第002話 - かべのむこうⅠ
○登場人物○
◆姫端柳次♂ - この話の主人公。福島の実家で暮らしていたが、東政府の徴兵で国境へ行く。
京都での闇バス事故発生は西側はおろか、東側にまで情報が流れ出て、東西の国境警備隊は双方ともに警備を強化していた。
2月1日、東側の国境警備隊は新たな徴兵を受けて、1年6ヶ月の兵役に就いた男が居た。
彼の名は姫端柳次。
福島県 会津の実家で徴兵令状を受け取った。
「それじゃあ、行ってきます。」
母と弟に別れを告げる。
「これ、持ってって。」
もうすぐ大学生となる弟から地元の神社の守りを差し出す。
青森駅から上ってきた夜行列車が福島駅に滑り込む。東京まではおおよそ4時間で、朝の9時に東京に着く。
車内はどこも不気味なほどガラガラで、隣の号車に軍服を着た若者と俺と同じく国境警備隊の徴兵に向かうのであろう私服の若者が居た。
窓の向こうにはまだ夜が明けない福島・郡山の高層ビル群と住宅地が映る。
「夜行列車」と言えど、クルマは過去に東京近郊で走っていた通勤型電車だ。長く座っていると腰が痛くなってくる。
まともに寝れる環境ではなかったが、宇都宮まで上ってきた。
宇都宮―。
かつて、「餃子と言ったら宇都宮」と呼ばれ、ニュースでも取り上げられる程栄えていた宇都宮だが、今のところは…
電気・ガス・水道は東政府によって制限され、住居だけではまともな生活が出来ない位にまで町が死んでいた。
かつて母と旅行で歩いた駅前。
今では''ホームレス,,と化した住民達の炊き出し会場となっていた。
さいたまを通り過ぎ、東京都内に入る。
「ここは…王子の町か?」
都内で東京23区と呼ばれた場所は、遷都によりここ半年で人口が大幅に減少。
更に第二次関東大震災で都市機能を失いつつあった。
北区、足立区、荒川区、台東区は、人口500人以下…いわゆる「ゴーストタウン」と化している。
上野の駅に着く。ホームに降りた途端にICカード型身分証明書の確認が行われる。
不正乗車を犯した者は警備員に袋叩きにされ、駅事務室へと引き摺られてゆく。
駅を降りると、徴兵されたものは全員迷彩カラーの大型トラックに乗せられる。
隣に座っていた男が話しかける。
「お前、どっから来たの?」
「…福島の方です。」
「そうか、福島か…俺は前橋からだ。」
東側の徴兵は、20~40歳の男性が無作為に選ばれ、徴兵令状が発送される。
ある者は長岡から、ある者は秋田から、水戸から、函館から、花巻から…
「まさか21世紀にもなって日本で徴兵制がとられるなんてな…」
荷台に座っていた40歳くらいの男性はこう溢した。
「あぁ。壁の向こうは今頃どんな生活をしているんだろうな。」
「京都で不法入国のバスが事故ったって…」
「それ、携帯が情報規制で没収される前にニュースになってた。」
「全員がお釈迦になったそうだ…」
「それで規制が強化されて…」
「くそっ、こんな上の奴らの為に民間人を巻き込みやがって。」
トラックは名前も分からぬ地方都市へ着いた。
乗り捨てられた車のナンバーがかすかに読み取れる。
「ここは甲府か?」
「多分な…この先に2番目に大きな''関所,,がある。」
俺らはここで6ヶ月間の訓練を受けるだろう。
しかし、誰しもが「6か月後、どこの関所に配置される」かどうかは誰も知らなかった。
初日、訓練施設での集会の後に軍服と装備をもらい、宿舎の自分の部屋へ行き所持品を整えた。
''俺の軍人訓練,,が始まった。