第1話:転生王子、追放され前世を思い出す
「ネオン様のスキルは…………ありません。女神様から授からなかったのです……」
アルバティス王国の宮殿にある"王の間"。
まさかの事態に震えながら告げた神官の声が、空虚に響いた。
十二歳で迎えた"スキル判定の儀"で告げられた言葉に、ネオンは強い衝撃を受ける。
――ス、スキルがないってどういうこと!?
使用人も神官も誰も話さぬ中、アルバティス王は大きなため息を吐いて、末の息子たるネオンに歩み寄った。
「……これは悪いニュースだな。さすがの我が輩も、スキル無しの息子を持つとは思わなかった。天が我が輩に与えた崇高な試練か? ……まったく、冗談も休み休み言ってくれ。まるで、ゴブリンがドラゴンを倒すくらいの冗談だ。お前もそう思うだろう、無能な愚息のネオンよ。なぜ王族でありながらスキルがないんだ?」
「も、申し訳ありません」
「申し訳ありません……か。ただ謝るなんて誰でもできる簡単な仕事だ。だが、謝ったところで現実は変わらない。……お前はなぜスキルが無いんだと、聞いている! どうなんだ、答えろ! この頭に何が入っているのか、かち割って確かめてやろうか!?」
「やめてください、父上! 人差し指を頭に押しつけないでください!」
ネオンは父親から、拳銃のように構えた右手をぐりぐりと頭に押しつけられる。
エセハリウッド感のあふれる大仰なやりとりに、ネオンは以前からずいぶんと疲弊していた。
そんな彼を見ながら、ニヤニヤと歩み寄る男が二人。
「おいおい、勘弁してくれよ。実の弟がスキル無しなんて恥ずかしくて外に出れねえだろ。俺っちの姿が見えないと太陽が心配しちまうぞ」
「お前のせいで俺っちの経歴に傷がついたらどう責任を取ってくれるんだ? もしそうなったら、損害賠償を請求させてもらうからな」
「ミカエル兄さんにエドワード兄さん!」
ネオンの双子の兄たち。
二人とも金色の長髪で、ミカエルは右目を隠しエドワードは左目を隠す髪型だ。
彼らもエセハリウッド感あふれるセリフと行動で、末っ子のネオンをいじめるのが趣味だった。
ネオンは罵倒されるものの、心のどこかで納得していた。
――でも、父上や兄さんが僕を否定するのもしょうがないか……。スキル無しの王族なんて、王国史上初めてなんだから……。
この世界では限られた血筋の者に、"スキル"と呼ばれる魔法でも実現できない特別な力が女神から授けられる。
血統の影響が強いので、必然的に王族や貴族に多いのだ。
俯くネオンに、アルバティス王は長い髭を撫でながら敢えてゆっくりと話す。
「とはいえ、我が輩も悪魔の血が流れているわけではない。居場所をプレゼントしてやろう。今日をもって、お前を"捨てられ飛び地"の領主に命じる!」
「えっ……!」
アルバティス王国は、世界を代表する三つの超大国に囲まれた”飛び地”を持つ。
国力を比べたら王国は弱小もいいところで、抵抗はおろか開拓や統治さえ諦めていた。
地中深くまで瘴気に侵され、人や動物はおらず、蔓延るのは強力な魔物のみ。
主権は王国だが、超大国群は勝手に緩衝地帯として扱う始末。
ついた呼び名が"捨てられ飛び地"だ。
瘴気に汚染され、周囲は超大国に囲まれた土地。
とうてい生き残るなど不可能であり、実質は追放だった。
「お、お待ちください、父上! あまりにも環境が悪すぎます! それに、領民もいないのに領主だなんてどうすれば……!」
「その不満と苦情しか生み出さない口を閉じろ、ネオン。お前に拒否権はない。もし拒絶すれば、我が王国の秘術――"魔神招来"の贄とする」
「そ、そんな…………ぅぐっ!」
諸々のショックを受けた瞬間、ネオンの頭は雷が落ちたような激しい衝撃に襲われた。
流れ込む前世、日本での記憶に、意識を保つので精一杯だ。
――……そ、そうだ! 僕は……転生者だったんだ!
