不審。
馬車を取り囲んでいたのは中型の魔物の群れだった。
確か、ラカッグと呼ばれていて姿は巨大な兎に近いが、高い跳躍力と鋭い牙を持つ凶暴な魔物だ。
ただし、味はたいそう美味しいらしく高級食材として取り引きされている。
レッドバードなどと違って、気軽に屋台などで食べられるものではない。
なるほど、よつばが張り切っているわけだ。
しかし、ふわふわの毛並みの可愛らしい猫が、自分の数倍はある大きな魔物を咥えて軽々と振り回している姿はいかがなものか。
まぁ、うちの猫だからなぁ……。
美味しい肉をなるべく傷つけたくないのか、猫達は魔法も使わずラカッグを倒していく。
あの福助さえもだ。
うーん、ギルドで剥ぎ取りを頼まないとなぁ……。
魚はさばけるが、毛皮や肉の剥ぎ取りはどうしても慣れなかった。
毛皮の買い取りもしてもらえるかな?
襲ってきたラカッグを肘で打ち下ろしながらそんな事を考えていたら、いつの間にか全て倒し終わったらしい。
猫達が私の前に、狩りの成果をこんもりと山積みにしていた。
馬車の中の人に声をかける。
「終わりました。もう大丈夫ですよ!」
しばらくしてから、馬車の扉がほんの少しだけ開き、中の人がきょろきょろと周囲を見回した。
安全と判断したのか、ゆっくりと扉を開いて顔を出した。
「あいつらは追い払ったのか?」
身なりのいい若い男性だった。
馬車もずいぶん立派なものだったから、どこかの貴族か大商人の息子かもしれない。
「いや、全部倒しましたよ」
ほら、と山積みになっているラカッグを指さしてみせる。
猫達は待ち切れないのか、先程からその周囲をうろうろしている。
待て! そのまま食べようとしていないだろうな!? やめろ!!
内心慌てている私に気づかず、男性は目を見張った。
「あれを全部倒したのか!?」
「うちの猫……」
「まぁ、良い。礼を言う」
私の言葉を遮って、男はどこか偉そうにそう言った。
うーん、どうしたものかな。
一応、私はギルドに登録している冒険者なので基本無償での人助けはしない。
今回のように緊急の場合は、あとからギルドに報酬を振り込んでもらう事になっている。
一度でも例外を作ると、「ほかの冒険者はタダでやってくれた」と言い出す者がいるので、決して無償での行為はしないようにと、どの冒険者もギルドから念を押されているのだ。
「私は重大な任務の途中なのだ」
男は聞いてもいない事を話し出した。
「だが、このような危険があるとは……」
ちらちらと男はこちらを見ている。
……なるほど?
こっちから「そこまでお付き合いしますよ」と言い出すのを待っているわけだ。
けっ、と内心で吐き捨てる。
「護衛依頼なら、あとでギルドから追加の依頼料をもらうけどいいの?」
分かりやすく面倒くさそうに言ってやった。
他人の善意による無償奉仕を期待するようなやつに、ロクなやつはいない。
助けて、と必死に頼むならまだしも、こちらが言い出すのを待っているようなやつなら尚更だ。
案の定、男は声を荒げた。
「大事な任務だと言っているだろう!!」
それ、一介の冒険者である私に関係ある?
ざわざわと人の声が近づいてくる。
どうやら、逃げ出した護衛かお付きの人が戻ってきたらしい。
それに気づいたのか、男はばんっと乱暴に馬車の扉を閉めた。
どうやら、私は用済みのようだ。
護衛対象を置いて逃げるような連中が、当てになるのかね。
おそらく、ナニかいいものが残っていないか様子を見に戻ってきただけだと思うが。
まぁ、私には関係ないな。
ラカッグの山を無限収納にしまい、私達はその場を離れた。
「……」
商人なら、冒険者を敵に回すような真似はしない。
冒険者と商人は持ちつ持たれつの関係だ。
貴族なら、冒険者を見下す連中がいないわけではない。
だが。
私達の事を知らない貴族が、この世界にいるだろうか。
〈猫を連れた冒険者〉の事なら、田舎の村から出た事がないような子供でも知っている。
情報に長けた貴族なら尚更だ。
私達を知らない、身なりのいい男。
「……ジルコニア王国か」
重大な任務と言っていたが、さて、どうするかな。
にゃあにゃあ、と猫達が騒ぎ始めた。
「はいはい、とりあえずご飯にしようか」
よつば、ラカッグはまだムリだからね。
期待に目をきらきらさせないで!