プロローグ「獣たちの楽園」
この度新連載となりました「鋼導のエルガリオン」
昨今人気上昇中のロボットコンテンツのように、皆さまが楽しめる作品になればと思います。
プロローグ「獣たちの楽園」
海の彼方から現れた者たちが、先祖の住処を踏み潰した。
豊かな緑を薪に変え、澄み切った青は汚水に染まった。
平坦な土地には鈍色の城塞が立ち並び、天を突くばかりの山はくり抜かれた。
「あら、今日はちゃんと原石が採れたのね。先月よりはいいんじゃない?」
「は、はい! 我々も、誠心誠意、働かせていただきまして……」
その一角。とある山林に囲まれた村に、人の姿があった。
弩弓を構えた兵士たちが周りを囲み、宝飾品に身を包んだ婦人が、跪かせた現地民たちの手から、掘り出されたばかりの原石を摘み上げる。
張り付けた笑みで応える老人は、この集落の取りまとめ役――長だ。
「でも量が少ないわねぇ。小さいし、薄い」
「で、ですが、私たちにはこれが限界で……」
「これだと今月も上納金には満たないわねぇ。私たちも催促したいわけじゃないのよ」
「も、もう少しで別のものが掘り出せます。新しい坑道も掘り進めていますから、もう少し、もう少しだけ……」
「足りないなら別の部分で稼ぐぐらいの知恵を働かせなさい。この駄獣!」
婦人の振り上げた足が、老人の顔を蹴り飛ばす。
蹴られたこの長の顔には、くちばしがあった。腕に翼の名残があり、靴を履いていない足も、三本指の足が黒い爪を振るわせている。集落には、同じくくちばしを持つ者もいれば、持たない者もいる。
それぞれ異なる部分はあれど、鳥類の特性を持つ彼らは、この大地の原住民。
「いい、駄獣もどきども。もう一度教えてあげる。私たち人間は、あんたたちの主人。主人に飼われている獣は、黙って従い働くの。そして必要なら主人が喜ぶ方法を考えなさい。主人が疲れていたら癒しを与え、食料を求めていたら狩ってくる。それが優れた獣というもの」
「別の部分と言っても……」
「ここは鳥類型の原住民が多いわね。哺乳類型に比べれば需要は少ないけど、好事家はいるわ」
婦人の言葉の意味が、理解できないわけではない。
他の集落でも、同じような“狩り”があった。この村の近くにある坑道での労働力を確保するために、今まで手が付けられていなかっただけだ。
その生産性が目に見えて落ちてきたことで、ついにはこの集落も、“狩り”の対象になったのだろう。
「ふざけんなぁ! 俺たちの土地を荒らして、神聖なお山をくり抜いて、それでもまだ飽き足らねぇってのか!」
「黙って従ってばかりだと思うなよ。テメェらなんて、握り潰してやりゃ一瞬だ!」
立ち上がったのは、村でも屈強な男たちだ。兵士たちより頭一つ二つ大きく、腕の太さが兵士の胴体と同じくらいだ。空を飛ぶことはできないが、重なるように生えた羽毛と、鍛えられた筋肉はクロスボウにもひるまない。
兵士の一人を掴み上げ、力の限り投げ捨てる。
「駄獣もどきはさすがに力は強いわね。アレを出して!」
若者たちの反逆に、婦人は怯まない。むしろ泰然自若として、兵士たちに指示を出す。
原住民たちは、人間よりも強い。肉体の強度、筋力、感覚――動物の特徴を持つ彼らは、ただ殴り合うだけなら、武器があろうと爪も牙も毛皮もない人間に負ける道理などない。
ならばなぜ、彼らは支配されているのか。
「アルマートゥス、現着します!」
「一般兵は待機、婦人の護衛に回れ!」
「攻撃用意、放て!」
兵士の放つクロスボウに怯まなかった若者たちの体が、地面に突き刺さる鉄の杭に吹き飛ばされた。
地面が吹き飛び、彼らの屈強な体は地面に倒される。太陽を遮り、倒れた彼らに影を落とすものを見た時、頭の中を満たしていた怒りが消えていく。
目の前に佇む恐怖が、怒りの感情を上書きしていったのだ。
「忘れたかしら? あなたたちの先祖が半世紀前、どうして私たちに屈したか」
