第一話
海外旅行に行って日本の特色に気が付く。
同じことが国内の地域間でも往々にしてある。
以前に他県の地方都市を訪れた時、駅などの公共施設で『スマホ歩きは危険!やめましょう!』というメッセージのポスターを多く見かけた。
スマホを見ながら、更にはイヤホンで音を聞きながら外を歩く人は本当にいるのだなと、私は改めて実感した。
私の暮らす明星市は非常に治安が悪く住民の防犯意識が高い為、ひったくり・痴漢・その他凶悪犯罪を警戒して無防備にスマホを見ながら外を歩く人はほとんどいない。
そんな事情から、私の前をスマホを見ながら歩く女性は明星市の外から来た人だとすぐに気が付いた。
私、秋月和子が大晦日に成り行きでMMAファイター比良坂秋枝さんと闘ってから数日。
お正月気分が抜けつつある冬休みの午前中に、私は一人で家の近くを歩いていた。
スーパーに並んでいる冷凍食品は一通りコンプリートしたので今日のお昼は何を…、そんな事をぼんやり考えていた意識が前を歩く女性を見つけて一気に覚める。
明星市の住民ならしないであろう無防備なスマホ歩き、しかも連れのいない女性一人で。
更に交通量の多い幹線道路から少し離れ、人の目が少ない道ときている。
これは危ないと、私は緊張感を高めた。
ひったくりくらいで済めばいいけど。
女性に注意を促そうと私が早歩きを始めた時、ちょうど女性が交差点で左に曲がり視界から消える。
根拠はないが嫌な予感がした。
もう早歩きでは遅いと感じた私は交差点へ向かって全力で走る。
私が交差点に差し掛かると同時に、目の前を右から左へ一台のワンボックスカーが通り過ぎて行く。
交差点に入り私が女性の後ろ姿を確認するのとほとんど同時だった。
急停止したワンボックスカーの後部座席から降りた二人組の男が女性を車内に押し込み、すぐさまその場から逃走していく。
「ああ、もう!」
私はワンボックスカーを見失わないように走りながらコートのポケットから携帯電話を取り出し、ショートカットから110番へ通報した。
「はい、110番です、事件ですか?事故ですか?」
「女性が車に押し込められて、今!目の前で!」
「場所はどこですか、目印はありますか?」
「〇〇町星空公園近くの路上、車種は白いワンボックスカーで…」
私が対応する警察官に情報を伝えているうちに、前を走る犯人の車は不規則な蛇行運転を始める。
予想外の展開に私は言葉が詰まり、暫し無言になって車を観察した。
「もしもし、大丈夫ですか!」
「はい、犯人の車は三区方面に…」
みるみるうちに車の運転は乱れていき。
ドガァァンッ!
けたたましい音を立てて犯人の車は電柱に衝突して停止した。
「たった今、犯人の車は電柱にぶつかって止まりました、犯人は男二人と運転手…」
私は必要な情報を一通り警察官に伝えた後、慎重に停止した車へ近寄る、女性が連れ込まれた後部座席のドアの前に立った時、内側から誰かがドアが開けた。
男達がいつ飛び出して来てもいいように油断せず身構えて様子を見ていると。
「おいしょっと」
車に乗せられた女性が一人で降りてきて、私に気づくと笑顔で会釈をした。
女性、というより女の子は高校生の私と同年代に見えた。
女の子は突然の犯罪被害の後だというのに、怯えた様子はなくのほほんとして微笑さえ浮かべている。
「えっと、大丈夫…、ですか?怪我は?」
私ができる限りの優しい声音で声をかけると、女の子は首を傾げて考える素振りを見せた後、
「どこも怪我はないですよ、びっくりしちゃいましたね」
全く緊張感のない間延びした口調で応えた。
「まずは離れましょう」
私は女の子の手を取って車から離れるように促す、その際に車内を見ると後部座席に二人、運転席に一人の男達三人は全員が気絶しているようで動く気配はなかった。
しばらくしてパトカーと救急車が到着すると、男達にも大きな怪我はないようで全員が自分の足で歩いて連行されて行った。
私と女の子は二人組の制服警官に幾つか事件に関する質問をされ、女の子は警官に「成宮理沙、16歳です」と名乗った。