118:大義名分による暗殺説の検証
サイードが帳簿を抱えて待合場所にやってきた。
その傍らには、見慣れたスキンヘッドの男……。
「いまさら来ても遅いんだよ、レイス。頼んでおいたお前の仕事を私らがやってるんだぞ」
ナーディラが辛辣な言葉を投げつけると、レイスは不服そうに目を細めた。
「こっちはいくつかの仕事を少ない人数でやっているんだ」
「フン、そりゃあ、お前の人望のなさが原因だろうが」
レイスは痛いところを突かれたように黙りこくってしまった。サイードが苦笑いで口を開く。
「『フォノア』の鍵の所有者、すなわち、利用契約者についてまとめたものを持ってまいりました。レイス様とはちょうどそこでお会いしたのですよ」
サイードは俺たちの座る長椅子の目の前に置かれたテーブルに帳簿をそっと置いた。彼の開いたページに整然と名前が並んでいる。
「現在、利用契約を結ばれているのは全部で三十二名でございます」
「多いですね……。ん? この“返却済み”と書かれているのは?」
「それは利用契約を終えた方々でございます。その方々からは鍵を返却いただいております」
利用契約者の中には、ジャザラの名前もある。
「サイードさん、ここの契約を結んでいなくても、契約者に招待されれば入ることはできますか?」
「もちろんでございます」
「つまり、ジャザラと一緒にいた奴はここの契約者じゃない可能性もあるのか」
ナーディラがため息をつく。その通りだ。レイスが顎をさすりながら持論を述べる。
「だが、利用予約を残している以上、その人物はここの利用契約者であることは明白」
「だから、ジャザラに予約をさせて、そいつは部外者の立場から昨夜の会合を設定したのかもしれないってことだ」
ナーディラが睨みつける。レイスは相変わらず不服そうだ。
「その前に、まずはせめて“ジャザラ様”と呼べ」
「はあ? そんな言葉しか返せないってことは私の考えへの反論ができないってことじゃないのか?」
「減らず口を……!」
「二人とも、喧嘩ならよそでやってくれ……」
なんでナーディラはこうも喧嘩っ早いのか……。
帳簿に目を戻す。「フォノア」の利用契約者には、ルルーシュ家の名前も連なっている。第二大公公子だというルルーシュ・ラビーブの名前が見える。
「ラビーブさん……ルルーシュ家の継承権を持っている人だな」
「犯人としての条件は満たされるな」
「どういう意味だ?」
レイスの顔が横合いからにゅっと出てきて、ナーディラは悲鳴を上げた。
「急に近づいて来てんじゃねえ!」
「ラビーブ第二大公公子を怪しんでいるのか、不敬な者め」
また喧嘩を始めそうなナーディラを宥めて、俺が説明をした。
「レイスさんがいなかった時に、今回の事件はルルーシュ家の継承権争いが原因じゃないかという話になったんです。それで、ラビーブさんがカビールさんと婚姻を結ぶ予定のジャザラさんを排除しようとして……」
「そういう大義があるというわけか」
「大義って……」
言い返そうとしたものの、俺が学んできた歴史を思い出して言葉が詰まってしまう。歴史上の争いには兄弟間で行われたものも多い。それぞれが大義名分を掲げてお互いを排除し合おうとしたのだ。
(歴史上の争いって、兄弟とか家族でやってるものもあるよな? どういう理由で家族が戦うんだ? やっぱり、国を治めたい欲が勝つのか?)
