第七話
「離せ!」
あざみちゃんを捕らえ仰向けになっている成宮の顔面を狙った踏みつけは直前で転がってかわされる。
転がって距離を取ってから立った成宮は、しっかりと締め技であざみちゃんを捕らえ続けていた。
「焦らなくても和子ちゃんも後でたっぷり遊んであげますよ、もうちょっとあざみちゃんで遊ばせてください、ね♪」
成宮があざみちゃんの首から手を離した、と見えた直後にはあざみちゃんの首に鎖が巻き付いている。
「あざみちゃんはちっちゃくて軽いから、こうゆうのもできちゃいます」
成宮が分銅鎖の両端を持ってあざみちゃんと背中合わせになる、成宮が前のめりになると体育でする二人組のストレッチのようにあざみちゃんの身体が持ち上がった。
「かっ、は…」
あざみちゃんの首に鎖が喰い込み、表情からみるみるうちに精気が抜け落ちていく。
「もうおやすみですかぁ? えいっ!えいっ!」
成宮が身体を揺すってもあざみちゃんの反応は乏しく両手がだらんと垂れ下がる。
「あざみちゃん!」
叫ぶ自分の声が裏返っていた。
私が駆け寄ると鎖を解かれたあざみちゃんが正面に倒れ込んできた。
受け止めたあざみちゃんの身体は脱力しきっていて支えるのが難しく、私は倒れそうになって一歩後ずさった。
不意に背後からおぞましい気配を感じた。
「カァッ!」
気合一閃、私は後方に肘打ちを繰り出す。
確かな手応え。
振り返ると胸元を押さえて身体をくの字に曲げた成宮が苦しそうにこちらを見上げている。
「くっ、ふぅ…、いい反応ですね和子ちゃあん」
私は成宮を視界に捉えたまま静かにあざみちゃんを寝かせた。
絞め技狂いの成宮理沙、こいつは私が今ここで倒す。
私は緩く握った左右の拳を肩の高さに構えた。
「さあ、和子ちゃんはどうやってぎゅーってしましょうか」
成宮は私よりも重心が低く両手は開手にして身構える。
私の対成宮理沙の戦術は『アウトボクシングに徹して組み技をさせない』だ。
敵が得意とする絞め技の間合いに入らせず打撃の間合いで確実に叩く。
成宮の『どうやってぎゅーってしましょうか』という発言から察するに、敵は柔道や柔術で見るような多彩な絞め技をやりたがっている、おそらく分銅鎖は積極的には使ってこない、こちらが徒手の勝負を挑めばなおのこと。
互いにすり足でじわじわと間合いを詰める。
成宮が踏み込む動作の起こりを察知次第打ち込む!
……あれ?
近くない?
気が付けば敵との距離が一足一拳の間合いより少し狭い。
私は即座に右ストレートを繰り出した。
成宮の左手が濡れたタオルのように右拳に絡みつきパンチを外側にいなす。
「はぁい!」
成宮が右拳の内側に、私の懐へ飛び込んでくる。
組み付かれる!
「があっ!」
苦し紛れの頭突きで迎撃する。
額と額がぶつかり成宮が後ずさった。
「んっ、ふふっ、つれないですねぇ」
激突の衝撃でずれた眼鏡を直しながら成宮が妖しく微笑む。
成宮の構えが私と同じ拳を握ってガードを高くする構えに変わった。
打撃戦をする気!?
成宮が遠い間合いから牽制のパンチを打ってくる。
私はパンチをパリングで弾くかフットワークでかわすかして捌き続ける。
何が狙いだ、絞め技決着を諦めたのか?
ダメだ惑わされるな、実戦では決められる時に決めて終わらせる。
私は心の立ち込めた迷いを振り払い打って出た。
組み技の間合いには入らず遠間からパンチを打ち、肩に、額に、ガードした前腕にとパンチを当て続けて、じわじわと成宮を追い詰めた。
押された成宮が大きく後方に下がった。
逃がさない!
私は左前の構えから大きく右足を踏み込んで右前の構えにスイッチしつつ追跡の右ストレートを放つ!
刹那、私の上半身が前方に引き込まれた。
成宮の左手が右拳に絡み、パンチの軌道を下方向にいなす。
次の瞬間、手の甲が鞭のように跳ね上がり私の顔面を叩く。
踏み込んだ右の膝裏を蹴られて私は膝をつく。
首筋に気配。
まずい!
私は背中で成宮を押しながら立ち上がり、地を蹴って跳躍。
首に絡みつこうとしていた成宮の肩を支点にしてバク宙、組み付きから逃れて間合いを取った。
「はえぇ、すごいですね和子ちゃん、忍者みたい」
何だ、何かおかしい、成宮理沙には反応しづらい。
夢乃さんとの特訓を経てプロ格闘家の秋枝さんとも渡り合えたのに、こいつはそんなに強いのか。
戸惑いながら、私はやりにくさの正体に思い至る。
成宮理沙には殺気がないんだ。
相手を倒すとか、ダメージを与えようという気持ちが全くない。
成宮理沙にとって相手を捕まえて絞め落とすことは戦いではなく楽しい戯れなんだ。
生来の反射神経を持つ私だって人混みで、ただすれ違う人に反応するわけじゃない。
こいつとの攻防はいつもより一呼吸遅れてしまう。
このままじゃ、いつか捕まる。
成宮がじらすように少しずつ間合いを詰めてくる。
私の脳裏に成宮に捕まったあざみちゃんの姿が浮かぶ。
捕まれば、私も。
目には目を歯には歯を、変態には。
「理沙ちゃん♪」
私は猫なで声で呼びかけて両手を突き出した。
「んー?」
成宮は興味を持った様子で無防備に近づいて来る。
私は成宮の首を掴んで思い切り力を込めた、肘を左右に張り出して両側から頸動脈を圧迫する。
「んっ、ああっ…、ふぅ」
成宮が艶っぽい声を出して身悶えする。
こいつはきっとギリギリまで首絞めを堪能して落ちる寸前で反撃に転じるはず。
私は首絞めを解いて成宮を突き飛ばした。
呆けた顔でこちらを見る成宮を追う。
手は首を絞める形を保って視線を上段に誘導。
今!
「シッ!」
私は左足の爪先で成宮の股間を蹴り上げた。
「がっ、がぁ…」
股間を押さえて膝から崩れ落ちる成宮。
左足を引くと同時に右の廻し蹴り、膝をついて頭の位置が低くなった成宮の顎を打ち抜く。
成宮は股間を押さえた姿勢のままうつ伏せに倒れて動かなくなった。
この二連脚を最初に使う相手が女性になるなんて。
男性に金的蹴りを喰らわせ、直ちに廻し蹴りで失神させることを意図して練習していた二連脚。
爪先が相手の背面に届くくらい足を深く差し入れて足首の辺りで金的を打つ本来の金的蹴りにアレンジを加え、蹴り足の爪先を立てて真下から恥骨を打つ蹴りにしたのが効いたようだ。
成宮の沈黙を確認した私は横たわるあざみちゃんに駆け寄った。




