魔王。
微妙な浮遊感と共に私達が移動したのは、おそらく城の大広間だった。
レオは剣を手に膝をついていた。
「お兄ちゃん!」
マリアの声にレオが振り返る。
傷だらけの顔に笑みが浮かぶ。
「マリア!」
「りゅうたろう、レオをこっちに! チャビ、〈回復〉!」
りゅうたろうがレオの服を咥え、私達の側に連れてきた。
チャビがごろごろと喉を鳴らし始める。
私達はレオやマリア達を守るように前へ出た。
今までレオと対峙していたのは、王冠をかぶった初老の男だった。
見事な装飾の服に、どっしりとした毛皮のマントを羽織っている。
ジルコニア王国の王か?
……いや、違う。
例え、王であろうとも、たかが人間からこんな禍々しい気配がするものか!
王がまとっているのは、以前国や都市を襲撃した魔物達の群れから感じたものとよく似た気配だった。
……つまり、元はどうあれ、今目の前にいる男は人間ではないという事だ。
「にゃあ!」
せりが鋭い声で鳴いた。
「福助、〈風の盾〉!」
「にゃ!」
福助が〈風魔法〉で出した防御壁が私達を覆うのと同時に、凄まじいほどの衝撃が襲ってきた。
だが、攻撃だろうと防御だろうと常に全力の福助が出した〈風の盾〉によりダメージは欠片も受けなかった。
ただ、城の壁や天井はひび割れ、ぱらぱらと破片が落ちてくる。
『……猫か。忌々しい』
男が発したのは聞き覚えのない言語だった。
私は女神様から〈自動翻訳〉のスキルをもらっているが、ほかの世界の言葉は聞き取りにくい事もある。
だが、男の言葉は容易に理解できた。
……もしかして。
「マリア! あいつの言葉は分かる!?」
「うん。私達のいた世界の言葉だよ!」
コハクの背に乗ったマリアが頷いた。
つまり、この男の中身はレオやマリア達と同じ世界からこっちに来たという事だ。
私が理解できたのは、レオやマリアが無意識に発していた異世界の言葉を〈自動翻訳〉で聞いていたからだ。
ならば、この男は。
ジルコニア王国が《《呼び出せて》》しまったのは。
「魔王……」
勇者であるレオがこの世界に来てしまったからなのか?
それとも、勇者と魔王は対になるように世界が定めているのか?
分かっているのは、ジルコニア王国はよりにもよって、勇者と魔王をこの世界へと呼び寄せてしまったという事だ。