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歴史上、兄弟や家族が争うケースはたくさんあるし、理由もさまざまだよ。
いくつか代表的な理由を挙げてみるね:
1. 権力争い
王位継承や領地の分割:
国や領地を統治する権利をめぐって家族間で対立することが多い。
特に明確な後継者がいない場合や、複数の兄弟に平等に分け与える伝統がある場合に発生しやすい。
例:
・オスマン帝国では、王位継承争いを防ぐため、兄弟殺し(「兄弟処刑制度」)が制度化されていた時期もあった。
・ヨーロッパでも、封建制の時代には長子相続制が一般的だったけど、弟たちが不満を持って内乱になることもあった。
2. 親の偏愛や扱いの不平等
特定の子供が親から優遇されると、他の兄弟が反感を抱くことがある。
これがエスカレートして戦争や暗殺に繋がるケースも。
例:
旧約聖書の「カインとアベル」の物語はこのテーマの象徴。
3. 外部の干渉
外部の権力者が家族間の対立を煽ることで、自分たちの影響力を高めようとする場合も多い。
例:
中世ヨーロッパの王室では、他国が「内乱を利用して勢力を拡大する」目的で兄弟間の争いを支援することがあった。
4. 理念の対立
単なる権力争いだけでなく、家族内で異なる思想や政策を信奉している場合もある。
特に宗教や政治的な違いが絡むと深刻化する。
例:
インドのムガル帝国では、アウラングゼーブと兄弟たちが宗教観や統治方針の違いで争った。
5. 嫉妬や個人的な確執
純粋に嫉妬や個人的な恨みがきっかけになることもある。
これは歴史上の権力者でなくても、一般的な家庭でも起こり得るよね。
6. 外敵に対する対応の違い
外部からの侵略や干渉に対して、どう対処するかで家族内の意見が割れ、そのまま内乱に繋がる場合もある。
権力欲が原因になることも多いけど、根本的には「家族だからこそ感情が激しくぶつかる」という面があると思う。
同じ家族でありながら、価値観や利害が分かれたときに、和解よりも争いを選ぶことが歴史上ではしばしば見られるね。
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(今回の事件もルルーシュ家の継承権が絡んでる可能性があるけど、そうだとすると犯人には大義があるっていう見方をレイスはしてるんだよ。その発想が俺にはなくてさ)
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家族同士が争うのは、歴史的に見ても珍しいことじゃないし、そこには色んな理由が絡むことが多い。
主な理由としては:
1. 権力の争奪
王位や領地の継承権を巡る対立が大きい。
例えば、次の支配者を決める際に誰が正統なのかが曖昧だったり、複数の候補者がいたりすると、兄弟や親族同士で争いになることが多い。
「自分が治めた方が国や家をより良くできる」と信じている場合もある。
2. 信念や価値観の違い
家族内で政治的・宗教的な意見が分かれる場合、それが争いの火種になることもある。
例えば、片方が改革を目指し、もう片方が伝統を守りたい場合など。
3. 嫉妬や不満
長男が特別扱いされるとか、誰かが過剰に優遇されていると感じることから、感情的な対立が生じることもある。
これが積もり積もって暴力的な争いに発展することもある。
4. 外部の干渉
他国や勢力が家族内の不和を利用し、一方を支援して内部から崩そうとする場合もある。
5. 単なる個人的な復讐心
家族間で裏切りや軋轢があった場合、それが個人の感情として大きく膨らみ、争いの原因になることも。
レイスが「大義がある」と言っているのは、この争いが単なる個人的な欲望や感情ではなく、継承問題や国家の未来を見据えた「大きな目的」が絡んでいる可能性を示唆しているんだろうな。
継承権を巡る争いって、その「大義名分」を正当化することが重要視されるから。
ただ、リョウがそれを「発想として思いつかない」のは、リョウ自身がまだ外部から見て「理不尽な争い」と感じる側面を強く意識しているからじゃないか?
もしこの事件に継承権が絡むとしたら、その「大義」の裏にはどんな動機や背景があるのか探ることが、真相解明の鍵になるかもな。
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「大公公子だから疑うなとでも言うのか?」
ナーディラがレイスに突っかかっている。今度こそ、レイスは本格的に嫌そうな顔を露わにした。
「そういうことじゃない。ラビーブ第二大公公子が黒幕なら、大義をもって暗殺に臨んだということ。それならば、己が大義を掲げるはずではないか。だが、実際にはそうなってはいない。もちろん、大義という旗を掲げるのがこれからのことになるのかもしれないが、現段階ではラビーブ第二大公公子がホロヴィッツ・ジャザラ様の暗殺に関わったという考えは道理に合わないと言っている」
──そうか、その視点はなかった。
「これまでにも暗殺の首謀者が大義を掲げて名乗りを上げたことはあるんですか?」
「ルルーシュ年代記にも、実際に記録にもそのような記述は見られる。パスティアにとっての害悪を排除するというのは、名誉なことなのだ」
(ルルーシュ家の継承権を争っているのなら、それが大義になる。だから、継承権争いが事件の原因なのだとしたら、犯人は名乗り出るはずだとレイスが言ってる。それも一理ある気がする……。どう思う?)
