起つ鳥は後を濁さずに
フアウ村というのはどうやら半分が移住者の村らしい。
ということがフアウ村ホームページに書いてあった。この辺境においてインターネットのホームページで自らの村を紹介しているというのはなかなか変な話だが、そのホームページには「元戦士募集!」とか「きれいな村づくり」など随分移住者に手厚そうなことが書いてあった。
というのを既にチェックしていたのだが、やはり“明日出ていくぞ”というのを報告するというのには不安があった。まあ過ぎたことを今更変更できないのだけど。
とはいえ、自分の心境の中には未だ辺境というのを受け入れてない部分がある。
気を紛らわすためにラジオをつけた。ていうかラジオ以外は全て売りに出してしまったのだけど。
そういえば引っ越しサービスにはこの要塞都市外までの配送サービスは無いらしい。まあ国として辺境への移住に難色を示している以上は、そんなサービスがあっても意味が無い。
ラジオから流れてきたのは夕方のニュースだった。
「今日午前11頃、フェレー地区4丁目において自称元戦士の経営する道具店にて火事が起こり、焼跡から30代男性の遺体が発見されました」
わたしはひどい話···とも思いながらも疑問を感じていた。それは自称であっても元戦士なら燃えている店から脱出するくらい訳もないことだということだ。
何故逃げられなかったのかしら···
ニュースは続いている。
「発見された遺体には暴行を受けたと思われる傷、それから縛られた痕がありました。警察はこの事件を放火とみて捜査しています」
ひどい···
いくら嫌われてるからって···
元戦士といってもいきなり斬りつけられれば、魔法もくそも無いものである。
遠い昔には戦士の独裁国家がある時代があった。その時代のなかで平民は常に戦士による制裁を恐怖していた。わたしが戦士学校で習った知識では、食い物が不味いと言った戦士がエネルギー砲で街を木っ端微塵にしたという話があった。
そういうのが割と最近まで起こっていた。おそらく犯人はそういう恐ろしい時代にひどい目にあった人間なのかもしれない。
「彼らは反戦士の英雄ですよ!ほんとに!」
ラジオのコメンテーターがそんなことを言い出した。ラジオのパーソナリティーが“いや、あの、そういう不適切な表現は”と囁くようにコメンテーターを諭している。
ラジオのパーソナリティーはそんなことを言っていても、それは公共放送という概念上の問題だろう。実際同じことを考える奴等はもっといるはずだ。
わたしは不愉快な気分を感じ、ラジオの電源を切った。
引っ越しでこちらから持っていくものはほぼ無かった。
まずフアウ村には電気はあって文明生活も一応成り立つのだけど(電波も届く)、前述したとおり配送サービスは無いし、車を使うのはやめたほうがいいなどとネットに書いてあったので、都会からガラクタを持っていくのはどうかと思ったのである。
まあ衣食住は保証するってホームページに書いてあったしさ。
(コインランドリーもあるっつーね)
手持ちの荷物なんて5日分くらいの衣服だの、スマホだの、身分証明書や印鑑くらいで良いんだと思う。あとお金ね。
足りなきゃコンビニもあるから大丈夫でしょ。
とまあこんなふうに楽観的考えをもって、今日は床に眠りについた。
東の空から太陽が登ろうとしていた。
寝ぼけ眼で起きると洗面所で顔を洗った。そしたらタオルが無いことに気づいた。そっかもう詰めたんだっけな。
まあ適当な布でふけばいいか。
歯を磨いてから歯ブラシを洗って大きなバッグに詰める。多少の化粧をしてから化粧品を荷物に詰める。
パジャマから春用のベージュ色のコートとジーパンに着替える。外に出る準備は多分終わっただろう。
何か忘れ物がないかとすべての部屋を確認する。
よし大丈夫だ。
わたしは玄関の前に立ってもう一度部屋の中を見回してみる。この部屋の思い出が少し蘇ってきた。
一人前の戦士として初めてパーティーを組んだ18歳のとき、この高級アパートの一室を借りて住むことになった。
戦士になってパーティーを組み具体的に仕事を始めると、何故か急に不動産会社と変な宗教と893が来るのである。(その他に年間2億だかそこらで大手武具防具店がスポンサーについてくれる)
不動産会社の金づるになりたいわけでは無いが、外見の綺麗さと中の修飾の良さとでこのアパートを選んだんだと思う。
だからなのかいい思い出は知る限り一つも無かった。
最後の三年間はほぼ仕事が無く一日中部屋に引きこもっていたが、ゴロンと寝てばかりで特に思い出は無いし、彼氏と同棲したわけでも柱で身長を測ったわけでも無い。
ただ良かったことはある。アパート暮らしなので他の戦士みたいに家のローンが払えないということが無かったことだ。
家賃も戦士の収入からすれば度肝を抜く安さだったから、仕事無しでも三年この部屋で生活出来たのである。
他の戦士なんて昨日田舎行きを連絡しようとしたらほぼ皆携帯の契約を解約していたらしく、この番号は現在使われておりませんと言われてしまった。
彼らは既に田舎暮らしを初めているのだろうか。
わたしは玄関の扉を開けて誰もいない部屋に向かって「行ってきます···」と言って玄関を閉めた。
外から春一番の風が吹いて暖かい。
アパートの大家の部屋のポストに言いつけどおり鍵をいれて、わたしはこのアパートを立ち去った。
そしてわたしはこの都市要塞と外との出入り口まで向かう。
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