【後編】侯爵様はやり直す
ヴァレリーがオルゴールを見つけたのは、結婚式当日の寝室でだった。
眠るリーディアになにげなく手を伸ばしたとき、枕元に硬い感触を見つけたのだ。
リーディアを起こさないようにして、それを取り出したヴァレリーは、しばらく驚きに声も出なかった。
(こんなことなら、これを手放すのではなかった)
「リディは、結婚生活をやり直したいのか? いや、まさかそんな、待ってくれ」
思わずつぶやいた声が、みっともなく裏返る。ヴァレリーはオルゴールを落としかけ、すんでのところでつかんだ。しかしその拍子に執務机に積んだ書類の山が崩れ、床に舞う。拾おうとすれば、今度はインク壺が倒れ、机に不気味な黒溜まりが広がった。
「やめろ、やめてくれ」
慌ててハンカチを取りだし、机を乱暴に拭く。インクを床に零す事態だけは避けられたが、ヴァレリーは深々と息を吐いた。
こんなにうろたえたのは、人生で二度めである。普段は冷酷とまで言われるヴァレリーだが、その実、一度うろたえるといつも立て直しが難しかった。だからこそ、戦場では思考を切り離しているのだが。
胃液が迫り上がってきて、ヴァレリーはまた呻く。
「考え過ぎだ、そうに違いない。俺が帰ったとき、リディは喜んでいた。あれは嘘ではなかったはずだ……」
「おやおや、この部屋は嵐にでも遭ったのかい? ヴァレリー」
「……伯爵令息が窓から入るのはよせ、フランツ」
この場にそぐわない朗らかな声に顔を上げ、ヴァレリーはソファに腰掛けた神出鬼没の友人をにらむ。
「今はただの死人さ。それより、貴方は僕の妹のこととなると、相変わらずてんでダメになるね」
「もう驚かないが、聞いていたのか」
世間では死んだとされているフランツ――リーディアの兄は、父親と共に禁忌の研究に援助したかどで国に危険視され、命を狙われた。
父親は無念な結果になったが、フランツはなんとか国外逃亡を果たした。ヴァレリーは彼の死を偽装した。その事実は、フランツとヴァレリーだけの秘密だ。
以来、フランツはときおり前ぶれもなくヴァレリーの前に現れる。
「俺は、君から預かったオルゴールを使った。リディが同様に過去を変えようとしていたとしても、ふしぎではないだろう?」
思い返せば、おかしいと思う瞬間はあった。
結婚式も初夜も、リーディアは妙にそそくさと、まるで早く終わらせたいとでもいうかのようだったのだ。
「しかも今朝などは、リディは必死になってオルゴールを探していた。昨日の再会を後悔したからかと思うと……ああ、俺はもう終わりなのだろうか?」
戦場では誰より冷徹に振る舞うヴァレリーは、最愛の妻のこととなると容易く動揺した。
(リディはどこから俺との結婚生活を後悔し始めた? いや、結婚そのものを後悔した? 俺はなにを誤ったのか……)
思考が暗いほうへ転がり落ちるのを止められず、深いため息をつく。
「そうか、俺はもっとほかの貴族のように言葉を飾るべきだったのだ。なんてことだ、情緒がなさ過ぎて失望されたのか」
「妹もたいがいだけど、貴方も歳のわりに臆病だな」
「放っておいてくれ。あれほど可愛い女性を前にして、臆病にならないほうがおかしい」
フランツが笑いながら執務机までやってくると、突っ伏したヴァレリーの眉の傷痕をつついた。
「しっかりしてくれないかな、ヴァレリー。貴方は、リディを死から取り返してくれたんだよね? 父と僕は、あのオルゴールを疾しい目的で手に入れたが、貴方はリディを助けるために使ってくれた。感謝じゃ足りないし、僕は貴方にも幸せになってほしいと思ってる。……待てよ、死んだ父と死んだとされる僕、そして死ぬはずだったリディ。こうして並べると滑稽だと思わないかい?」
「笑えないのだが」
「はは、そうだよね」
簡素な服を着ていても野蛮に見えないのは、元貴族ゆえの立ち居振る舞いと、リーディアに似た穏やかな面差しのせいか。
「今日はなにしにきた?」
