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第二話

 私、秋月(あきづき)和子(わこ)と連れ去り未遂の被害者である成宮(なるみや)理沙(りさ)さんは警察に同行を求められ、それぞれ別の部屋で事情聴取を受けることになった。

 明星市に長く暮らしていれば事情聴取は慣れたもので、私は事件の被害者・加害者とも面識がないことなど、滞りなく受け答えを済ませた。

「以上です、ありがとうございました、もう帰ってけっこうですよ」

 私が担当の警察官に会釈をして部屋を出ると、隣の成宮さんが入った部屋ではまだ事情聴取が続いている様子だった。

 危なっかしい成宮さんが心配なことに加えて、彼女の声と「りさ」という名前の響きが心のどこかに引っ掛かり、私は彼女の聴取が終わるのをロビーで待つことにした。

 しばらくして奥の廊下から成宮さんが現れ、私は彼女の元へ駆け寄る。

「あの」

「あぁ、さっきはどうも~」

 特に憔悴した様子もなく、のんびりとした口調の成宮さんに対して、私はどんな態度で臨むのが良いのか一瞬迷ってしまう。

「危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

「あっ、え~と、それはいいんですけど、明星市はすご~~~く治安が悪いので十分に気をつけてください、特に数字の大きい九区や十区なんて、90年代のヨハネスブルグ…」

 私はつい早口で喋ってしまい、話の途中で成宮さんがどこか上の空なことに気づく。

「秋月和子さん、でしたよね」

「はい、秋月ですけど」

「ん~、和子さん、和子ちゃん…」

 成宮さんは思案顔で視線をさまよわせる、やはり私と成宮さんはどこかで面識があるんだろうか。

 気にはなっても、これ以上成宮さんに話しかける口実が見当たらずに私が戸惑っていると。

「一緒にお昼にしませんか?」

 成宮さんから昼食に誘われ、私達は一緒に警察署を出た。


「じゃあ、明星市にはお友達と?」

「はい、今は訳あって別行動になっちゃってて」

 私達は最寄りのファミレスで昼食を取り、今はデザートをつつきながらお互いの話をしていた。

 成宮さんの話を要約すると、明星市には友達と一緒に来て、しばらく滞在しているが今は訳あって別行動が多いということだった。

 成宮さんの滞在はただの旅行とは思えないが、明らかに意図して詳細を伏せているところがあり、さらに詳しく聞くことは憚られた。

 一方の私も殺し屋の稼業の助手のことは話せるはずもなく、通っている学校や明星市の概要など当たり障りのないことを一通り話すにとどまっていた。

 女子同士でお喋りに花が咲くということもなく、成宮さんに対しては自分とかみ合わない気配を感じ始めていた。

 改めて対面する彼女を見ると。

 とろんと垂れ気味の目。

 肉厚のぽってりした唇。

 舌ったらずでのんびりした話し方。

 編み込みがお洒落なロングヘア。

 そして、何よりも自己主張が強い大きな双丘。

 夢乃さんが年長者に気に入られそうな優等生タイプなら、成宮さんは男性に気に入られそうなタイプに見えた。

 一通り話し合ってみても彼女のことが気にかかる理由はわからず、そろそろ切り上げて帰ろうかという時、若い男の二人組が私達のテーブルの横に立ち止まった。

「ねぇねぇ、これから俺たちとどっか遊びに行かない?」

「二人とも超カワイイじゃん!」

 年の頃は大学生くらいに見える軽薄を絵に描いたような男二人は、こちらの反応などお構いなしに誘い文句を次から次へとまくし立てた。

 私はわざと最大限に嫌そうな溜息をついて男達に蔑みの視線を向ける。

「あの、私達もう帰るんで…」

「遊んでくれるんですかぁ~」

 断りを入れようとした私を遮り、成宮さんが甘ったるい返事をして、媚びた上目づかいで男達を見た。

「遊ぼ!遊ぼ!どこ行く?気持ちイイことしちゃう?」

「バッカ、お前何言ってんだよ!」

 馬鹿男二人が騒ぎ出して収集が付かなくなり、私は抱いた印象通りに男好きな態度全開な成宮さんを見限り一人で席を立とうとした。

「いいですねぇ、気持ちのいいこと、理沙が気持ちよくしてあげます」

 一足先に席を立った成宮さんが手前にいた男の首に両腕を回し、身体を押し付けるように抱きついた。

「うおぉ、マジかよ!?」

「積極的ィィ!」

 成宮さんと同類と思われるのが嫌で、速やかに場を離れようとした時、私はある異変に気付く。

 両腕を男の首の後ろに回したように見えた成宮さんの姿勢は、よく見ると左腕は首の後ろ、右腕は首の前で、自分の前腕で前後から男の首を挟む形になっていた。

 更に右腕の(そで)を肘までめくり、後ろに回した左手を右の袖に入れることで「コ」の字を作っている。

「は~~い、理沙がギュってしてあげますねぇ~」

「がっ…、やめっ、苦じっ…」

 成宮さんが前後の腕を小指側に外回転させることで万力のように首を挟む空間は狭まり軽薄男の首が圧迫されていく。

「かはっ…、あががっ」

 男は壊れたおもちゃのように手をばたつかせていたが、やがてはそれも動かなくなる。

 成宮さんがオーケストラの指揮者のように両腕を広げると男はその場に崩れ落ちた。

「ほら、お兄さんも♪」 

「ひぃぃぃ、すみませんでした!!」

 呆然と成り行きを見ていたもう片方の男は、ハッと気が付くと、気絶した仲間を背負って一目散に逃げて行った、店員さんに「お客様、お会計を!」と言われ、去り際に数枚の千円札をバラまいて。

「行っちゃった」

 成宮さんは何事もなかったように残りのデザートを口に運んでいる。

 目の前で展開した鮮やかな締め技を見て、私の頭の中で何かが閃いた。

 成宮さんを連れ去ろうとしたワンボックスカーの男達は電柱に衝突したせいで気絶したと思っていた。

 実際は逆だ。 

 成宮さんが男達を締め落としたから車は事故を起こしたんだ。

 意識を失わせる締め技。

 締め技。

 最近どこかで締め落とされたような。

 秋枝さんとの対戦ではなくて、もっと前に。

『おやすみ』

 耳の奥で以前に聞いた囁きが甦る。

 私は背後から首に巻きつく腕の感触を思い出した。

 夢乃さんとの特訓の最後の場面で私を締め落とした感触を。

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