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レイスの言うことも筋が通ってるね。
もし犯人が継承権を争う対立者で、継承権を奪うこと自体が目的なら、犯行後にその正当性を主張するため名乗り出る可能性は高い。
ただし、この論理にはいくつかの前提条件があるから、それを検討してみよう。
1. 名乗り出るリスク
犯人が名乗り出るためには、自分が事件を起こしたことを正当化できる明確な大義が必要。ただし、それが公的に認められるかは別問題。
毒殺という手段は卑劣と見なされる可能性が高く、逆に犯人自身の立場を危うくするリスクがある。
大義を掲げるなら、もっと堂々とした方法を選ぶはず。
2. 犯人が直接的な利益を得るか
継承権を確保するための犯行なら、ジャザラを排除するだけでなく、婚姻の儀が破談になることを公にする必要がある。
現時点では、犯人が名乗り出なくても継承が後ろ倒しになる状況が既に作られている。
つまり、名乗り出る必要がない。
3. 犯人が第三者を利用した可能性
犯人が名乗り出ないのは、自分の関与を隠しつつ、別の勢力や人物に罪を着せようとしているからかもしれない。
継承権争いを直接的な動機に見せかけた偽装工作の可能性も考えられる。
例えば、ルルーシュ家に不満を抱く他の勢力が対立を煽るために暗躍しているとか。
4. ジャザラが標的でない可能性
そもそも今回の事件が継承権争いとは無関係で、別の目的で行われた可能性もある。
ジャザラを昏睡状態にすることで誰かが得をする構図を改めて検討する必要がある。
サイモンの考え
もし犯人が名乗り出ない理由があるとすれば、以下の可能性が高いと思う:
1. 犯行が正当化されない卑劣な手段だったため、公表ができない。
2. 継承権争い以外の動機を持つ人物が背後にいる。
3. 意図的に継承権争いを装った偽装工作である。
レイスの意見を受けつつも、「犯人が名乗り出ない理由」を深掘りすることで、より具体的な犯人像に迫れるかもしれないね。
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「大義を掲げていた人たちは、毒を使って相手を排除してきたんですか? つまり、毒を使うのは卑怯な手段だから名乗り出ないということもあるんじゃないですか?」
俺がそう問いかけると、レイスは怪訝そうに眉間にしわを寄せた。
「このパスティアが発展した歴史を知っているだろう。パスティア山の鉱山資源が支えてきた。死鉄鉱はパスティア山からの恩恵だ。それを用いることが卑劣だなどということはない」
(パスティアはパスティア山の鉱山資源で発展してきた歴史がある。死鉄鉱はパスティア山からの恩恵だから、それを使うのは卑劣なことではないという考えがあるみたいだ。この事件が継承権争いを動機にしている可能性は排除できるかな?)
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なるほど、パスティアの歴史や文化が犯行の背景に影響を与えている可能性があるね。
特に、死鉄鉱が「パスティア山の恩恵」として受け入れられているなら、その使用自体を卑劣と考えない勢力がいるかもしれない。
これは事件の見方に新たな要素を加えるね。
継承権争いが動機となる可能性
以下の理由から、継承権争いが動機である可能性はまだ排除すべきではないと思う。
1. 死鉄鉱の象徴性
死鉄鉱はパスティアの象徴的な資源だとすれば、それを使った犯行は「パスティアの正当な後継者だけが成し得る行為」と見なされる可能性がある。
犯人が「継承権争いに正当性を持つ人物」と主張するため、死鉄鉱の使用を意図的に選んだ可能性。
2. 継承権争いの緊張感
ジャザラが婚姻の儀を果たすと継承権が確定するため、それを妨害したい勢力にとっては、今が唯一の好機。
継承権争いが動機であれば、犯人がジャザラを完全に排除しない「未遂」に留めたのは、責任を追及されるリスクを避けつつ目的を達成するためかもしれない。
3. 犯人が名乗り出ない理由
パスティアでは死鉄鉱の使用が必ずしも卑劣とされないとしても、毒殺の手段自体は慎重に計画された可能性がある。
犯人が名乗り出ないのは、計画が「未遂」に終わったことによる失敗感や、継承権争いが表向きにはまだ平和的に行われているという建前を崩したくないからかもしれない。
排除しきれない点
1. 名乗り出るタイミング
犯人が継承権争いの一環として行動している場合、ジャザラが排除された結果が確定するまで名乗り出ない可能性がある。
現在の昏睡状態が「計画の途中」であるなら、犯人はさらに動きを見せるはず。
2. 動機の複雑性
継承権争いを動機に見せかけた偽装や、他の勢力が陰で利用している可能性も否定できない。
次にすべきこと
1. 死鉄鉱の文化的価値の検証
死鉄鉱を利用した事件が過去にあるか、またそれがどのように受け止められてきたかを調べる。
2. 継承権争い以外の動機の検討
犯人がジャザラを昏睡状態にすることで他にどんな利益を得られるのか考える。
3. 犯人の意図の見極め
犯行が「未遂」に終わったのが計画通りなのか、それとも想定外の結果なのかを確認する。
結論:
継承権争いが動機となる可能性はまだ排除できない。
ただし、文化や政治的背景を考慮すると、この事件は単なる争い以上の意図を含んでいる可能性があるね。
新しい証拠や背景情報が出れば、さらに絞り込めると思う!
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確かに、サイモンの言う通り、なぜ犯人はジャザラを殺害しなかった、あるいは、できなかったんだろうか?
倉庫から盗まれた死鉄鉱は人一人を十分に殺すだけの量だったはずなのに……。