アルマートゥス……若者たちの五倍はあろうかという鋼の巨体が、唖然とする彼らの体を掴み上げた。
兜状の頭の奥に光る二つ目、そこから流れ込む情報をもとに、兵士たちは村民たちに粛清を加えていく。
「殺しちゃだめよ。採掘量が減るのはこちらの損失。適当に放り投げて、労働力にならなさそうで、かつ金にはなりそうなのを見繕いなさい」
「承知しました!」
婦人の言葉に従い、巨兵の中にいる兵士たちは家屋を踏み潰しながら集落を捜索する。
「ああ……ご先祖様、どうか、どうか我らをお救いください……」
アルマートゥスは、海を越えてきた者たちの持ち込んだ、汎用兵器だ。どこから手に入れたかはわからないが、中に人が乗り、自由自在に動かすことができる。
その怪力はどんな力持ちも勝ることはなく、大きさもはるかに上回る。北の大地に住むと言う巨人族でもなければ、太刀打ちできない。
「そのご先祖様が負けたのよ。でも安心しなさい。全員は連れて行かない。この先増えてもらわないといけないし、あなたたちは平均寿命が短いものね。ちゃんと人数比率くらいは合わせておいてあげるから」
膝をつき、祈ることしかできない者に、婦人は侮蔑の目を向ける。別に彼女だって原住民を殺したいわけではない。下等種だと見下しているだけだ。
「いやっ! 離して!!」
「くそっ! 侵略者どもが……絶対……絶対いつか殺してやる!」
「誰か、誰か助けて……」
捕まえられたのは、若いオスとメス、三人ずつ。
婦人はイラつきに顔を歪め、耳を塞ぐ。家畜がギャーギャーと騒がしいと、出荷するのも面倒になる。だからと言って金を稼がないことには生活が立ち行かない。
「さっさと連れて行きなさい。あら……?」
ふと、婦人が何かに気づく。彼女の視線は、アルマートゥスたちがなぎ倒した家屋の向こう。先ほどまでいた場所からは見えなかった、坑道のある山のほうへ向けられた。
軽く手を叩いた彼女は、自分をその場所まで運ばせる。
捕まえられた原住民を引きずって、さらに村長も捕らえた獲物のように運ばせて、彼女は坑道の前に立つ。
「あれは、何かしら? 岩から出ているけど、誰か掘ったの、あの彫刻」
彼女が指差したのは、坑道の付近の壁から生えている突起物。否、それは人の頭のように見える。少々丸くて潰れているが、石造のようなもので間違いないだろう。
上に載っていた土が、坑道を広げるための作業の影響で崩れたのだ。
「い、いいえ! あれは、つい先日の山崩れがあり、その時に現れたものでして、決して、我々が隠していたわけではございません!」
「あら、ならどうしてそんなに狼狽えるの?」
確かに、この石造の全体像は、今まで隠れ続けていた。
正しくは、その頭部以外、原住民ですら全容を把握していなかった。
『見守り様』――そう呼んで先祖代々集落を眺める場所に存在する巨大な顔。土と木々に埋もれた石造は、誰が作ったかわからなくても、この集落に住む彼らにとって大事な守り神であった。
「そう。じゃあ持って帰ろうかしら。あなたたち、あの頭、取ってきなさい。庭先か玄関に飾ったらうちの人も喜ぶんじゃないかしら?」
「そ、それはお待ちくだ――ガッ!」
アルマートゥスによって胴体を掴まれ、動くことすらままならない長の頬を打つ。声を無理やり途切れさせた。
「旦那様――総督閣下でしたら、先日反抗勢力の本拠地を破壊し、クラトーリア第六殊勲賞を賜れたとお聞きしております。おめでとうございます、婦人」
「ええ。帰ってきたときにあんなおっきな像が出迎えてくれたら、嬉しくて腰抜かしちゃうんじゃないかしら。ほら、早く取ってきなさい」
まるで庭先に観葉植物を飾るような感覚で、民族の遺物を奪おうとする。
尤もこの土地に暮らす者たちすら全容を知らなかったものであり、そもそも何のために存在する石造なのかもわからない。
加えて言えば、この土地は婦人の所有物だ。
