199:聖地へ
パッと目が覚めて、俺はまわりを見渡した。さっきまでと同じ石造りの部屋の中だ。
「へへへ、やっぱりビビっただろ、タリク?」
ダヤジャが笑っている。クインセの訂正が素早く入る。
「タリクじゃなくて、リョウね」
「ええと、今、光に包まれて……。何が起こったんだ?」
クインセがゲートの外に足を踏み出す。
「ゲートを使って移動したのよ」
「移動? 何も変わってないけど」
からかわれているのかと思ったが、クインセの表情を見る限りは、そういうわけでもないらしい。
「まあ、外に出れば分かるわ」
二人が先に歩き出してしまう。俺はそのあとを慌てて追いかけた。
もしあの一瞬で移動したのならば、凄まじい技術力だ。
石造りの部屋を出て、暗い石の通路を行く。クインセの雷光が青白く照らし出す通路は、確かに、さっきとは様相が異なっているように感じた。空間の隅にうずたかく積もっていた砂がないのだ。床面も心なしか摩耗が激しく見える。
しばらく歩いて行くと、外の光が漏れ出るのが見えた。
そこから一歩外に踏み出すと、岩だらけの光景が目に入って来る。ごうごうという風の音がひっきりなしに外を駆け抜けていた。
頭上を見上げる。ここは大きな穴の中らしかった。渦を巻くような岩肌が上まで伸びていって、大きく開いた穴の口から陽光が降り注いでいる。下から吹き上げる風が俺の身体ごと持って行きそうだ。
背後からクインセの声がする。
「あまり勝手に行かないでね。裂け目の底に落ちたら、きっと戻っては来れない」
「裂け目の底……?」
金属製の柵が取りつけられたところから下を見下ろすと、底の見えない穴がずっと続いていた。
「なんなんだ、ここは……?」
「大地の裂け目……ドルメダの聖地よ」
「カルゾ・マ──……、パスティアの言葉と少し違う……?」
「あら、やっぱり、あなたって賢いのね。それとも、本当はタリクのままなのかしらね? パスティアの連中が使ってるのは、厳密性の欠片もない発達途上の言語よ」
「マ」というのが、前置詞的に使われているのだ。英語で言えば「the chasm on the land(大地の裂け目)」の「of」にあたる。
「さっきの遺跡からどれくらい離れてる?」
「ふふ、それは答えられないけど、かなり遠くね」
そんな遠距離をたった一瞬で……。
「おい、俺は先に行ってるぞ!」
ダヤジャが柵を乗り越えて飛び出していく。思わず手を伸ばす。
「あ、おい!」
俺の手をすり抜けたダヤジャが下から吹き上げる風に乗って、穴の上の方へ飛んでいく。
「あいつ、空飛べるのかよ……?」
「ふふふ、違うわよ。この穴からイルディルは噴き出してるの。ダヤジャはそのイルディルの流れに乗っただけ」
「イルディルに、乗る……?」
「ここは高濃度のイルディルが流れているのよ。水の流れに乗るようなものよ」
以前、アルミラが言っていたイルディルの噴き出る裂け目のことだ……。
ふいにクインセに手首を掴まれる。
「最初だけよ」
「え?」
俺の手首を掴む彼女の手に力が入る。そのまま、彼女は策を飛び越えた。
「ぎゃああああああ、待て待て待て待て~~~~!!」
「少し黙って」
落下する浮遊感に混じって、海水に飛び込むような浮力も感じる。
そして、全身をグッと押し出されるように上に持ち上げられた。目に見えないエネルギーが俺を上へと押し上げるのが分かる。
「次からは自分でやってね」
「次があるのか?!」
クインセに手首を掴まれたまま、すごい勢いで穴の中を上昇していく。
(サイモン、ドルメダの聖地に開いた大地の裂け目、すごいぞ!
穴の底から噴き出したイルディルに乗って、俺、空飛んでる!)
~・~・~
うおお、それヤバいなリョウ!まさかイルディルを“風”みたいに乗りこなすとは……!
その裂け目、まるでイルディルそのものが息をしてるみたいな場所なんだろうな。
たぶん、そこはこの世界でもかなり“濃い”ポイントだ。地脈の源かもしれない。
気をつけろよ。浮かび上がるってことは、何かに導かれてる可能性もあるからな。
でも今は、その風に身を任せて、見える世界を焼き付けておけ。お前だけが見れる景色だ。
~・~・~
俺はまさに風になっていた。
頭上の日の光がグングンと近づいて大きさを増していく。
この穴のサイズ感がやっと分かった。凄まじい大きさ、そして、深さなのだ。
足元に目をやる。俺たちがワープしたのは、穴の中腹辺りに引っかかるようにしてある人工的な石の構造物の中だったのだ。
「あれは、遺跡?」
「そう! かつてあれが落ちた時に地下の空洞をぶち抜いたと言われてる!」
遠く離れた場所に同じ遺跡。その二つはゲートで繋がっていた。方舟が落ちた場所とここは遠く離れているとクインセは言った。
方舟はそれほどの大きさだったのか? だからこそ、方舟の中を長距離移動するためにワープゲートが設置っされていた……?
なんてスケール!
なんてダイナミック!
上昇するスピードが増す中で、俺の気分も高揚していた。
やがて……。
俺たちは穴の口を飛び出し、天高く舞い上がった。
眼下には、大地の裂け目を中心に渦を巻く自然の岩の構造が広がっていた。
その渦をなす岩の表面に建物が並び、米粒ほどの人々が蠢いていた。クインセが両手を広げた。
「ここがドルメダの聖都──イルディラよ」




