69話 覚悟しておくことだ。フィリィ。
定められた未来であるのなら受け入れるまでだ。
契約であったのに感情が伴ってしまったのは想定していなかったけれど、問題はない。今後の人生にとって、相手にポジティブな感情があるのは良いことだ。
でも。
(全部がレオンの思惑通りっていうのもなんか悔しい)
そもそも比べることでも競うことでもないのだが、うまく転がされている気がしてならないのだ。
「レオン。でも具体的な話は爵位継承が決まってからよ。結婚にだけかまっていられないの」
これから王太后殿下と王家との交渉、ルーゴ伯爵家との対話と認知。ウェステ伯爵家の戸籍の取得。
やらねばならないことが多すぎる。
結婚は慶事ではあるし、若い女性にとっては一大事だ。けれど、私には時間も手も割くことは難しい。
「うん。そりゃそうさ。僕もそのつもりだよ。むしろ全てのことを後回しにして結婚式に全力になる女性なら僕はプロポーズなんてしなかった」
そんな女性は好みじゃないからね、とレオンは笑った。
「今までもこれからもレオンしか私の相手はいないんだから、その辺は心得ておいてね。最優先なのはマンティーノスだけど、人事で一番大切なのはレオンよ」
「わぁ、嬉しいね」
レオンは破顔する。
「僕もきみ以外はいらない。浮気はだめだよ? フィリィ」
「何言ってるの? 庶子で苦労してきたのに同じ事するわけないでしょ。レオンの方が心配だわ」
大貴族で大富豪な美丈夫。
レオンが望めば後腐れのないお相手なんて山のように現れるだろう。
レオンは揶揄うように、
「信じてほしいんだけどなぁ。僕はね、フィリィ。きみがルアーナの部屋を出て見送りに来るまでの僅かな時間で、毒の入った瓶を温室で見つけるくらいには、きみに夢中なのに」
「え?? 見つかったの?」
レオンはポケットから親指ほどの大きさのクリスタルカットが優雅な瓶を取り出した。
「これっぽっちで2万マラベティ。この世で一番高価な物体じゃないかな?」
「本当にね。それにしても毒が入っていた割には優雅な設えね」
私は瓶を凝視する。
クリスタルガラスに施された繊細で丁寧な意匠は、貴族に絶大な人気のあるドレアール社の香水でも入れられているようだ。
(中身は毒が入っていたのに)
滑稽だ。
「これ空っぽよ。証拠になるの?」
「うーん。中の分析はカディスの技術では難しいと思う。でもね。瓶はここにあるだろう? 製造元や販売先は調べることができると思うよ。高価な瓶だからね」
希少で贅沢な品物ほど足がつきやすいのだ。
貴族を満足させるレベルの品物を作れる工房などたかが知れている。
カディスでは数件、近隣国でも両手で足りるほどだ。
「クリスタルガラスの特産は隣国ターラントだ。でもこのレベルの物が作れるのはターラント王家直営の工房しかないだろうね」
私は窓際まで移動し瓶を日差しにかざしてみる。
瓶の表面に光が反射し、絨毯の上に繊細な模様を映し出した。
「わぁ素敵」
思わず声が漏れる。
「すぐにバレるのにどうしてこんな瓶を使ったのかしら。一時的に入れておくだけのものでしょう? 庶民の使う実用的なものを使えばよかったのに」
「そりゃあ、フィリィ。毒を売った売人の策略だよ。貴族に言い値で買わせるためさ。貴族は見栄と虚勢でできている。クリスタルガラス製品と陶器の器、どっちに金を出すかって言えばね?」
「……オヴィリオさん、阿呆なのね」
「貴族的だと言ってあげなよ。フェリシアの義兄さんなんだから」
貴族的。
ただの世間知らずだ。
(物は言い様ね)
レオンは私から瓶を受け取るとハンカチに包み、再びポケットに収める。
「販売先は部下に調べさせるよ。裁判でエリアナ殺害の重要な証拠になるだろうしね」
「レオン、裁判まで間がないのに調べることができるの?」
「サグント家ってね、カディス以外にも拠点があるんだよ。ターラントにも持ってる。僕が命じれば台帳くらいすぐに手に入るさ」
まるで晩餐用のワインの品種を選ぶかのように軽く言う。
それがカディス国内の話ではなく『隣国』なのにだ。
「……私の嫁ぐ先は恐ろしいところね」
「そうだよ。僕からは逃れられないよ。覚悟しておくことだ。僕の愛しいフィリィ」
レオンは両手で私の頬に触れ、そっと額に口付けた。
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