「リディの十八の誕生日祝いというところかな。このままでは、夫婦の危機のようだから。はい、これ」
ヴァレリーは顔を上げ、フランツが差しだしたものを受け取る。
鉤状に曲がった、針金といえばいいだろうか。先端には、すずらんの花を象った真鍮の飾りが慎ましやかについている。
「オルゴールの、もうひとつの部品だよ。せっかくだから側面に差しこむといい。リディは貴方の思うような理由で、オルゴールを使ったんじゃないと思うよ」
「なぜわかる」
「これでも兄だからね」
「それはそれで複雑だ」
「心配しなくとも、今は貴方がリディのいちばんだよ」
ヴァレリーはフランツに示されるまま、取手を木箱の側面に開いた小さな穴に差しこむ。
——ゆっくりと取手を回す。
最初に目の前に映し出されたのは、ヴァレリーがループした過去だ。
*
映像の中では、リーディアが暴れ馬の犠牲になっていた。
ディモンシュ家が国によって恣意的に没落させられ、リーディアは貴族の身分を失った。それからまもなくのことだ。
彼女が主人である子爵令嬢とともに舞踏会から帰る際に起きた、痛ましい事件だった。まだ、ヴァレリーがリーディアと逢瀬の約束をする前だ。
そのころから、いやそのずっと前から、ヴァレリーはリーディアに想いを寄せていた。
誰もが恐れ目を逸らす、冷酷で残忍な軍人。そんなヴァレリーに、リーディアは目が合えばいつも笑顔を向けてくれた。可憐ながらも、周りに流されない芯のある女性だったのだ。
近づけば怖がらせるのではないかとびくつきながらも、ヴァレリーはその日、初めてダンスを申し込んだ。初めて踊った。
あの幻のダンスを、ヴァレリーは今もはっきりと覚えている。
『閣下が怖い、ですか? いいえ、一度もそう思ったことはありませんわ。お国のために最前線に立ってくださる方を、どうして恐れましょう。それに、これは私だけの秘密でしたが、特別に教えて差しあげます。……実は、閣下が濡れ鼠になりながら野良猫を助けたのを、目撃したことがあるんですよ?』
挨拶はたどたどしかったのに、リーディアはヴァレリーの話になるととたんに流暢になった。彼女ははにかみながらも、嘘のない目でヴァレリーを称えた。悲劇が起きる、わずか一時間前のことだった。
オルゴールを使っても、最初の二度は悲劇を食い止め損ねた。
三度めにやり直したときは、ダンスに誘わなかった。代わりに馬に毒を仕込んでいた者を突き止め、馬とともに葬った。その際、ヴァレリーは眉の上からこめかみへ傷を負ったが、そのかいあって悲劇はようやく回避された。
その後、オルゴールはフランツに返したのだが……フランツはリディが手に入れるように仕向けたのだろう。
「やっぱりリディは後悔しているのではないか? だとしたら、解放してやるべきなのか? 俺には、とても耐えられそうにないのだが。しかしリディがそう望むなら……いや、やっぱり無理だ」
繰り返される映像にヴァレリーは呻く。オルゴールを回す手を止め、ふたたび執務机に突っ伏した。
拭き残したインクが髪につき、反射的に手で拭う。結婚生活にシミをつけられたかのように、シャツが汚れる。
「ヴァレリー、落ち着こうよ。なぜ今の映像で思考がそちら側に行くのかわからない。貴方は、泣く子も黙る軍人だよね? リディに振り回され過ぎだよ」
「目の前で彼女の命が失われるのを見たんだ。なにが起きてもふしぎではないし、俺が運命を変えたせいで、リディが別の男を想うようになることだってありえる。振り回されて当然ではないか?」
「そうかもしれないけど。でもリディは兄の僕でも理解に苦しむくらい、ひとりで盛り上がっていられるやつだから――」
そのとき控えめなノックの音が響き、フランツは口をつぐんだ。
「ヴァレリー様、少し休憩なさいませんか? お茶とお菓子を用意しました」
「リディ?」
ヴァレリーが返事をしたときには、フランツの姿はカーテンの向こうに消えていた。
