心。
いや、待て。落ち着け。
あいつらが悪さをしているなら、騒ぎになっているはずだ。
とにかく派手に暴れ回るからな。
それが起きてないという事は。
大丈夫、まだ間に合う。
「!?」
近くで「わぁっ!!」と、どよめきが起きた。
ま、まさか、あいつら……。
「化け物だ!」
「逃げろ!」
「早く門の外へ!」
あ、なんだ、化け物か。
……って、ホッとしている場合じゃなかった!
逃げ惑う人々の流れに逆らって走る。
殲滅したと思ったが、まだいたのか。
何処かに隠れていたのだろうか。
ぱきんっ、と足の下で何やら嫌な音がした。
恐る恐る見てみれば、そこにあったのは巨大な昆虫の足。……足だけ。
「……」
そのまま進んでいくと、今度はむしられた翅が散らばっていた。……翅だけ。
「…………」
そして、辿り着いた先には。
あああ! やっぱりか!
だと思ったよ!
凄惨なばらばら殺虫事件の犯行現場だった。
犯猫は、満足げに前足で顔を洗っていた。
「チャビさんや……」
私に気づき、チャビは喉をごろごろと鳴らしながら近寄って来た。
私に言われた通り、〈回復〉に専念していたらしいチャビは、どうやら体力も魔力も有り余っていたようだ。
それで、ばらばら殺虫事件を……、うん、多分あちこちでやっているな。
虫をいたぶる事に関しては、相手の強さとかはどうでもよかっただろうから化け物達相手で満足したらしい。
まぁ、結果として人々を守った形にはなっているからかまわないけどな。
「はい、おかえりー」
ぽんぽんとチャビの背中を叩く。
待て、虫さんをいたぶったであろう口を私の顔に近付けないでほしいんだが。
どれだけ愛していても、さすがにそれは勘弁してほしい。
無理なものは、無理なんです!
チャビをキャットハウスに入れ、再度瓦礫と化した街の中を歩き回る。
うーん、くぅはともかく、福助は人間のいる辺りにいると思うんだが。
顔見知りのエルフを見つけてついて行ったりしていないかだけが不安だ。
「…………」
探し回っていると、瓦礫の陰に蹲る人々がいるのを数え切れないほど見た。
疲れ切ったように眠る人や、小さな兄妹が身を寄せ合って座っていた。
復興にどれほどの時間がかかるのか。
この国を滅ぼす原因を作った王やその側近達はもういない。
物言わぬ骸になったのだから。
……ああ、嫌な気分だ。
がらっ、と音がした。
はっと顔を上げると、瓦礫が崩れ始めているのが見えた。
まずい!
あのままでは下敷きになる人が出る。
「チャビ! 出てきて!」
私の呼びかけに応えて、チャビがキャットハウスから出てきた。
ほかの猫達は疲れ果てて眠っているが、チャビはまだ元気そうだ。
だが、チャビの〈雷魔法〉では瓦礫の崩落は防げない。
私の大鎌と身体で、どれだけ対処できる?
「にゃ!!」
この鳴き声は。
福助の放った〈風の盾〉が、瓦礫から人々を守った。
「早く、こっちに!」
人々が必死に走って逃げる。
そして、ちょっぴりお腹の出た猫が不細工な走り方で私に近寄ってきた。
黒猫のはずが、埃をかぶって白っぽくなっていた。
私に言われた通り、〈風の盾〉で防御に専念していたようだ。
今までずっと。
「福助、えらい!」
誇りまみれの福助を撫でると、得意げに「にゃ!」と鳴いた。
小さな兄妹が私達に近づいてきた。
「ねこさんが、たすけてくれたの……?」
「僕、見たよ! つよい猫さんが、あいつらやっつけてくれたんだ!」
「そうだよ。この子達が、君達を助けた勇者だ。褒めてあげてくれる?」
チャビと福助なら、私が側にいれば他人にでも触らせてくれる。
子供達は恐る恐るチャビ達を撫で、そして嬉しそうに笑った。
遠巻きに見ていた大人達も笑顔とまではいかないが、表情が和らぐのが見て取れた。
「……」
ああ、そうだ。
心さえ折れなければ。
ジルコニア王国がやってくる数年前、この世界は一度滅びかけた。
それでも、なんとかかんとかやっている。
大丈夫だ。
さて、チャビと福助が揃った今、残りはうちの魔王様なわけだが。
「…………」
ああ、私の心が折れそうだ……。
頼む! 何もしないでいてくれ!!




