物語のヒロインになれない私と偽の勇者
私、勇者様にとっても憧れているのです。
ピンチの時にさっそうと助けてくれる、かっこよくて強い勇者様、
この村の女の子たちは、みんな勇者様に憧れていました。
でも、そんな私をバカにするやつがいました。
「なんだ、またそんなバカげた話呼んでいるのかよ」
木陰で心地よい風を浴びながら、勇者と村娘の恋愛小説を読んでいる私に、そいつは声をかけてきました。
私の幼馴染のカイルです、こいつはとっても嫌な奴なのです。
「何よばかげた話って」
「勇者がこんな村に来るわけないだろ」
「来るもん!」
ほんと、嫌な奴、勇者様はこいつとは真逆でかっこよくて優しい人なんでしょうね、あー会いたいいな―勇者様に。
そうずーっと願っていたけど、なかなか勇者様は現れません。
だんだん、私も少し現実というものが見え始めてきました。
私は物語のヒロインではないっていう現実が。
でも、それを認めたくなくて、私はまだ夢を持ち続け、メルヘンな物語を読みふけっていました。
「また本を読んでいるのか」
幼馴染のカイルが、また本を読む私を邪魔しに来ました。
「何の本だ、まぁどうせ勇者が出てくる恋愛小説だろうが」
「見る前に決めつけないでよ、まぁそうだけど」
「そういうのばっか読まないで、たまにはもうちょっと勉強になるような本でも読んだらどうだ?」
「うっさいわね、べつにいいでしょ、きっとね、いつか勇者様が現れるの、そして私を助けてくれるんだ」
「まだ、そんな夢物語を信じているのか」
「夢物語じゃないもん!」
「どうする、俺が勇者だったら?」
「はぁ、あんたなんかが勇者なわけないでしょ」
「なんだと、お前こそヒロインにふさわしくねぇよ」
「なんですってー」
とまたいつものように、似たような原因でけんかを私たちは始めてしまう。
そんなときでした。
魔王軍が責めてきたのは。
「お前ら、逃げろー」
カイルのお父さんが、血相を変えてこちらに走ってきます。
「どうしたんだ、父さん」
「魔王軍だ、はやく隠れろ!」
「隠れろってどこに」
「ついてこい!」
連れてこられたのは、村の端にぽつりとあるさびれた小屋。
その中に入れられると、私のお父さんとお母さんがいました。
「お父さん、お母さん!」
「マリー!」
「どこに行ってたんだ、早くこの中に入れ!」
お母さんに抱き着いた私に、お父さんが焦った表情でそう言うと、何の変哲もない床を外しだした。
そこに、地下へ続く階段が現れました。
「さぁ、早くこの地下へ隠れるんだ!」
とお父さんが私とカイルを押してきます。
しかし、私の両親とカイルの父は、この地下の階段を降りようとしません。
「あれ、入らないの?」
「その地下は狭くてな、二人はいるのでやっとなんだ、俺たちは別のところに隠れるから、早く入れ、魔王軍がもう迫ってる!」
「う、うん、わかった」
と先に進もうとする私だけど、カイルは立ち止まっていました。
「カイル? 早く行こうよ?」
「父さん、後で会えるよな?」
なぜかカイルは泣きそうになっている。
こいつのこんな顔、初めて見たかも。
「ああ……当然だろ、何を言ってるんだ」
「わかった、信じてるから」
そして、カイルが階段を降り始めると、彼の父親は地下へ続く扉を閉ざした。
その時の、彼の父の寂しそうな顔がしばらく目に焼き付いた。
階段を下りると、その先の空間は本当に狭かった。でも、これなら、後三人くらいは、窮屈だけど入れそうなのに、どうしてお父さんたちは入らなかったんだろう、と思っていると、カイルが泣き始めました。
「どうしたの、カイル、らしくないわね」
「うっせぇ、ばか」
「だれがばかよ」
そんな感じで二人でお互いにバカバカと言い合っていましたが、しばらく経つと、お互いただ無言になりました。
私は両親や町の様子が心配で、落ち着かなくなりました。
カイルも不安そうな顔をしています。
「私、様子を見に行こうかな?」
と立ち上がった私の腕をすごく強い力でカイルがつかみました。
「だめだ」
「い、痛いよ、カイル、ちょっとだけだよ?」
「だめだ」
とカイルは私を真っすぐに見つめてくる。
こいつがこんな真剣な顔をするなんて。
「わかったわよ」
と私は座りなおした。
それから何時間たっただろう、
一日、もしかしたら、二日以上たっていたかもしれない。
突然、カイルが立ち上がりました。
「様子を見てくる」
「あ、私も行くよ」
「だめだ、おまえはここにいろ」
「で、でも」
「いいから、いろ」
と怖い顔で見てきたので、私は委縮してしまった。
そして地下を出ていった彼は、たぶん一時間くらい後になって、戻ってきました。
「カイル、どうだった?」
そう訊くと、彼は暗い顔をして、
「もう出ていいぞ」
と小さな声で言いました。
私は嫌な予感がしながら、彼と一緒に地下を抜けて、小屋から出ると、そこに広がる世界は、私の知っているものとは違うものでした。
「何よ、これ……」
崩壊した家々、荒れ果てた大地、カイルの家の花壇の花がすべて踏みつけられ、めちゃくちゃになっていました。
そして、その家の前で、カイルの両親が倒れていました。
「カイル、あなたの、お父さんとお母さんが」
「ああ、知ってる、さっき見たし、こうなるような気がしてたんだ」
カイルは、泣きそうな顔でしたが、涙は流さず、どこか諦めたような顔をしていました。
私は自分の両親の安否が心配になりました。
カイルがここにしばらくいさせてくれと言ったので、私は一人で自分の家へ向かうと、そこには両親の姿が……
……あったけど、二人とも、あおむけで倒れていました。
「お父さん、お母さん?」
返事をしない、呼吸もしていなかった。
「うわぁぁぁあぁぁぁあぁ!」
私ってこんな大きな声、出せたんだって、思った。
●
勇者様が助けに来るのは、甘い甘い物語の中だけの話だったようです。
私はヒロインではなかったということです。
村はぼろぼろだし、一部のうまく隠れた人以外、ほとんどの人が死んじゃったみたいだし、夢はかなわなかったし、なんかもう、私は全てどうでもよくなってしまいました。
こんな世界、生きる価値、ないよね?