いつもそうだ。フランツは突然現れては、またたくまに去ってしまう。国の監視が妹に向かうのを恐れてだろう。だからヴァレリーは、ディモンシュ家の復興とふたりの再会をひそかな目標にしている。軍の遠征と称したうちの半分は、その足がかりを作るために費やしていた。
ヴァレリーはひとまずフランツのことを意識の外にやり、オルゴールを引き出しにしまおうとした。しかし、取っ手が引っかかって入らない。
まだ再生は途中で、これからリーディアがやり直した過去が見られるはずなのだ。取っ手を抜くわけにもいかない。
ヴァレリーは焦ってズボンの尻ポケットに押しこむが失敗し、オルゴールは机の足元、ちょうどばら撒かれた書類の上に落ちた。
しかし拾いあげるまもなく、リーディアが入ってくる。ヴァレリーはとっさに机の上に残っていた書類もオルゴールの上へばら撒いた。
*
「失礼します。……まあ! ヴァレリー様、どうなさったのですか!?」
メイドだったときの癖が抜けずに、自らワゴンを押してやってきたリーディアは、ヴァレリーをひと目見て驚きの声を上げた。
「なにかおかしいか?」
「おかしいというか、顔の右側が真っ黒です!」
「ああ……そうか」
張りのない声。ヴァレリーの右頬はべったりと汚れている。リーディアは信じられない思いで周囲に目を走らせた。
床には大量の紙が散らばっており、机の上にはインク壷の倒れた形跡がある。インクの零れた跡はまだ生々しい。どうやらインクを拭ったときに、顔についたのだろう。
リーディアはワゴンを放り出し、ハンカチを手に取ってヴァレリーの頬を拭う。綺麗に取れたとは言いがたいが、ヴァレリーはされるがままだった。
「うたた寝でしたら、きちんとベッドで眠られたほうが疲れが取れますよ。眠れないのでしたら、私が微力ながらお手伝いしますし……」
リーディアは床に山積した書類もまとめて拾いあげ、机に戻す。
「疲れてはいない。ただ、少し疲れただけだ」
「だいぶお疲れですね……? 遠征から戻られたばかりですもの。根を詰めすぎては、体に障ります。さあ、休憩しましょう」
リーディアは普段の拙さが嘘のようにそう促すと、ヴァレリーの手を強引に引きソファに座らせた。
(ヴァレリー様、やっぱりお元気がないわ。まさか病気では……! お医者様をお呼びして、今日の夕食は体に優しいものを作るよう、コックに伝えましょう。それからお風呂もいつもよりぬるめにして……)
「リディ、君はこれまでの人生を後悔したことがあるか?」
リーディアはソファまで運んできたワゴンから顔を上げた。
「急に、どうされたんですか?」
「聞かせてくれ。後悔はあったか?」
「それは……ありますよ」
ヴァレリーの顔が曇る。リーディアはローテーブルにお茶を支度しながら、言葉を慎重に選んだ。
「私が男ならディモンシュ家を救えたかもしれない、とは何度も思いました。父や兄ともっと話をしておけば、ふたりを失うこともなかったかもしれないと思った日も……あります。でもそうできたとして、逆に今日をヴァレリー様と過ごすことはできなかったかもしれないって思ったら……私はやっぱりこのままがいいです」
「では、結婚を後悔したことはないのか? 正直に言ってくれ」
「はい!? あるはずないです! 今がいちばん幸せですもの! 私は、ずっと前から……まだ伯爵家の娘だったときから、ヴァレリー様をお慕いしていたのですから」
あまりに疲れた顔を見せられたからかもしれない。後悔したことがあるだなんて、一瞬でも思われたくなかったからかもしれない。
気づけばいつもの拙さはなりを潜め、リーディアはこれまで上手く伝えられずにいた本心を、ヴァレリーに打ち明けていた。
「そう、なのか? そうか、後悔していないのか……そうか……慕って……慕ってくれていたのか……!?」
ヴァレリーはふらふらとテーブル上のクッキーへ手を伸ばすと、五枚ほどいっぺんに口に放りこんだ。
