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店主の才能よ

わたしは驚いて聞き返す。

「図案さえ作ればどんな服だって作れるのですか?」


「ええ」

さも当たり前のように言ってるけど、素人目に見てもとんでもない技術だぞそれ。


「え、でもそれってお金が随分かかりますよね···?」


女は“ん?”って顔をした。

「オカネって何?」


え、まさかお金を知ら···

そうか!貨幣経済なんてこの村には無いのか。村長から説明を受けたけどこの村には貨幣が無いんだったね。


理由は簡単だ。

この村の人間は完全に善意で動いており、お互いにモノを分け与えることで売買が成立する。

要するに農家は食べ物を農家以外に供給し、商工業を行う人間は生産されたものを農家に供給する。


そうしてこの村は周っている。


「あ、なんでもないです」

「そう、それでイメージとかなんかある?」

さっき来たばっかりなんですけど。


「いえ、取り敢えずわたしは入ってみただけなので···」

「まあ取り敢えず何か描いてみてよ」


そう言って店主は強引にわたしに鉛筆と紙を渡した。

「え、でも描くっていってもそんな絵なんて···」


「どんなんでもいいのよ、客の想像を具現化できずにファッションデザイナーとは言えないわ」


わたしはそう言われて渋々書き始めた。これがわたしの心を射止めたのかわたしははまってしまった。


ここをこうして···


こういうズボンだといいわね···



色はこの色で···



きゃーかわいい···



わたしが作業に没頭していると店主が話し掛けてくる。

「あなた、ずいぶんハマっちゃったのね」


「どうやらその様ですね」

我ながら恥ずかしいくらいである。


「でもあなた時間大丈夫なの?」

へ、時間?

反射的に腕を捲くる。勿論腕時計なんてない。


「六時には村長宅に戻らないといけないんですが、今は何時くらいですか?」

店主は“さあ?”という仕草をする。


「ずいぶん前に五時の鐘が鳴ったから···早く行ったほうがいいわよ。多分ね」

え、じゃあ行かなきゃ!


「すいません、この図案持っててください!」

「ええ、預かっとくわ」


店主に頼んでわたしは村長の家に急いで戻った。


家に着いたとき走る必要なんてあったのかと思ったが、家についてすぐに六時の鐘がなったので心底焦った。


六時の鐘が鳴った瞬間に、わたしが帰ってきたことを確認した村長が奥の扉から出てきた。

「いいタイミングで帰ってきたのぉ、夕食ができたぞぉ」


「はい、それじゃあ食べましょうか」

そう言ってわたしは奥の扉へと入っていった。


奥の扉の向こうはまるで西洋のお屋敷のようだった。ホテルの宴会場のような広さでテーブルに椅子があり、ロココを思わせる壁や床、そして若干現代都市じみたキッチンがある。


料理を作ったのはどうやらキッチンにいるシェフっぽい人なようだ。そのシェフが作ったであろうテーブルに並べられている料理は、どうやらパスタやピッツァであることからイタリアンのようだ。


わたしが椅子に座ると、村長は相席する形でわたしの前に来た。


シェフがお酒を注ぐと、村長は“いただきます”と言っておもむろに食べ始めた。わたしも食べ始める。


静か過ぎるのでわたしは村長にいくつか質問をぶつけてみることにした。


「村長はこの家にお一人で住んでらっしゃるのですか?」


「いや、妻との二人暮しじゃ、息子はいるが今は都会にいる」

都会に出るやつもいるんだな。


静かになったので、かねてから気になっていたことを質問する。

「で···村長、オグマについてのわかるだけの情報を教えてもらえますか?」


「そうじゃな···」


村長はゆっくりと語り始める。

「まずオグマの見た目じゃが···オグマは熊に似ている。だからオグマという名前なんじゃ。ちなみにオグマは種としての俗称で、個体名は来襲するたびに名付けるんじゃ」

台風みたいだな。


「大きさとかわかります?」


「大きさは···言い伝えでは頭からしっぽの先までで150メートルと言われておる。それからやつの表皮は異常に硬いため、炎による火炎攻撃や弱っちいクズ攻撃では気づきもしないらしい」


なかなか難易度は高そうだ。大きさから判断するにおそらくこいつはSS級レベルだろうな。


冷静にSS級レベルだろうなと解説したが、内心は非常に焦っていた。まず一年で彼らをそこまで引き上げることがそもそも出来るかわからない。


「奴は魔術のたぐいは使えるのですか?」


「使える。魔術に関しては先祖の遺した手記によると、奴は一回の魔法で自らの周囲百メートル程を一瞬で焼き尽くした。そのようなとんでもない破壊力は持っているが、奇術類は使うことはないのだとさ」