自分は日本の大学で、古来の神器を発掘する考古学の研究者として働いていた。
ある日、発掘現場での事故から部下の女性を守った結果、重機の下敷きになって死んだのだ。
その後、なぜかアルバティス王国の末っ子王子として転生、今に至る。
転生者ならば、父と双子兄のエセハリウッドなセリフとやりとりに、妙な既視感があったのも頷けた。
同時に、ネオンは考えを改める。
――むしろ、追放は良い機会かもしれないね。宮殿に僕の居場所はなかったから……。
亡くなったメイドを母に持つネオンは、その出自から父や双子兄、使用人にまで虐げられていた。
唯一、優しい第一王子だけは味方だったが、今は他国に留学中だ。
走馬灯のように流れ込んだ前世の記憶にフラいていると、アルバティス王は勝ち誇った表情で問うた。
「で、どうするんだ? 先ほども言ったが、お前に拒否権を行使する権利はないからな」
「承知いたしました。領主を拝命いたします」
「ふんっ、それでいい。せいぜい、楽に死ねるよう天に祈っておくことだ。なお……」
わざとらしく言葉が切られた後、ドヤ顔で告げられた。
「飛び地でお前が何者かに捕らえられ死亡あるいは危害を加えられても、我が輩たちは一切関知しない」
――関知してよ。
とネオンは思い、
――インポッシブルなミッションを命じる当局か!
とも思った。
"捨てられ飛び地"と王国は、宮殿地下にある"転送の間"で繋がっている。
そこで転送されるのだ。
もちろん、一方通行なので帰ってはこれない。
――それにしても、"捨てられ飛び地"の領主か……。
前世の記憶は戻ったが、不安がないと言えば嘘になる。
心配と緊張とを胸に、ネオンは地下へと向かう。
宮殿の魔法使いたちが魔法陣の準備を終え、すぐに転送の瞬間が来た。
ネオンの傍らには双子兄がおり、乱暴に突き出す。
「ほら、地獄への道しるべだ。止まるんじゃねえぞ」
「捨てられた者同士お似合いじゃないか。いくらお似合いでも土地と結婚なんて止めてくれよな」
双子兄は「見送り」と称して、"王の間"からずっとネオンの傍にいた。
ネオンは魔法陣の中央に立ちながら推測する。
――兄さんたちがわざわざここまで来たのは、僕に旅立ちの準備をさせないためだ。
概ね予想通りであり、そのせいで食糧や武器など何も用意できなかった。
魔法使いが魔力を込め、いよいよ転送かと思ったとき凜とした声が響いた。
「お待ちください」
聞き馴染みのある声に思わず振り向くと、深紅の姫カットに、碧と蒼のオッドアイをした美しい女性がいる。
自分の専属メイド――ブリジットだ。
「ブ、ブリジット!? どうしたの!?」
「私もご一緒いたします」
「えっ、ご、ご一緒……!?」
混乱するネオンを置いて、ブリジットは魔法陣に歩み寄る。
が、双子兄が立ちはだかった。
「ヘイ、待ちな。そんなガキ放っておいて俺と茶でもしようぜ」
「抜け駆けはよくないぜ、兄弟。この女の所有権は俺にある」
ブリジットは宮殿内でも最高峰の美貌であり、双子兄は以前から目をつけていたのだ。
彼女は冷めた目で二人を眺めると、淡々と告げた。
「二人揃ってようやく半人前の王子など、私がつくべきお方にはなりえません」
「「なんだと!?」」
「失礼いたします」
ミカエルとエドワードはしばらく、ハリウッドな罵詈雑言を叫んでいたが、ブリジットはまったく意に介さず隣に立った。
「お待たせしました、ネオン様。さあ、参りましょう」
「で、でも、本当にいいの? 僕が行くのは、あの"捨てられ飛び地"だよ?」
そう心配するネオンの手を握ると、ブリジットは笑顔で応えた。
「場所などどこでも構いません。私はネオン様の隣にいられれれば、それでいいのですから」
「ブリジット……ありがとう……」
ネオンもまた笑顔で手を握り返す。
一方、双子兄はキラキラを披露され、さらに自分ではなく無能なはずの弟を選ばれたことに、強い憤りを感じた。
