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莉子

作者: 白鳥雪菜

 莉子が優太を好きなことに、私はずっと前から気づいていた。だって優太と話すとき、莉子の目は美しく輝き、頬はほんのりと染まっていたのだもの。あの視線は、あの熱は、好きな人に向けられたものとしか思えなかった。

 そう思うと、私はなにやら申し訳ない気持ちになる。私が、優太の元彼女だからだ。



「別れても、友達でいよう」

 別れ話をしていたとき、私は優太にそう言われた。

「まだ、君のことを愛してるよ。愛情の種類は大分変わってしまったけど、そんなこと、悲しむべきことじゃないんだ」

 その言葉は正しかった。優太とは、今でもいい友達だ。

 私が莉子の思いに初めて気がついたのは、数学の授業が終わったあと、優太と二人で世間話をしていた時のことだった。後ろから視線を感じた。決して明るい瞳じゃない。悲しさと切なさと、それからやりきれない思いがぐるぐるとねじ曲がったような視線が、私たちに向かって注がれた。耐えられなくなって、くるりと後ろを振り向くと、そこには莉子がいた。私の視線に気づくと、莉子はぱっとうつ向いてしまった。

 べつに威嚇したつもりじゃなかった。だって私たち、もう恋人でも何でも無いのだから。ただあの時の莉子の瞳は、私の胸の奥になぜかひっかかった。

 莉子は、決して目立つ方では無いけれど、清楚な雰囲気を持つ美しい女の子だ。色白の肌に黒いさらさらの髪が良く似合っている。けれどもそれはもしかしたら、莉子が恋をしていたから、恋のエッセンスが莉子を綺麗に見せていたのかもしれない。言葉にならないような繊細で甘い感情を、心の奥底にしまっていたからかもしれない。彼女の長いまつ毛に縁どられた大きな瞳は、甘いミルクみたいに甘ったるいその視線は、優太ただ一人のためだけに注がれているのだ。

 私も、昔はそうだった。優太のことを考えるだけで、甘い気持ちにも切ない気持ちにもなれた。まだ優太に片想いしていたころは、遠くに彼の姿を見つけるだけで嬉しい気持ちになった。彼は、私の存在に気づかない。私だけがそっと、心の温度を上げていた。

 しばらくして、私は香水を買った。高級なブランドの、甘い香りのする香水だ。良い匂いの似合う、素敵な女になれたら、彼も私のことを好きになってくれるんじゃないかとか、そんな期待を込めて、私は甘い匂いを見にまとった。

 だから彼に告白して、OKの返事を貰えたとき、私はとても嬉しかった。あの時の私は、世界で一番幸せな女の子だったと思う。私たちは、いろんな場所に遊びにいった。映画館、喫茶店、水族館……。思い出される思い出は、美しいものばかりだ。



 莉子の事を見ていると、どうしても優太の事を思い出してしまう。

 あれほどまでに好きだった優太と、どうして別れる事になってしまったのか、説明するのは難しい。ただ、いつの間にか、思いが色褪せてしまった。相手の事を見つめるだけで、心ときめく気持ちを恋というのなら、たったひとりの男性に、自分の一番大切なものをぎゅうっと掴まれるような、そんな気持ちを恋というのなら、それが無くなった瞬間が恋の終わりなのだろう。お互いにそれをさとってしまった。結局、私から別れを切り出した。

 私は、まだ優太とうまくやれていたころを、懐かしみはしたけれどそこに戻りたいとはついに思わなかった。結局愛は継続するものではなく、瞬間瞬間の積み重ねでしかなかった。思い馳せる過去は、既に何かを失っていた。

 莉子が優太の事を好きだと知って、私は不思議と穏やかな気持ちだった。私以外の女の子が、優太の魅力に気づいたことが、なんだか誇らしい気持ちだった。



 最近、私はある変化に気づいた。莉子はいつも通り、優太の事を甘い瞳で見つめている。変化したのは、優太の瞳だ。莉子を見つめる優太の瞳に、独特の色が浮かんでいる。繊細で甘い感情を宿した瞳。莉子が優太に向けているものと同種の色が、優太の瞳に浮かんでいたのだ。

 あぁ、よかったねと、私は心の中で呟いた。莉子の抱いている感情が、遂に優太に伝わったのだ。優太はきっと、この先莉子と、様々な思い出を積み重ねていく。甘酸っぱいものもあれば、切ないものもあるだろう。けれど、少々の苦い思い出だって、愛さえあればほんのちょっとしたスパイスにしかならない。

 私には、素敵な恋の思い出がある。けれど、戻るべき過去は、もうないのだ。


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