ある日、私は家の屋根から飛び降りようとしました。
「なにやってるんだ、おまえ!」
カイルが呼吸を乱しながら来ました。
「死なせてよ」
「ダメだ、死ぬな」
「いや、死ぬの、もう生きていたくない、私の人生には夢も希望もないもの!」
「あるさ!」
「ないよ、勇者様なんていないし、私はただのバカで夢見がちなおんなだったのよ!」
「いるさ、勇者はいる、そしていつか絶対にお前を助けにくる」
「どうしたの、前まで馬鹿にしてたくせに」
「お前に、希望を持っててほしいんだ」
「絶対にいつか勇者は助けに来るからさ、だから絶望しないで、頑張って生きてほしいんだ」
「あなたにそんなことを言われるとはね、わかった、もう少しだけ生きるよ、嘘だったら許さないんだからね」
「ああ、約束する、勇者は必ずお前のもとに来るよ」
彼は何かを決意したように、力強い目でそう言った。
翌朝、カイルは突然、私の家に来て、王都に行くと言い出してきました。
「何よ、急に、あなたまで私を置いていくの?」
「ごめん、俺、どうしても騎士になりたいんだ」
「ふん、なれば? そして早く死んじゃえば」
「ひどいな」
とカイルが苦笑する。
この頃、彼は私が悪態をついても、怒らなくなりました。それがなんだか少し寂しくて、もっと怒ってもいいのに、なんて思ってしまいました。
結局、私がどれだけカイルの悪口を言っても、彼は王都へ行ってしまいました。
バーカ、早く死んじゃえ、バーカ。
はぁ、私……両親もいないし、カイルもいないし、本当にひとりになっちゃぅた。
寂しいな……。
●
カイルが村を出て、数年が立った日、勇者が誕生したという話を聞きました。
それからさらに何年か経過して、勇者様が魔王を倒したという噂が、この村にまで届いてきました。
でも、この村はいまだに魔物が頻繁に襲ってきて、村人が時折死んでいて、やっぱり、勇者様は私の元へは来てくれないんだね、私はヒロインじゃないんだね、と思いました。
勇者が魔王を倒したという噂を耳にしてから一年後、勇者と名乗るものがこの村に来ました
仮面をつけていたので、理由を聞くと、顔に傷を負ったからだと言います。
みんな偽物なんじゃないかと疑っていましたが、魔王軍の残党を蹴散らしてくれたとき、
その美しい剣さばきや確かな実力を見て、偽物だと思う人はいなくなりました。
その日の夜は、盛大に勇者様の来訪を祝いました。
美味しいご飯をたくさん出して、彼をもてなして、みんなどんちゃん騒ぎでしたが、そんな最中に、ある村人が血相を変えてこちらに来ました。
「魔王軍の元幹部がこちらに向かってきてるらしいぞ」
勇者様が立ち上がりました。
黙って剣を持って出ていく彼に、私はついていきました。
「勇者様!」
村を出ようとする勇者様に声をかけると、彼は振り返りました。
仮面の奥の瞳は、不安そうで、体もプルプルと震えていました。
「どうしたんですか、震えていますよ、寒いのですか?」
「正直、戦うのが怖いんだ、魔王軍の元幹部は相当な強敵だからね」
「勇者様でもおびえるんですね」
「ごめん、俺、本当は勇者じゃないんだ」
突然、彼は仮面を外しました。
驚きました。
仮面の下の顔は、以前よりだいぶ精悍になってはいましたが、よく知っている人の顔だったからです。
「約束破ってごめん」
と、頭を下げる彼。
私はくすっと思わず笑ってしまいました。
「いえ、破ってませんよ、勇者様」
「勇者様って、だから俺は、勇者じゃないと――」
「いえ、あなたは勇者様です、だって、私を救ってくれたじゃないですか、ねぇ、そうでしょう?」
あっけにとられた様子の勇者様でしたが、やがて顔をくしゃくしゃにして笑って、
「ああ、そうだな、さっきのは嘘だ、俺が勇者だ」
と言ってくださいました。
「これからも、私を守ってくださいね、勇者様」
「当然だ、勇者だからな」
勇者様の震えは止まっていました。
強い闘志を秘めた目をしていて、そんな彼の姿がかっこよくて、私は外に音が漏れてるんじゃないかというくらい胸が高鳴りました。
本物だとか、そんなことはもうどうでもいいのです。
たとえこれから先、他に勇者を名乗る人が私の前に現れたとしても、私はその人を勇者だとは認めないでしょう。
だって、本物の勇者は今、私の目の前にいるのだから。