「おい、魔法使いども! さっさと転送しろ! こいつらを地獄の底に突き落としてやるんだよ! HAHAHA!」
「あの土地を開拓なんてできるわけねえ! せいぜい仲良く干からびて死んでくれや! HAHAHA!」
双子兄の高笑いを残し、ネオンとブリジットは白い光に包まれ転送された。
□□□
眩しさが収まると、二人は広大な荒れ地にいた。
見渡す限りのひび割れた大地に、枯れ果てた草叢や木々が申し訳程度に生える。
「ここが"捨てられ飛び地"か……。本当に世の中から捨てられた場所みたいだ」
「噂以上の荒れた土地でございますね」
周囲を見ながら、ネオンの表情は硬くなる。
しかも、荒れているだけではなく……。
「なんだか肌がピリピリするね」
「ええ、瘴気の影響と思われます」
飛び地は土に染み込んだ瘴気が常に蒸発するため、通常の生物にとっては生存が厳しい環境だ。
本で読んだ知識を実感するとともに、逆に気が引き締まった。
せっかく貰った二度目の人生。
悔いなく楽しく生きるため、ネオンは決心した。
「ブリジット、僕は二つの目標を決めたよ。一つ目は、絶対にこの荒れ地を開拓して、王都以上の立派な領地にしてみせる」
「! 立派です、ネオン様! それでこそ、国を……いえ、世界を導く王子でございます!」
「あ、ありがとう。まぁ、周囲の超大国に目をつけられないよう目立たずに、だけど」
飛び地は三つもの超大国に囲まれているので、目立ちすぎると侵略されそうで怖いのだ。
なので、こっそり発展させようとネオンは思った。
大歓喜するブリジットに少しずつ恥ずかしくなり、こほんっと咳払いする。
「二つ目は……」
そこまで言って、ネオンは自分を慕ってくれる大切なメイドを見た。
「ブリジットが快適に暮らせる領地にもしたい」
「えっ……? それはどのような意味で……」
「だって、僕の専属メイドってことで、ずっと宮殿で辛い思いをさせてしまったから。誰よりも良い暮らしをさせてあげたい。主たるもの、みんなの暮らしを一番に考えるべきなんだ」
ブリジットは元伝説級冒険者という背景のため、宮殿内でイジメに遭っていた。
ネオンが庇ううちに彼の専属メイドとなったが、より立場は悪くなってしまった。
当の本人はまったく意に介さなかったのだが、ネオンは歯がゆい思いだった。
素直な気持ちを告げたものの、ブリジットは何も話さない。
――な、何か変なこと言っちゃった……?
不気味に脈打つ心臓を胸に、ネオンはとりあえず謝ることにした。
「あの、ブリジット……ごめ……」
「ネオン様! 一生ついてまいります!」
「もがっ……!」
抱きつかれ、小柄なネオンは彼女の胸に埋もれてしまう。
窒息する寸前、どうにか顔を出せた。
「だから、僕は頑張ろうと思……うわっ!」
「ネオン様の身体が……!」
突然、ネオンの身体が眩いほどに光り輝いた。
――こ、これは……もしかして、スキル発現の光!?
アルバティス王はネオンの誕生した時刻を正確に覚えておらず、"スキル判定の儀"は数時間ほど早かった。
つまり、ネオンはたった今12歳を迎えたのだ。
スキルが強いほど発現の光は強くなる。
ブリジットは目も開けられないほどの眩しさに確信した。
(ネオン様は……私のために無理やりスキルを発現してくださったのですね! 途方もなく強力なスキルを……!)
彼女が激しく勘違いする一方で、ネオンは頭に流れ込むスキルの知識に驚いていた。
【神器生成】
能力:どんな等級の素材からでも神の如き力を宿す、神器を生み出せる力。神器は生成主の意に反する使い方をしたり、所持したまま生成主から一定距離(およそ500m)離れると死より苦しい制裁を与える。
※生成主を信頼しながら過ごした時間が一定時間を超えた存在は、制裁対象から外すことができる。
――神器を作れるなんてすごい! 僕にピッタリのスキルだ! でも、"制裁"ってのが恐ろしい……。ブリジットは例外になるんだろうか?