目をみはるリーディアの前で、まだ汚れの残る頬を膨らませて雑に噛み砕く。とたん、ヴァレリーはむせて咳きこんだ。
「ゴホッ、ぐっ、ゴホッ、グフォッ」
「ヴァレリー様!? 大丈夫ですか? お茶を……っ、駄目だわ、まだ冷めてない。お水をお持ちします!」
こんなヴァレリーは初めて見る。ヴァレリーに駆け寄って背中をさすったリーディアは、水を取りにいこうとして思い直した。呼び鈴を鳴らしたほうが早い。
しかし呼び鈴を引くべく執務机へ目を向けたリーディアは、先ほど机に積み直した書類の山から、見覚えのある箱が覗くのに気づいた。
「これ……!」
リーディアはていねいに書類を避け、木箱をつまみ上げる。背後でカップのぶつかる派手な音がした。
「ゴホッ、待っ、ぐっ、リディ!」
「ヴァレリー様?」
ヴァレリーが顔をしかめ、つま先をさすりながらやってくる。小指をローテーブルにぶつけたようだ。
リーディアは木箱を手にしたまま、ヴァレリーの元に駆け寄った。
「お怪我はありませんか!?」
「ない。それよりその箱なんだが、実はな」
「はい、私、ヴァレリー様のお部屋に置き忘れていたんですね……!」
「あ、ああ」
「でもこれで、ヴァレリー様のお留守に、書斎に入ったのがバレてしまいました。すみません、領主のお仕事を少しでもお手伝いしたかったんです」
「いや、ありがとう。助かる。だが今はその話ではなくてだな。その箱は」
「ええ、ええ、心配して探してくださったんですね。見つけてくださって、ありがとうございます……!」
ヴァレリーが冷や汗を掻いているとも知らず、リーディアは木箱を腕にそっと抱きしめた。
これでまたいつか、幸せな気分を味わったときにループできる。
(ほんとうによかった! でもヴァレリー様は、お仕事の合間に探してくださったのかしら? そうよ、それでお疲れなのね! なんてこと!)
リーディアはふたたびヴァレリーをソファへ座らせると、自身もその隣に腰を下ろす。木箱をテーブルに置き、ヴァレリーの手を取って唇を寄せた。
「リディ」
戸惑った声が降ってくる。リーディアは顔を上げ、木箱を手元に引き寄せた。
「ほんとうにありがとうございます……! あら? 取手がついていますわ。もしかして、ヴァレリー様がつけて……くださったんですか? 素敵、箱の模様とおなじ、すずらん……ですね?」
「あ、ああ。それも一興かと思ったんだが、要らなければ捨ててくれ」
「まさか。ヴァレリー様がくださったものを捨てるなんて、過去に戻れたとしても決してしません! 触ってもいいですか?」
「ああ……」
ヴァレリーはなぜか痛みをこらえるふうな声を上げ、ソファに深く背を預けて片手で顔を覆った。
「ヴァレリー様、やっぱり今日はもうお休みになりますか?」
「いや、いい。それより、早くやってしまってくれ」
投げやりな様子が気にかかったが、リーディアは取手を壊さないよう、おそるおそる回してみる。ふしぎなほどスムーズに回る手応えがあり――。
『リーディア嬢か、久しいな』
初めてふたりきりで過ごした馬車の日が、ふたりの前に映し出される。
リーディアは映像とヴァレリーの驚く顔を交互に見比べ、羞恥のあまり両手で顔を隠した。
*
「まさか、逢瀬もプロポーズも……っ、っ、しょ、初夜まで、再生されるなんて、思ってもみませんでした! 恥ずかしすぎます!」
リーディアは己の所業に、心の内で派手にのたうった。過去にループしたすべての出来事が、こともあろうにヴァレリーの前でつまびらかにされてしまったのだ。いったいどんな仕組みなのか、見当もつかない。
おかげで、プロポーズも結婚式での誓いの言葉も、耳にタコができるほど聞かされるはめになった。
嬉しいけれど、ヴァレリー本人を前にしてしまうと、恥ずかしさのほうが圧倒的に優位だ。こっそり楽しんでいた、破廉恥な小説が見つかったときに似ている。そんな小説は持っていないけれど。
(人は、恥ずかしさで死ねる生き物かもしれない……っ!)
