51話 お母様の思い出を穢す人。
「セラノ様、私の夫はあなたと話した後にマッサーナの若君とどこかに行ってしまったのよ。何があったのかご存知ない?」
継母は強い香水の香りと共に私に詰め寄った。
継母はデボラ・パエスという。
もう四十路も間近なはずだが、皺の一つもなく美しい人である。
黙っていれば若々しい上品な奥様で十分通用する……のだが、残念なことにセンスが悪かった。
継母は成金趣味なのだ。
つまりは派手なことが好きで、宝石に目がないということだ。
今日も継母はポリシーに従って、レース過剰なドレスに宝飾品ーー耳にも首にも、そして指にもーーたっぷりとつけている。
金属が擦れ合う音が離れていても聞こえそうなほどだ。
私は継母の胸元に目を止めた。
大ぶりなルビーを花のように見繕った豪華なネックレスが輝いてる。
(あれは……)
個性的なデザインには見覚えがある。
(お母様のネックレスだわ)
いつか舞踏会に向かう時に身につけていた。先祖伝来のネックレスだ。
私はテーブルの下で拳を握りしめる。
お父様はお母様の遺品までも継母に与えたのか。
「存じませんわ。レオンとオヴィリオさんが何をしているのかなんて、分かるはずがないじゃないですか。さっきから私はここにいるのですから」
継母は「役に立たないわね」と独言り、私の後ろに控えていた執事を一瞥した。
「ロドリゴ、お茶を入れ直して。それと焼き菓子は下げてちょうだい。私、好きじゃないって言ってるでしょ」
「お言葉ですが、奥様。ポルボロンは……」
「口ごたえは許さないわ。あなたはうちの使用人なのよ。カスタードを持ってきて。今すぐによ!」
「……かしこまりました」
執事は誠実で忠実だ。
それなのに継母の横暴さはどうだ。
(ずいぶん苛立ってるのね、継母様は)
夫が権力に別室に連れて行かれては冷静にはいられないというのもあるのだろうが。
けれど私にとっては好都合だ。
人は感情に流される生き物だ。このままいけば勝手に自滅してくれそうだ。
私はエリアナがそうしたように鷹揚に空いている席を指差した。
「オヴィリオ夫人、ルアーナさん。立ちっぱなしもお疲れになるでしょう。どうぞお座りになって?」
女主人然とした口調が癪に触ったのか、継母様はさらに苛立ちを重ねる。
「あなた! 例え貴族だとしてもこの家の女主人に対してなんて態度を取るのかしら。高慢でなくて?」
「そうでしょうか。高慢とは思いませんわ。私もルーゴの庶子ですので、女主人らしい態度がどのようなのか分からなくて、かりそめの当主夫人の奥様の態度を倣ってみたのですが……。高慢と見えるのならば、奥様がそうなのではありませんか?」
「なんて言い草! この小娘はっ!!」
「お母様っ!!」
ルアーナが遮る。
必死に母親をなだめながら着座させた。
異母妹の方が母親よりはまだ落ち着いているらしい。ルアーナは呼吸を整え体を私の方へ向ける。
「セラノ様、いいえフェリシア様。お伺いしたいことがあるのです」
「何かしら」
「お父様のことです。あなたが『領主の間』に無断入室したと連絡があり、お父様が飛び出していったのです。『領主の間』で何をなさったのですか?」
一瞬の間の後、カタリと戸が開き執事がカートを押しながら入室してきた。
失礼いたしますと入れ直した茶を三人の前に置く。
継母様とルアーナにはリクエスト通りにナティージャの入れられた器、私の前にはナティージャではなくポルボロンも手際よく配する。
ナティージャは新鮮な卵と牛乳を使った作り置きができない菓子だ。
命じられてこの短時間に完璧に準備するとは。
(うちの使用人はなんて有能なんだろう。エリアナの時には気づけなかったわ。それなのに継母様のこの態度はいただけないわね)
私はゆっくりと茶をすする。
お父様にも伝えたことをもう一度言わねばならないのだ。うんざりする。
「ルアーナさん、『領主の間』で行うことは一つしかありません」
「やはり、セラノ様が継承されたのですか??」
私は右手で前髪をかき上げる。
親指のサファイアの指輪が光を反射し、鈍く煌めく。
貴族に必須の鑑定眼があるのならば気づくはずだ。この指輪の意味を。
「ええ、その通りです。ウェステ伯爵位とマンティーノスの継承権を受け継ぎました。近いうちにここの全てが私のものになります。当然、家族ではないあなたたちには出ていってもらうことになると思いますけど」
「え、私たちを追い出すの???」
ルアーナは声を張り上げた。
「そんなこと許されないわ! ここはお父様が守ってきた領なのに、どうしてそんなことするんですか???」
「どうして? 私がヨレンテの血をつぐ唯一の人間なんですよ。この私以外、誰が継ぐというのです? 今までオヴィリオさんが代理として勤めてくれたことには感謝していますわ。ありがとうございます」
むしろ残れると思ったことの方が意外だ。
「このクソ女!」
継母様は叫びながら私に向けてティーカップを投げつけた。
緩やかな弧を描きながらカップはこちらに向かってくる。
私はあわてて椅子を引き、立ち上がった。
大きな破裂音と共にカップは床に落ちる。
既の所で直撃は免れた。
が……。
上半身は濡れてしまった。
白いレースが美しいドレスだったが、紅茶の染みで茶色に色づいていた。
「フェリシア様!なんてことに!」と執事と侍女、そして護衛までがあわてて怪我はないかと騒ぎ立てた。
その様子に継母はまたしても激昂する。
「私は認めない! フェリシア! あなたは私生児で、他人だわ。マンティーノスに関してとやかく言うことは許しません!」
「夫人、勘違いなさっておられるようですけど、あなたに認められようが許されまいが関係ないことです。あなたは部外者なんですから」
せっかく綺麗に整えてもらった髪とドレスが台無しじゃないか。私は侍女から布を受け取り、濡れた体を拭く。
「オヴィリオ夫人、あなたの付けているネックレス。それセナイダ様のものでしょう?」
はっきりと覚えている。
あのネックレスはお母様のお気に入りだった。
ただし。
昼間に使うものじゃ無い。
ドレスアップした夜会のドレスに合わせて使うものだ。
昼間っから付けているだなんて。下品すぎる。常識を知らないのか。
継母はルビーのネックレスに触れる。
「確かにこれはセナイダの物よ。でも死人の宝石をどう使おうが私の勝手でしょう? それよりも何故あなたが知っているのよ! 他人が口出すんじゃないわよ!」
堪忍袋の緒も切れそうだ。
継母の秘密、私知っているんですけども?
「夫人、他にも色々知っていますよ。左手のダイヤの指輪もそうですよね。あとは、夫人がオヴィリオさんの愛人になる前は……」
読んでいただきありがとうございます。
51話をお送りします。
今回かなり長くなってしまいました。
短いのと長いのが極端すぎですねぇ。
気をつけます。
ブックマーク、評価、誤字報告(いつもありがとうございます!)嬉しいです。
今年も頑張ります!
では次回も読みに来てくださいね。