ネオンがブリジットをジッと見ると、彼女の頭の上に【制裁対象から外す YES/NO】という文字が浮かんでいた。
YESと念じると、【制裁対象から外されています】という表記に変わった。
強い道具には相応のリスクがあるんだな、などとぼんやり思う。
とはいえ、今はブリジットしかいないことだし、領民が増えても注意点を伝えれば大丈夫だと考えた。
「僕のスキルは【神器生成】というクラフト系だったよ」
「【神器生成】ですか! それはまた強そうな素晴らしいお名前です!」
「まずは僕たちの家を作ろうと思うんだ。木の枝とか土とか材料が必要なんだけど、集めるの手伝ってもらってもいい?」
「もちろんでございます。私とネオン様の新居……ぐふふ」
ネオンが木の枝を折り小石を拾う間に、ブリジットは何本もの樹を剣で切り倒し、岩を素手で砕き、すぐに素材は集まった。
種々の素材の前に立ち、精神を集中させる。
――やり方はもうわかっている。頭の中で作りたい物をイメージして、魔力を込める。
瘴気も遮断して快適に暮らせる広い家が欲しい。
深呼吸した後、一気に魔力を込めた。
「《神器生成》!」
木材と岩石が白い粒子になり、また別の形に姿を変える。
十秒も経たぬうちに、二階建ての立派な屋敷が現れた。
<ネオンとブリジットの家>
等級:神話級
能力:瘴気を遮断する機能がある家。神話級以下の攻撃ではビクともしない堅牢な造り。4LDKの二階建て。お風呂や洗面台など、日常生活に必要な部屋もだいたい揃っている。
この世界の等級は、下からゴミ級、超低級、低級、中級、上級、超上級、伝説級、そして神話級と分類されている。
一般的な家庭用回復ポーションが概ね低級で、飛び地で採取した木の枝はゴミ級、国宝に認定される魔道具でやっと伝説級だ。
二人に物の等級などはまだ把握できないが、それでも極めて立派な家であることは明白だった。
ネオンはブリジットと一緒に家に入ると、即座にとある変化を感じ取った。
「肌がピリピリしないね!」
「さすがです、ネオン様! この家は瘴気を遮断しているのです! こんな素晴らしいスキル、王国にも……いえ、世界中どこにもありません!」
「ありがとう、どうにかできて……もががっ!」
また彼女の胸に埋もれてしまうわけだが、ネオンはスキルが使えて嬉しい。
――何はともあれ、うまくできてよかった!
神器生成が終わったところで、ネオンはブリジットに制裁の件を伝えた。
「……というわけで、ブリジットは対象から外してあるからね。大丈夫だと思うけど、一応注意してほしいんだ。何か異常を感じたらすぐ教えて」
「ありがとうございます、ネオン様。私は常にネオン様の半径2m以内におりますので、問題ないと思われます」
「あ、ありがとう、そうだったね。でも、お……」
「では、お食事にいたしましょう」
ブリジットが宮殿から隠し持ってきてくれた食糧で食事を済まし、早めに就寝することになった。
……のだが。
「ど、どうして、ブリジットが僕のベッドにいるの……!?」
家には彼女の寝室もあるのに、当の本人は当然のようにネオンのベッドに入り込んできた。
「飛び地に来たからといって、宮殿での習慣を止める必要はございません」
「こんな習慣なかったような……」
「気のせいでございます。それではおやすみなさいませ」
ブリジットは端的に告げると、すやすやと眠ってしまった。
こうなるともう彼女は自分の意思でないと起きない。
ネオンは諸々の柔い感触と良い匂いにドキドキしつつも、そっと目を閉じる。
今日は本当に色々あったな、と。
――思ってもない追放だったけど、明日が楽しみなのはいいな。この調子でどんどん領地を発展させるぞ。……目立たないようにね。
そう思いながら、久し振りの心地よい眠りに就いた。
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