと思う」
「ここにいるみんなの力が活かせるね」
「とても合理的な作戦でさすがですわ、ネオンさん」
反論する人は一人もおらず、即座に作戦が始動した。
堂々と指示するネオンを見てブリジットは心の中でさめざめと泣く。
(いつの間にか、こんなに立派になられて……うっうっ)
「……どうしたの、ブリジット」
「何でもございません。では、さっそく私たちも準備しましょう……《迷彩》」
ブリジットが迷彩魔法を発動し、ネオンたち三人の姿は周囲に溶け込む。
存在を消して檻まで近寄るのだ。
「うわぁ、すごい。身体が半透明になった」
『不思議な感覚ウニ』
簡単とするネオンとオモチに、ブリジットは注意点を伝える。
「《迷彩》の発動中、他の魔法は使えません。《迷彩》に消費する以外の魔力を少しでも使うと解除されますので、姿を消せるのは檻の手前までですね」
「わかった、十分に注意するよ」
『ぼくも静かにジッとしてるウニ』
制約はあるものの互いの姿は見えるので、非常に便利な魔法だなと思った。
準備が完了し、ネオンたちも駆け出す。
駆けながら、とある異変を感じ取った。
――……肌がピリピリする。
この辺りはまだ開拓が進んでおらず、瘴気の影響が色濃く残る。
蒸発した瘴気によりピリつく肌や凹凸の激しい地面に、"捨てられ飛び地"を訪れた当初の記憶が思い出された。
静かにかつ迅速に走り、ネオンたち三人は丘の裾野に辿り着いた。
数十秒も経たぬうちに爆炎と雷鳴が轟く。
同時に、丘の上から警鐘と男たちの怒号が激しく鳴り響いた。
「「敵襲だ! 武器を取れ!」」
予定通り、ルイザ組とベネロープ組の攻撃が始まったのだ。
ネオンはオモチを抱え、ブリジットと一緒に駆け出す。
「(行くよ、二人とも!)」
「(承知しました!)」
『(仲間を助けるウニ!)』
右往左往する盗賊に接触しないよう、細心の注意を払いながら丘の中央に走った。
大部分はルイザ組とベネロープ組が引きつけてくれたが、檻の周囲にはまだ10人ほどの盗賊たちがいる。
ブリジットが剣を抜きながらネオンに目配せする。
「(私が道を開きます)……<斬撃連>!」
「「な、なんだ、この女! どこから来やがった!」」
姿を現すと同時に、無数に生み出された魔力の斬撃が盗賊を襲う。
――ありがとう、ブリジット!
彼女が盗賊を倒している間に、ネオンとオモチは檻の前に辿り着いた。
鋼鉄製の頑強な檻。
ご丁寧に、防御の魔法陣が全体に展開されていた。
ネオンは素早く術式を観察し、自分の知識と照合する。
――王宮にあった金庫と同じタイプの魔法陣だ。魔法無効化の術式。……となると、等級は最低でも超上級はあるってことか。
鋼鉄という素材も踏まえると、ネオンの予想通り超上級の魔導具であった。
檻の中には、赤や青、緑にピンクといった色取り取りのウニ猫妖精たちが捕まっている。
みな、ぴょんぴょんと跳ねてこの騒動に驚いていた。
『何があったウニー! 火が出てるし雷も鳴ってるウニー!』
『ドラゴンの襲来ウニかー!? 食べられちゃウニよー!』
ネオンは彼らを安心させるため、全身に魔力を巡らせ正体を現す。
「僕はネオン! 君たちを助けに来たよ!」
『『えっ、いきなり人間さんが出てきたウニ!? そして、なんでオモチが!?』』
『この人たちは味方ウニ、みんなを助けに来たウニよ!』
『『オモチが呼んだ助けだったウニね~! ありがとウニニ~!』』
一瞬混乱は起きたものの、すぐにオモチが取り持ってくれ場は収まった。
「今檻を壊すから動かないでね……<一閃>!」
ネオンが<神裂きの剣>を振るうと、鋼鉄製の檻はいとも簡単に切断された。
わらわらとウニ猫妖精たちが出てくる。
『『助けてくれてありがとウニニ~!』』
『跳ねてないで、ぼくについてくるウニ! まだ盗賊団の真ん中ウニよ!』
すかさずオモチが彼らに呼びかけ、仲間を先導する。
ウニ猫妖精たちはぴょんぴょんと跳ねながら、奇襲の反対側で待機するキアラ組の下に向かう。
盗賊は少ないが、数人が脱走に気づいた。
「おい、妖精どもが逃げるぞ! 捕まえろ!」
「させません! <光矢>!」
「わたくしたちも援護するのです!」
すかさず、ブリジットと控えたキアラ組が遠距離魔法で援護し、盗賊たちを寄せ付けない。
無事、ウニ猫妖精たちが合流して一緒に丘を下るのが確認できた。
ネオンは彼らを見送ると、剣を構え直してブリジットに話す。
「後は、盗賊たちを倒すだけだね。ルイザ組とベネロープ組を反対側において、挟み撃ちを狙おう」
「ええ、そうしましょう。彼女たちは強いですが、人数差を補わないといけません……ネオン様、私の後ろにお下がりを!」
立ち回りを相談したところで、風の鋭い衝撃波が襲い掛かってきた。
ブリジットが弾き返し、ネオンは攻撃の方向を睨む。
周囲の乱闘など気にも止めない様子で、二人の男がこちらに近づいていた。
一人は長い槍を携えた痩身の男。
オールバックにした茶髪と、鋭い目つきから鷹のような印象を受けた。
もう片方は短い赤髪と左目の三本傷、身に着けた重厚な鎧が威圧感を与える。
肩に担いだ大きな斧から、先ほどの攻撃の主はこの男だと想像ついた。
ネオンは戦闘態勢を崩さぬまま、赤髪に問う。
「お前がリーダーか?」
「ああ、そうだ。よくわかったな。"夜鴉の翼"を仕切ってるカシャムだ。こっちはナンバー2のライアン。よろしく」
カシャムは適当に返すと、ネオンに不敵な笑みを向けた。
「お前がネオン王子か。絵で見たとおり、父親に似てない野郎だ。くくっ、王様はお前の死を待ち望んでいるぜ」
その言葉に、ネオンは微かな違和感を覚える。
「……父上と会ったことがあるの?」
「会ったも何も、お前の殺人を直接依頼されたんだよ。実の父親に恨まれるなんて、けったいな息子だな。まぁ、おかげで大金がゲットできたぜ。ありがとな」
「ウニ猫妖精の乱獲も父上に依頼されたこと?」
「いや、違う違う。単なる副業さ。あいつらが飛び地に住んでいる噂を聞いて、ついでに檻を用意して捕まえたんだ。……そうだ、お前には檻の弁償代も払ってもらわねえとなぁ」
静かに聞くネオンは、自然と表情が険しくなった。
――父上が僕を殺そうとしているなんて……。
悲しみやショックがなかったと言えば嘘になる。
だが、それ以上に、領地やウニ猫妖精たちに危険が及んだことに強い怒りを感じた。
「ブリジット、あいつは僕が倒すよ」
「……承知いたしました。では、私は隣の盗賊を」
ブリジットはネオンの心中を察し、ライアンの討伐を引き受けた。
決心を固めた様子を見て、カシャムは含み笑いしながら斧を構える。
「くくっ、王子様のお坊ちゃんが戦いなんてできるのかね。俺は動かない檻とは違うぜ?」
「誰が何と言おうと、僕はお前を倒す!」
ネオンはブリジットとともに力強く駆け出した。
今ここに、決戦の火蓋が落とされたのだ。
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