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第五話

 私と成宮理沙と一縷あざみの三人は噴水広場から続く散策路を進む、曲がりくねった道を進み振り返っても広場が見えなくなる箇所までたどり着くと一気に空気が淀み居心地が悪くなった。

 先頭を歩くあざみちゃんが振り返り、私と成宮さんも歩みを止める。

 散策路の道幅は大人が三人横に並べば塞がる程度で道の外側は多くの立木があった。

 私は成宮さんの斜め後方から対峙する二人を注意深く見守った、まだ二人とも何の構えも見せていない。

 あざみちゃんは銃を持った東雲さんとも互角に渡り合うほどの実力がある、最初から命を奪うことを目的に戦えば負けることはないだろう。

 懸念があるとすればこの戦いは命のやり取りではないということだ、命のやり取りではないと思う、多分、きっと、そうあってほしい。

 あざみちゃんが相手を殺さない戦い方をすることによって生じる隙、それが成宮さんが得意とする締め技を活かす好機になるだろう。

 戦いが命のやり取りに発展する場合は私が止めに入ることも考えないと、でもこの二人の間に入りたくないなぁ…。

 二人の間合いは5mほど、徒手格闘の間合いには遠く拳銃や投擲武器の間合い、あざみちゃんは射るような視線で成宮さんを見据え、成宮さんは微笑みで視線に込められた殺気を受け流している。

 あざみちゃんが動き、投擲された何かが成宮さんに当たる直前で弾かれた。

 地面には投擲用のナイフが転がっている。

 あざみちゃんはおそらく動作の小さいアンダースローでナイフを投げ、成宮さんが何かを使ってナイフを弾いた、成宮さんの右手は何かを握り込んでいるように見えるけれど一瞬だけ見えた武器の正体はわからなかった。

「分銅鎖?」

 あざみちゃんの問いに成宮さんは右手を顔の前にかざして手の中から端に分銅が付いた鎖を垂らす。

「わぁ正解、あざみちゃんは物知りですねぇ」

「いちいち名前を呼ぶな!イカレ女」

 成宮さんは下の分銅を左手の親指と人差し指の間に掛け、鎖が自身の正中線と重なるように構えた。

 あざみちゃんは両手に投擲用ナイフを持ち、左半身のやや腰を落とした構えになる、左手のナイフは相手を牽制するように中段の高さで切っ先を前に向け、右手のナイフはいつでも投げられるように左の肩口に構えている。

 じわじわ間合いを詰める成宮さんと待ち構えるあざみちゃん、おそらく二人が接近戦の間合いになる前にナイフが放たれる。

 成宮さんの構えが鎖を自身の正面で縦に張る構えから剣道の上段のように鎖を頭上で張る構えに移行していく、その動き完了する直前に重ねるようにあざみちゃんが動いた。

 右、左と僅かな時間差で二本のナイフが放たれる。

 一つ目を鎖で叩き落し二つ目は体捌きでかわしながら成宮さんが一気に間合いを詰めた、横一文字に薙ぐ分銅があざみちゃんを襲う。

 あざみちゃんは深く屈身して分銅をかわした。

 分銅の動きは止まることなく屈身からの伸び終わりに一瞬の居つきが生じているあざみちゃんを頭上から狙った。

 あわや分銅が命中かという時、ギンッ!という重い金属音が響き分銅が弾かれる。

 見ると、いつの間にかあざみちゃんの手には伸縮式の警棒が握られていた。

 分銅を弾かれたことで成宮さんに一瞬の迷いが見えた、あざみちゃんはその隙を逃さず更に間合いを詰めて目まぐるしい連撃を繰り出した。

 横薙ぎ、袈裟振り、突き、と絶え間ない警棒の攻撃は相手に得物を使う暇を与えず成宮さんはどんどん追い込まれて行く。

 上半身を狙った攻撃から流れるように軌道を変えた警棒が成宮さんの太腿を強かに打った。

「ぐっ…」

「そこっ!」

 足が止まった成宮さんの肩口めがけてあざみちゃんが警棒を振り下ろす。

「フンッ!」

 成宮さんはスウェーバックで肩をかわしながら鎖を巻き付けた右拳のアッパーで警棒を迎撃した。

 力負けしたあざみちゃんが数歩後ずさりながら隙を見せないように構えなおす。

「へぇ」

 あざみちゃんが油断なく身構えながら感心したように呟く。

「あざみちゃんは色々できるんですねぇ、まだまだ奥の手があるって顔してますよぉ」

 成宮さんが拳に巻いた鎖を解いて再び頭上で鎖を張る構えになった。

 締め技を得意とする成宮さんは絶対に鎖で首を絞める攻撃をしてくると予想したけれど、ここまで締め技を狙う動きはなく、鎖を拳に巻きつけて至近距離の攻防に対応する器用さを見せている。