そろそろわかったところで嬉しくない。落胆するだけの情報ばかりだ。


最後にダメ元で一つ村長に質問してみる。

「で···奴に弱点ってあると思います?」


村長はしばらく腕を組んで熟考する。


そして一つの答えを導き出す。

「無いな」



······

村長のその答えにわたしは黙ってしまった。


もし仮にオグマがSS級レベルだとすれば、今の彼らとわたしではどうしようもない。指を咥えることすら敵わないだろう。


未だ来て初日にして、絶望の色が濃厚である。


うーん···


悩むよ。


せっかくの食事もあまり味を噛み締めることなく終わってしまいそうだ。噛み締めてると絶望の味がしそうだし。


噛み締めることなどなく、節分の大豆のように突っついているうちに食事は無くなっていた。


前を見るとどうやら村長は大満足みたいだ“ごちそうさまー!”という感じである。歳を気にしない食べっぷりだ。


外で静かに鐘が鳴った。

七時だ。


村長は食べ終わったので立ち上がる。同時にわたしも席を立った。


「心海先生、風呂はしっかり用意しとくから先に入っとくれ」

そう言って村長はどこかに行ってしまった。


わたしは“はーい”と返事をして自室(四畳半)へ戻った。


部屋に戻ると風呂の準備をする。なんか生活用品とか買っておけば良かった、フアウ村のことばかり考えてたから特に何も持ってきていない。


まあバスタオルと替えの服を用意するわけだけど、この替えの室内着は一着しかない。これでは明日から生活が回らないような気がする。


適当に風呂に入った。


シャンプーとかボディソープという概念が無いことにわたしは結構驚いた。ただ湯船につかりそして出る、ここのお風呂とはそんなものなのだ。


風呂から出る。

脱衣場で室内着に着替えて自室に戻るときに、村長とすれ違った。


「心海先生、湯加減はどうじゃったかのぉ?」


「良かったですよ」


「そりゃ良かった」


そう言って村長が脱衣場に行こうとするとき、わたしは村長に質問する。

「明日の授業って何時集合ですか?」


「九時じゃよ」

緊張するな、本当。


「それから洗濯物ってどうするんですか?」


「儂の妻に明日の朝聞いてくれ」


「それでは···おやすみなさい」


そう言ってわたしは自室へ戻った。村長の“しっかり休めよ”という言葉を背中に受けながら。


ボォォォン ボォォォン

どうやら夜の八時からは鐘の音が変わるようだ。より深い感じの音色がする。


普段八時なんかに寝ないのに···


少し眠くなってきたから布団を出す。今までベッドでしか寝たことないからなんか新鮮だった。


布団に入ると何故か急に自分のテリトリー感がして、安心感がとても湧いてきた。今までよくわからない世界にいたから余計そう感じる。


そして自然に意識が遠のいていった···













朝の光が瞼越しにも伝わってくる···

うっ、まぶしい。


なんか朝の面倒臭さを感じながら、わたしは外着に着替える。

外着も二着しかないんだよなー。


着換え終わったとき、不意に部屋の扉がノックされた。

「すいませーん、心海先生?」

聞き慣れない女の人の声、扉を開けてみると六十代くらいのおばさんが部屋の前に立っていた。


「えと···誰ですか?」


「村長の妻、()()です。洗濯の仕方の説明に来ました」


「あ、どうもありがとうございます」


覚えてたんだ、良かった···

洗濯ついでに服の余りとか持ってないか聞いてみよう。


「すいません、着ない服とか余ってる服あります?」

「はあ、ありますけど」

「少し貰えませんか?」

「あ、もしかしてそんなに服がないのですか?」

図星。

「あ、そうです」

「それじゃあ、あとで色々な人にも声かけてくるから。じゃんじゃん来るわよ」

「ありがとうございます」


ふみさんのご厚意は大変嬉しいものだ。


さてわたしとふみさんは狭い農業用水路に着いた。


「ここで洗濯物を洗うのよ」

ふみさんがそう言って洗濯物を水と固形石鹸をつけ洗濯板で洗い始めた。


農業用水路に···しかも洗濯板。

いつの時代だ。


とにかくわたしはふみさんの言ったとおりに洗濯物を洗って、適当なところに干して戻ってきた。


自室に戻る途中に村長と会った。


「おはよう、心海先生」

「おはようございます、村長」

「朝食がそろそろ出来るから、また奥の部屋に来てくれ」

「はい」


ほんと、この二人のご厚意は素晴らしい。


自室に戻ってもやることはないので、お手洗いにでもいってから奥の部屋に入った。


また夕食と同じように座る。村長もやってきた。


「心海先生、今日から授業じゃぞ。頑張るんじゃ」

「はい···」

そんなわたしにストレスをかけないでくれない。


朝食はご飯ものだった。納豆だったり味噌汁だったりと、どっかの島国を思わせるような食卓だった。


村長は食べ終わると“頑張れ!”と言うように肩を二回程叩くとどこかへ立ち去っていった。


わたしも食べ終わった。

時間は八時ちょっと過ぎ、授業には早いが学校に行ってみようかな···


わたしはそう思ったからか一足も二足も早く授業に向かうことにした。

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