ふたつのはる(仮)
すれ違うたびに、風が吹いたような錯覚に陥る。
栗色に染まった髪は柔らかそうに風をふくんで踊る。
笑う時に顎が引き気味になって、少しだけ俯くのは彼女の癖だ。目をぎゅっと細めて「おかしい」そう言って小さい声で、笑う。
「せんせ」
背後から声をかけて来たのは東雲波瑠という男子生徒だった。
「おぉ、どうした、東雲」
「ちょっと進路のことで相談があんだけどさ」
東雲波瑠は、古い言葉で表現するとヤンキー…不良…?これでもかというほど脱色された髪は今にも弾けて消えてしまいそうなほど傷んでいて思わず手を伸ばして彼のキューティクルを哀れんでしまう。
「…なんだよ」
「いや、髪の毛ハネてたから」
「だからって撫でんなよ」
「撫でてねーよ、労ってんだよ」
「何をだよ」
「つーかね、先生には敬語を使いなさい」
「で、乗ってくれんのかよ、相談」
東雲はそういうと俺の手を払いのけ、だらしなく来こなしたブレザーのポケットに手をいれる。
「篠崎先生!」それとほぼ同時ぐらいに東雲の後ろから飛び出して来て俺の名を呼んだのは志垣夏子という女子生徒だ。
「どうした?」
「大変なの!」
「大変って、なにが」
志垣はここまで小走りでやってくるとはぁと一息置く。その後、東雲を視界に入れると軽く会釈をした。
「春が…四文屋さんが…」
なんとなく東雲の方を見やると、俺がハネたと指摘した髪を気にしていじっていた。
「四文屋、が?」
「四文屋さんがまた喧嘩してる…!」
「……あぁ、そう」
「ああそうって篠崎先生、止めに行ってよ!」
「…やだな」
「やだなって、それでも担任?!」
「好きで担任になったわけじゃないからなぁ、なぁ東雲」
「俺にふるなよ」
「あ、それに先生この東雲くんと今から進路相談だし」
「あ、ほんとだよせんせ、実はさ」
「ちょっとー!もー!」
志垣夏子はそういうとあからさまに頬を膨らませ顔を真っ赤にして俺の腕を軽く叩いた。
四文屋春は、別に、ヤンキーだとか不良だとか、そういった類の生徒ではない。むしろ、成績は優秀だしスポーツも万能。だがその実、今隣でキューティクルを痛めつけて喜んでいるだらしない制服の着こなしをしている東雲よりも遥かに問題児だった。
「わ、ちょ、ばか、引っ張るなよ、先生このスーツしか持ってないんだぞ、型崩れるだろうが!」
「だっせー」
「東雲お前、てかおい、志垣、お前、こら、力強いなおい!」
「早く!先生!」
「わ、わかった、わかったから、引っ張るなっつの」
「ねー、せんせ俺の進路相談はー?」
どんな問題児かって?
それは今からご覧いただいて、知ってもらおう。
「だから気持ち悪いっつってんだろ?!テメェさぁたった一回デートしたぐらい何彼氏面気取ってんの?校門で待ち伏せとかして頭悪すぎんだろ」
「な…し、四文屋さん、どうしたの?いきなり乱暴な言葉遣いして、昨日はあんなに嬉しそうに僕と」
「だーかーらー!テメェがしつこいから飯に行ってやっただけだろ?勘違いすんなよ、だいたいテメェの親がうちの親父とつながりながったら、飯にすら行ってねーつっの。建前、わかる?たーてーまーえ。あのね、私も好きでテメェと飯行ったわけじゃねーんだわ。親父とあんたの親父のメンツ守ってやったってだけなの」
「っ、そ、そんな…」
「ちょ、触んな」
男はどうやら四文屋に既に一度投げられたのだろうか、地面に膝をついていた。そうして顔を真っ青にしながら彼女に手を伸ばした時、男がぐるりと宙をまう。
ドサッという音とともにゴキっと何かが折れる音がした。多分、男のどこかの骨が折れたのだろう。声にならない悲鳴をあげた男は「う、ううううったえてやる!」と無様な格好で叫ぶ。
「訴えてみれば?そしたらテメェの父親は職を失うことになるだろうし母親だって、自分の旦那が無職になりでもしたら街歩けなくなっちゃうんじゃない?あ、あんた兄弟いる?多分それも人生破滅するんだろうなー」
「っ!な、なん…」
「え?なに?聞こえなーい。てか訴えるとか言って散々ストーカーまがいなことしておいてよく言えるよね」
「さ、詐欺!」
「はー?!」
「ぼ、僕の知ってる四文屋さんは…っお、おしとやかで…もっと、もっと…」
「言っとっけどこれが私。今の私が、四文屋春。あんたが見てきたのは…そうね、ビジネスの世界の四文屋春ってところ?」
四文屋はそういうとニタァと悪そうに笑って男に当たるか当たらないかの瀬戸際でペッと唾を吐き捨てた。そうしてぐるりと周りを見渡し後は「見てんじゃねぇぞ」と啖呵を切る。
つまりはまぁ、そうだ。こういう、ことだ。