 あざみちゃんは自身の最も得意とする鋼線の技をまだ見せていない。

 互いに勝負を急ぐことなく冷静に機をうかがいながら戦っているというところか。

 再び成宮さんが間合いを詰め、あざみちゃんが迎え撃つ形となり、警棒の間合いの外から成宮さんが仕掛けた。

 分銅を振り上げ打ち下ろす、という攻撃の予備動作をフェイントに前転して地を転がり一気に間合いを詰める。

 足狙い!?

 鎖があざみちゃんの足首を捕らえたか?という瞬間、あざみちゃんは跳躍してそのまま宙に留まった。

「えっ…?」

 前転後の片膝立ちの姿勢で振り向いた成宮さんが宙に浮くあざみちゃんを見てあっけにとられる。

 その隙を逃さずあざみちゃんが糸の上に立ったまま蹴りを繰り出す、地上50cm程度の高さに張った糸の上からのローキックはちょうど片膝立ちの成宮さんの側頭部に命中した。

 たまらずダウンした成宮さんが距離を取りながら起き上がり、宙に浮くあざみちゃんを見て戸惑いの表情を浮かべる。

「どうして?浮いて…?」

「まだ気づかない?鈍いお姉さん」

 あざみちゃんが足元を爪先でトントンと叩くと足場の糸が揺れてようやく張り巡らされた糸が視認できた。

「糸!?そんなことまで…」

 成宮さんは驚きに目を見開き、あざみちゃんは階段を駆け上がるように張り巡らされた糸の上を駆けのぼった。

 成宮さんの頭上を飛び越えて背後を取ったところで反転、あざみちゃんは落下の勢いを乗せて成宮さんの肩へ強烈な警棒の一撃を落とす。

「がはっ…」

 痛みに顔を歪めた成宮さんはあざみちゃんを追うが、その動きは張り巡らされた鋼線によって阻まれてしまう。

 いつの間にか散策路のあちこちに張り巡らされた鋼線はあざみちゃんにとっては縦横無尽に動くための足場になり、成宮さんにとっては動きを妨げる障壁になっていた。

 あざみちゃんは目まぐるしく鋼線の上を動きながら時には警棒で、時には蹴りで攻撃を浴びせ、成宮さんは鋼線によって分銅鎖を振り回すこともできずに成すすべなく打たれ続けた。

「これで終わりね!」

 成宮さんの背後から飛び掛かったあざみちゃんが空中で相手の髪を掴みつつ、勢いに任せてそのまま前方へ身体を投げ出す。

 成宮さんは足元の鋼線につまずいて前方に倒れ込み、その身体は空中で止まり喉が押しつぶされたような無様な呻きが聞こえた。

 よく見れば成宮さんの首には自身に対して真横に張られた鋼線が食い込んでいた、鋼線は転倒を避けようと伸ばした手が地に届かないギリギリの高さにあり、最も勢いが乗り且つ受身ができないタイミングで成宮さんの首にぶつかったことになる。

「ふぅ…、フロントネックバスターってとこかしら、立てる?」

 成宮さんは断頭台に首を乗せた罪人のようにワイヤーに首を引っ掛けたまま力なく両手を垂らして動かない。

 まさか。

 悪い予感がして私が駆け寄ろうとした時、不気味な含み笑いが聞こえた。

「ふふっ、ん~~ふふふっ…」

 成宮さん項垂れたまま肩を揺らして笑い、一通り笑い終えるとおもむろに立ち上がってあざみちゃんを見据えた、その首筋にはワイヤーの跡がはっきり残り微かに血がにじんでいる。

「あざみちゃんは甘いですね、ハニートーストみたいに甘々ですよぉ」

「はっ?何言って…」

「まだまだしたいことありますよね?やりたいこと全部しちゃおう、ねっ」

 無理をして強がる風でもなく、心底楽しそうに成宮さんは言う。

 あざみちゃんは目を細めて成宮さんを睨みつける。 

「死んでも知らないよ」

 あざみちゃんの声は身体の芯に染みる冷たさを帯びていた。

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