テーブルに突っ伏したまま、顔を上げられない。
「リディ? これは……」
「聞かないでください、そっとしておいてください」
「知りたいのだが」
「〜〜〜それは、だから、ヴァレリー様があんまり素敵で、甘い言葉をくださるからっ……嬉しくて、何度も、その日を…………繰り返していたんですっ!」
「…………つまり?」
「つまり、嬉しい日って、もう一回初めからその日を過ごしたくなるんです! だからこのオルゴールのつまみを回して……」
説明は支離滅裂だった。ふしぎなオルゴールの仕組みにいたっては、説明にすらなっていない。それでも、リーディアは口下手なりに懸命に説明した。
ヴァレリーは、口を挟まなかった。
よくも下手な説明で理解できたものだと思う。それとも、理解してはいないけれど、ひとまず脇に置いておくということかもしれない。どちらにせよ、ヴァレリーはリーディアが上手く話せなくても、咎めることもなかった。
ただ、どこかほっとしたような顔を見せただけだ。
「未来を変えたくてやり直したのではないのか?」
「とんでもないです! まったく違います! 幸せだから、浸りたかったんです……それに私、話すのが上手ではありませんから、少しでも上達したくて」
「では、必死にこれを探していたのは」
「それは……久しぶりにヴァレリー様と一緒に過ごせたんですもの。いつまた遠征に行かれるかわかりませんし、く、繰り返したくなってもおかしくない、と……思います」
淡々と問われるまま答える。取りつくろう気力もなかった。
「そうだったのか……」
「す、すみません。何回もおなじことに付き合わされたなんて、気分が悪いですよね……」
「まあその、俺がリディを楽しませていたなら、いい。が……焼き直しの俺に満足されるのは、少々複雑だ」
ごほ、とヴァレリーが咳払いしたが、その様子はすっかりいつもの彼らしく落ち着いたものに戻っていた。顔色も悪くない。
リーディアはほっとして、冷めてしまった紅茶に口をつける。
「でも間違いなくヴァレリー様なんですよ」
「だが、俺の知らない俺ではないか。俺もリディの初心な反応を直接、見たかった。別の俺だけが見ていたと思うと、気分が悪い。できれば、二度と過去を繰り返さないでほしい」
「えっ、そんな……」
なんだかよくわからない理屈だけれど、リーディアはヴァレリーに気圧されてうなずく。
「それから、もうひとつ頼みがある」
「は、はいっ、なんでもお伺いします!」
ヴァレリーがソファから腰を上げる。リーディアも彼にならって立ち上がった。
「リーディア嬢。……俺と踊っていただけないだろうか?」
差し出された手を、リーディアはきょとんと見つめる。
「嫌か?」
「まさか! 嬉しいです! ヴァレリー様と踊れるなんて、初めてですもの……! めまいがします」
「愛しい妻よ、倒れないように踊ってくれ」
ヴァレリーがじっとリーディアを見つめる。
それは眩しいものを見るような、遠いどこかを見るようなまなざしだった。
「気をつけます! ……でも一度くらいは、今日をループしても構わないですか?」
「ダメだ、やめてくれ」
顔をしかめて即答したヴァレリーに少々惜しい気分になりながらも、リーディアは頬を上気させて差し出された手に手を乗せた。
【了】