第六話
――死んでも知らないよ。
あざみちゃんの言葉には脅しや比喩ではない本当の響きがあった。
腰を落とした今にも飛び掛かりそうな姿勢。
鋭利な殺気が込められた視線。
あざみちゃんの殺気が観戦している私にまで突き刺さってくるようだ。
対峙する成宮さんは対照的で、だらりと腕を垂らした自然体で立っている。
成宮さんの佇まいは優れた武術家が明鏡止水の境地で待ち構えているのとは明らかに違った。
殺気とは別種の強烈な感情があざみちゃんを絡み取ろうと成宮さんの周囲を渦巻いている。
澄んだ綺麗な殺気を放つあざみちゃんと汚らわしい欲望の気配を纏う成宮さんが対峙する空間は互いの制空権がどこまでかもわからず次なる攻防が全く予測できなかった。
成宮さんが笑みを浮かべ抱擁を求めるように両腕を広げる。
あざみちゃんは一瞬だけ憎々し気に顔を歪めて駆け出した。
移動の速さを落とすことなく張り巡らされたワイヤーの上を右へ左へと飛び移るあざみちゃんが成宮さんに迫り、ついには相手の頭上を飛び越えて背後を取る。
同時に成宮さんの首にワイヤーが喰い込むラインが浮かんだ。
「かっっ、はっ!!」
「落ちろ!変態女!!」
背後から成宮さんの首にワイヤーを巻き付けたあざみちゃんが全体重をかけて首を締めた。
空間に仕掛けられた何本ものワイヤーが後ろへ倒れそうになる成宮さんの背中を支え、あざみちゃんの足場になり、二人は立ち上がる荒馬とそれを制するカウボーイのような姿勢になった。
成宮さんが左右にもがいても体勢が崩れる気配はなく、あざみちゃんの全体重が乗ったワイヤーが首の肉を抉る勢いで喰い込んでいく。
これなら小柄なあざみちゃんでも相手を落とすことができる、できるはずだ、そう思いたい。
でも、私の直感が告げていた、この女に締め技はまずいと。
首とワイヤーに一切の隙間はなく、ワイヤーを外そうとする成宮さんの指先は虚しくワイヤーの外側を擦るだけだった。
これは、もう逃れようがないかも。
あざみちゃんのワイヤーは相手を切断する性質はないけれど、完全な技の決まり具合が怖くなった私は恐る恐る二人に近づいた。
「あざみちゃん、もう…」
言いかけたところで首を締められている最中の成宮さんと目が合う。
その眼差しは人間らしい理性が全く感じられず、ただただ不気味な恍惚と高揚に満ちていた。
「かっ、はっ、くぅふふっ…」
成宮は笑いともうめきともつかない声を出しながら指先を自身の首へ喰い込ませ、肉を抉りながらワイヤーの内側に指を掛けた。
「うううぅ…、がああっ!!」
成宮は力任せにワイヤーを引き広げ首絞めから脱出した、相手の首に巻き付けたワイヤーに全体重をかけていたあざみちゃんは支えを失い地面に転がる。
成宮理沙、こいつは何を考えて動いている?
こんな命のやり取りではない降参すれば終わる戦いで、下手をしたら頸動脈を傷つけて致命傷になる脱出をするなんて。
尻もちをついたあざみちゃんは驚きとも呆れともつかぬ顔で自分を見下ろす成宮を見上げた。
「は?なに…、えっ、なにやってんの…」
「今のは良かったですよ、もっとないんですか?ぎゅ~ってするの」
成宮は首から流れる血を気にも留めずあざみちゃんに歩み寄る。
「ひぃっ!」
距離を取ろうとしたあざみちゃんが立ち上がり際に背を向けた瞬間、成宮が飛び掛かり背後から抱きつかれたあざみちゃんがうつ伏せに倒された。
「あぁ…、あざみちゃん!あざみちゃん!」
「この…、離せ!変態!!」
恍惚の表情であざみちゃんに擦り寄る成宮は抵抗をものともせずに有利な体勢へと進み、真後ろから両脚でがっちりとあざみちゃんの胴を捕らえ、両腕は首に絡みつきスリーパーホールドを決めた。
「ん~~、あざみちゃん小っちゃくて可愛い~」
がっちりと決まった技を見て、かつて不意にスリーパーホールドを仕掛けられた時の感触が蘇った、締め技が完全に決まると人は数秒で意識を失う。
あざみちゃんの抵抗が弱まり失神寸前かと思われ時、成宮が首に巻き付ける腕の位置を変えるとあざみちゃんが再びもがきはじめた。
さっきまでは左腕で後頭部を固定して右腕を首に絡ませるスリーパーホールド。
今は左右の前腕で相手の首を前後から挟む袖車締を決めている。
あざみちゃんの抵抗が弱まると成宮は締め方をスリーパーホールドに戻し、あざみちゃんの抵抗が再開した。
すぐに落とされると思われたあざみちゃんは意識を失うことなくもがき続けている。
これって、まさか、切り替えている?
以前に東雲さんから締め技について教わった時、首を締める技には頸動脈を締める技と気道を締める技があると聞いたことがあった。
以前に私を締め落としたのが頸動脈を締めるタイプのスリーパーホールドで、ファミレスでナンパ男を落としたのが気道を締めるタイプの袖車締だ。
成宮理沙はこの二種類の締め技を相手が落ちてしまわないようにギリギリのところで切り替えながら技を続けている。
頸動脈を締められ脳への血流が止まり意識が朦朧とする。
気道を締める技に切り替わると血流が動き出すのと入れ替わりに息ができない苦しみに襲われる。
また頸動脈を締める技に切り替わり…、二種類の苦しみが際限なく繰り返される無間地獄。
狂人の発想。
こんなことを思いつくなんてどうかしてる。
「んん~、はぁ…、あざみちゃん、まだお休みには早いですよぉ」
成宮はあざみちゃんの後頭部に顔を近づけて大きく息を吸っては、ろくな返答ができないあざみちゃんに滔々と語り続けている。
「やっ、くるっ、し…」
最初は成宮による拘束を解こうとしていたあざみちゃんの動きが戦うというより助けを求める動きに変り、何もない空中に向かって手を伸ばしている。
こんなことを繰り返されていたら人間はどうなる?
脳障害?
それとも。
気づいた時には敵に向かって走り出していた。