原住民たちにとっては誰が決めたのかもわからない所有権を勝手に主張し、勝手に乗り込んで、何もかも奪っていくだけの者たちに、逆らうすべなどなかった。
「これ以上、俺たちの山を穢すな!」
「呪ってやる! 私たちの命尽きるまで、お前を呪ってやる!」
「黙らせておきなさい。商品価値は下げないでね」
原住民たちの慟哭も、婦人には届かない。
なぜなら、彼女はこの土地の権利者だから。彼女の夫は巨大な軍事力を持つから。
全てを支配し、奪う権利が彼女にはあった。
ふと、鎖につながれた原住民の少女が顔を上げる。くちばしはないが、側頭部に羽毛があり、腰には力なく垂れた翼がある。
彼女の黒い瞳が石造を見た時、確かに、『見守り様』と――その単眼と目があった。
「――誰か、いるの?」
婦人の護衛に就いていたアルマートゥスが一機、背中に着けていた剣を抜く。
もちろん、大きさもアルマートゥスの身長に合わせて巨大で、一振りで大木を切り裂くだろう。岩石に叩きつけても斬り落とす分厚く鋭い金属板。あの石造の首とて簡単に落ちるだろう。
「慎重にやれよ。首だけじゃなくて頭まで壊したら、お前前線行きだぞ」
「わかってるっての。ホラそっち支えろ、大丈夫当たらねえ位置で振るから。よし……」
アルマートゥスたちは、一機が頭を支え、もう一機が剣で首を狙う。
「お願い。助けて」
少女の呟きが零れた時、『見守り様』へ大きく振りかぶった刃が迫る。
「え?」
「は?」
それは、突然だった。首を支えるほうのアルマートゥスが、後ろから押されて前に出る。降りぬいた刃は止めることも叶わず、『見守り様』の首に当たる前に同僚を斬る。
頑強なアルマートゥスの、さらに最も頑強な、胸から首にかけての操縦席回り。肩からざっくりと抉った刃と装甲の隙間から漏れたのは、赤い液体だった。
「う、うわぁぁっ! な、何してんだよお前! 馬鹿野郎!」
「おい、今の押したの! ……誰だ?」
「いいから早くハッチ開けろ!」
周囲を警戒し、原住民たちを捕まえていたアルマートゥスが駆け寄ってくる。
『見守り様』の頭を斬り落とそうとしたアルマートゥスの周りには、他のアルマートゥスはもちろん、人影すらない。誰にもその背を押すことなどできないはずだ。
唯一、その背に手を回せる位置に、腕のあった『見守り様』の体以外は。
『わかった。それがこの機体に……』
「何を、言って――」
『望まれていることなら!』
声の出所を探ろうとしたアルマートゥスの左頬を、突然動き出した何かが殴り飛ばす。
崩れ落ちた岩と、流れ落ちる砂の音。固まった関節を動かして骨が鳴るように、錆び付いた駆動音が山林に響く。アルマートゥスたちの動揺する足音に対し、力強く大地を踏みしめる足音は、彼らより大きな体を持つが故か。
「見守り様が、お立ちになった……」
「見守り様の瞳が、お開きになっている」
立ち上がり、敵を見下ろすその単眼が、鈍色の機体の中で赤く輝く。
その様子を見て、原住民たちは回らない思考で必死に言葉を紡ぐ。
「な、なによ、あれは。後退しなさい! 私を、守りなさい!」
一方で、獣のごとく危機を理解した婦人は、真っ先に『見守り様』から離れていく。残りのアルマートゥスたちは、同僚の仇を前に武器を抜く。
「アルマートゥス戦の訓練なんて、こっちは何時間でもやってんだよ」
「骨董品が……ばらして鍛機師どもに売りつけやれ!」
さすがは鍛錬された兵士たちだ。すぐに混乱から冷静さを取り戻し、目の前の敵に相対する。村長や村民を捕まえていた者たちも手荷物は捨てて『見守り様』を囲い込む。
彼らの目に映るのは、大型のアルマートゥス。
自分たちの十メートル程度の機体より、二回り……五メートルほど大きな機体は、それだけでも威圧感が違う。
『勢いでやっちまったけど……いや、でも正当防衛だ。うん』
拳を構えた単眼の巨人は、敵をその視界に納めた。
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